世の中、何が起こるかわからない。
アンソニー・オラスクアガはタクシードライバーと調髪師、ときにはウーバーイーツで働きながら、ボクシングの世界チャンピオンになった。
同じようにタクシーの運転席から、世界チャンピオンを目指している男がいる。
20年ほど前、正確には2001年から2年間ほど、彼は夜中のベネズエラの街をタクシーで流していた。
身長188cmの巨漢が運転席に窮屈そうに座ってるのはコミカルにすら見えたが、昼間の彼が建設作業員だと聞けば少しは納得できるかもしれない。
ドライバーシートでまばゆい都会のネオンに照らされながら、埃っぽい建設現場で容赦のない陽射しに晒されながらも、彼は薄暗い部屋の片隅で膝を抱えてぼんやりしているような、そんな鬱屈した気分から抜け出せなかった。
ずっと夢見ていたメジャーリーガーは、20歳で諦めた。
メジャーは、信じられないほど残酷な競争社会だ。
メジャーに辿り着くには、競争の入り口に立つことさえも困難な、とんでもない険しい道のりを乗り越えなければならない。
20歳で夢を諦めるなんて早すぎる。
もし、そう思うなら、現実を何も知らないおめでたい人だ。お祝いしてあげよう。
常識で考えれば、20歳でメジャーリーグを諦めるのはーーー遅すぎる。
そう、ロベルト・スアレスはもう十分過ぎる悪あがきをして、夢が夢でしかないという現実にようやく気がついて、踏ん切りをつけたのだ。
そのはずだった。
それなのに、それなのに。
タクシーのカーラジオや、建設現場で同僚たちの世間話で、母国の選手がアメリカや日本で活躍する話題を耳にすると、スアレスは胸の奥底でザワッと何かが蠢くのを抑えきれなかった。
その蠢きは、とっくに捨てたはずの夢のかけらたちが擦れ合う、摩擦音だった。
ハイレベルなリーグでプレーした経験もない、しかも丸2年もブランクがある無名の青年がメジャーにたどり着くのは100%、不可能だ。
最高の形を絵に描けば、ベネズエラの国内リーグを経て、うまくいけばメキシコリーグか独立リーグに潜り込み、そこからマイナー契約を勝ち取り、1A、2A、3Aとステップアップしてメジャーに辿り着く。
しかし、それは絶対にあり得ない、絵に描いた餅だ。
もし、万が一、その絵の通りに現実が進行したとしても、10年以上の時間が必要になる。
百歩、いや一万歩譲って、絵に描いた餅は画用紙を丸めて飲み込めば食えるだろう。
しかし、ここはベネズエラだ。
Pie in the Sky
もし、スアレスがフィールドに戻ろうとしているのなら、それはPie in the sky、高い空に浮かんだパイを食うような非現実的なことになる。
そもそも空にパイが浮かんでいるわけもなく、そう見えたのだとしたら、それはスアレスの幻覚だ。
もし、本物のパイが空に浮かぶ奇跡があったとしても、タクシーは空を飛べないし、空に翔け上がるには建設作業員が担ぐ鉄骨はあまりにも重すぎる。
しかし、世の中、何が起こるか、わからない。
なんと、スアレスは、10年以上かけて、空に浮かんだパイを掴み取り、むしゃむしゃと喰らってみせたのだ。
それにしても…。
日中は建設現場、夜はタクシードライバーとしてベネズエラで働いていた男が、12年後に福岡ソフトバンクのセットアッパーとして活躍、阪神タイガースの絶対的守護神として君臨しているだなんて、一体誰が想像できただろうか?
それどころか、再び太平洋を渡り、約70億円の契約を結んだサンディエゴ・パドレスのクローザーとしてワールドチャンピオンを目指し、今まさにあの大谷翔平の前に立ち塞がろうとしているだなんて!
“ 薄暗い部屋の片隅で膝を抱えてうずくまっていたことを思えば、今の私は最高に充実している。ドジャースの強力打線が怖くないかって?
私が打たれたらチームが負ける。そんな崖っぷちで大谷翔平やムーキー・ベッツと真剣勝負が出来るんだよ。野球選手にとってこれ以上の幸せがあるか?
たまんねぇ快感だよ ”
世の中、何が起こるかわからない。
とはいっても大きなブランクを作って、カムバックするなんてことは常識ではあり得ない。
ロベルト・スアレスという男は、例外中の例外だ。
スアレスが20歳で野球を諦めたということは、そこまで悪あがきするほどの才能だった、という見方も出来なくはない。
ゴールデンエイジという言葉は、誰でも知っているだろう。
5〜12歳までのゴールデンエイジの運動経験が〝滑走路〟を作るということだ。
そして、10代の残りの時間でエンジンや飛翼を形作り、テイクオフする。
もし、ゴールデンエイジに長くしっかりした滑走路が作れなかったら、どんなに出力の高いエンジンを積み込んでも、どんなに大きな両翼を広げても、最高峰のレベルで遠くまで飛ぶことは難しいと、スポーツ科学の偉い人が決め付けている。
ゴールデンエイジの前半は、ある意味で何をやっても良い。体操やダンスでバランス感覚や体の使い方を覚え、水泳などで全身を鍛えるのが理想的と言われている。
そして、ゴールデンエイジの後半、遅くとも〝12歳から先の10代の残り時間〟は最高峰を目指す競技に集中したい。
もし、それが出来なければ?
もし、その大切な〝残り時間〟でその競技から完全に離れるようなことがあったなら?
まあ、そういうこともあるだろうが、レベルの高い舞台で活躍するのはもう諦めるべきだ。たとえば、その種目が野球な草野球か、せいぜい野球同好会で楽しめばいい。
軟式野球をやってた小学生が、中高6年間も野球を離れて、大学から硬式野球の世界に飛び込んだら?勇敢なチャレンジャーだ。その心意気は尊敬するが、大きな成功は絶対に掴めない。
しかし、世の中、何が起こるかわからない。
次に紹介するのも、呆れ果てるほど往生際の悪い、どうしようもない男の話だ。
アンソニー・オラスクアガはタクシードライバーと調髪師、ときにはウーバーイーツで働きながら、ボクシングの世界チャンピオンになった。
同じようにタクシーの運転席から、世界チャンピオンを目指している男がいる。
20年ほど前、正確には2001年から2年間ほど、彼は夜中のベネズエラの街をタクシーで流していた。
身長188cmの巨漢が運転席に窮屈そうに座ってるのはコミカルにすら見えたが、昼間の彼が建設作業員だと聞けば少しは納得できるかもしれない。
ドライバーシートでまばゆい都会のネオンに照らされながら、埃っぽい建設現場で容赦のない陽射しに晒されながらも、彼は薄暗い部屋の片隅で膝を抱えてぼんやりしているような、そんな鬱屈した気分から抜け出せなかった。
ずっと夢見ていたメジャーリーガーは、20歳で諦めた。
メジャーは、信じられないほど残酷な競争社会だ。
メジャーに辿り着くには、競争の入り口に立つことさえも困難な、とんでもない険しい道のりを乗り越えなければならない。
20歳で夢を諦めるなんて早すぎる。
もし、そう思うなら、現実を何も知らないおめでたい人だ。お祝いしてあげよう。
常識で考えれば、20歳でメジャーリーグを諦めるのはーーー遅すぎる。
そう、ロベルト・スアレスはもう十分過ぎる悪あがきをして、夢が夢でしかないという現実にようやく気がついて、踏ん切りをつけたのだ。
そのはずだった。
それなのに、それなのに。
タクシーのカーラジオや、建設現場で同僚たちの世間話で、母国の選手がアメリカや日本で活躍する話題を耳にすると、スアレスは胸の奥底でザワッと何かが蠢くのを抑えきれなかった。
その蠢きは、とっくに捨てたはずの夢のかけらたちが擦れ合う、摩擦音だった。
ハイレベルなリーグでプレーした経験もない、しかも丸2年もブランクがある無名の青年がメジャーにたどり着くのは100%、不可能だ。
最高の形を絵に描けば、ベネズエラの国内リーグを経て、うまくいけばメキシコリーグか独立リーグに潜り込み、そこからマイナー契約を勝ち取り、1A、2A、3Aとステップアップしてメジャーに辿り着く。
しかし、それは絶対にあり得ない、絵に描いた餅だ。
もし、万が一、その絵の通りに現実が進行したとしても、10年以上の時間が必要になる。
百歩、いや一万歩譲って、絵に描いた餅は画用紙を丸めて飲み込めば食えるだろう。
しかし、ここはベネズエラだ。
Pie in the Sky
もし、スアレスがフィールドに戻ろうとしているのなら、それはPie in the sky、高い空に浮かんだパイを食うような非現実的なことになる。
そもそも空にパイが浮かんでいるわけもなく、そう見えたのだとしたら、それはスアレスの幻覚だ。
もし、本物のパイが空に浮かぶ奇跡があったとしても、タクシーは空を飛べないし、空に翔け上がるには建設作業員が担ぐ鉄骨はあまりにも重すぎる。
しかし、世の中、何が起こるか、わからない。
なんと、スアレスは、10年以上かけて、空に浮かんだパイを掴み取り、むしゃむしゃと喰らってみせたのだ。
それにしても…。
日中は建設現場、夜はタクシードライバーとしてベネズエラで働いていた男が、12年後に福岡ソフトバンクのセットアッパーとして活躍、阪神タイガースの絶対的守護神として君臨しているだなんて、一体誰が想像できただろうか?
それどころか、再び太平洋を渡り、約70億円の契約を結んだサンディエゴ・パドレスのクローザーとしてワールドチャンピオンを目指し、今まさにあの大谷翔平の前に立ち塞がろうとしているだなんて!
“ 薄暗い部屋の片隅で膝を抱えてうずくまっていたことを思えば、今の私は最高に充実している。ドジャースの強力打線が怖くないかって?
私が打たれたらチームが負ける。そんな崖っぷちで大谷翔平やムーキー・ベッツと真剣勝負が出来るんだよ。野球選手にとってこれ以上の幸せがあるか?
たまんねぇ快感だよ ”
世の中、何が起こるかわからない。
とはいっても大きなブランクを作って、カムバックするなんてことは常識ではあり得ない。
ロベルト・スアレスという男は、例外中の例外だ。
スアレスが20歳で野球を諦めたということは、そこまで悪あがきするほどの才能だった、という見方も出来なくはない。
ゴールデンエイジという言葉は、誰でも知っているだろう。
5〜12歳までのゴールデンエイジの運動経験が〝滑走路〟を作るということだ。
そして、10代の残りの時間でエンジンや飛翼を形作り、テイクオフする。
もし、ゴールデンエイジに長くしっかりした滑走路が作れなかったら、どんなに出力の高いエンジンを積み込んでも、どんなに大きな両翼を広げても、最高峰のレベルで遠くまで飛ぶことは難しいと、スポーツ科学の偉い人が決め付けている。
ゴールデンエイジの前半は、ある意味で何をやっても良い。体操やダンスでバランス感覚や体の使い方を覚え、水泳などで全身を鍛えるのが理想的と言われている。
そして、ゴールデンエイジの後半、遅くとも〝12歳から先の10代の残り時間〟は最高峰を目指す競技に集中したい。
もし、それが出来なければ?
もし、その大切な〝残り時間〟でその競技から完全に離れるようなことがあったなら?
まあ、そういうこともあるだろうが、レベルの高い舞台で活躍するのはもう諦めるべきだ。たとえば、その種目が野球な草野球か、せいぜい野球同好会で楽しめばいい。
軟式野球をやってた小学生が、中高6年間も野球を離れて、大学から硬式野球の世界に飛び込んだら?勇敢なチャレンジャーだ。その心意気は尊敬するが、大きな成功は絶対に掴めない。
しかし、世の中、何が起こるかわからない。
次に紹介するのも、呆れ果てるほど往生際の悪い、どうしようもない男の話だ。
コメント
コメント一覧 (2)
インテリミドルエイジがゴルフを始めて軸を学び角速度を学んでもダフる
でも競技力を身に付けるのは取り返しがつくのはワイルダーやステベンソンを見てれば分かると思う
ロマチェンコや天心やメッシみたいな何でも出来るマンになるのは遅すぎるけど、彼等に一点突破で土をつける戦略を模索するのが出遅れ組の醍醐味だと思う
野球はある意味単純動作の集合でその精度が問われる
割りとキャッチアップしやすい競技だと思う
フシ穴の眼
が
しました
シャープだけど押すような右ストレートが多いが時折ウェートの乗った電撃のライトが繰り出される意外性のボクシングでロジャー・メイウェザーを鮮烈KOやライト級時代のウィテカーを2度よろめかせ最も苦しめる試合などもあった。
スマート体型で打たれ脆さがあるのに左右フック乱打を結構しかけたがるのが負けも多かった理由か。
フシ穴の眼
が
しました