昨日、後楽園ホールで元WBC/WBAストロー級王者リカルド・ロペスの来日を記念したセレモニーが開催されました。
1990年10月25日に大橋秀行からWBCタイトルを奪った〝フィニート〟ロペスは1992年にリング誌月刊PFPに登場すると2006〜2007年に3位をキープしたのを最高位に、2001年に引退するまでの10年間、このmythcal rankingに名前を刻み続けました(1999年以降の評価は転級したジュニアフライ級でのもの)。
「10年間PFPファイターの地位を維持」はもちろん、「引退するまでPFPランカー」というのは途轍も無い快挙です。
フィニートを例外にするとフロイド・メイウェザーしか思い浮かべることができません。※
今なお105ポンド級の歴代最高ファイターと衆目一致する48歳のグレートは、最後のLineral Champion でもあります。
ロペスが1999年10月にジュニアフライ級に転向したことで、〝王者に勝った者だけが王者〟というチャンピオンシップ制度の根幹であるLineral Championが、なんと25年間も空位になったままなのです。
プロボクシング全17階級でLineral titleの空位が最も長いのが、ストロー級。2番目がマニー・パッキャオが征服したフェザー級で、2005年3月から19年の空位ですから、ストロー級だけが21世紀になってもLineral Championが生み出されていないことになります。
さて、この四半世紀にも及ぶ王者不在にピリオドが打たれる時がついに訪れます。
11月16日にWBO王者オスカー・コラーゾとWBA王者ノックアウト・CPフレッシュマートの無敗のアルファベット王者がサウジアラビアのリヤドでLineral Champion shipを争うことが決定しました。
この誇り高いLineral Championとほぼオーバーラップするリング誌ストロー級王座は〝ロペスの時代〟の1980年代後半から1990年代にかけては長い中断期間中で、1986年に新設されたストロー級ではこの試合の勝者が初代リング誌チャンピオンとなります。
重岡銀次朗にこの舞台に立って欲しかったのですが、勝負の世界です。

1990年10月25日に大橋秀行からWBCタイトルを奪った〝フィニート〟ロペスは1992年にリング誌月刊PFPに登場すると2006〜2007年に3位をキープしたのを最高位に、2001年に引退するまでの10年間、このmythcal rankingに名前を刻み続けました(1999年以降の評価は転級したジュニアフライ級でのもの)。
「10年間PFPファイターの地位を維持」はもちろん、「引退するまでPFPランカー」というのは途轍も無い快挙です。
フィニートを例外にするとフロイド・メイウェザーしか思い浮かべることができません。※
今なお105ポンド級の歴代最高ファイターと衆目一致する48歳のグレートは、最後のLineral Champion でもあります。
ロペスが1999年10月にジュニアフライ級に転向したことで、〝王者に勝った者だけが王者〟というチャンピオンシップ制度の根幹であるLineral Championが、なんと25年間も空位になったままなのです。
プロボクシング全17階級でLineral titleの空位が最も長いのが、ストロー級。2番目がマニー・パッキャオが征服したフェザー級で、2005年3月から19年の空位ですから、ストロー級だけが21世紀になってもLineral Championが生み出されていないことになります。
さて、この四半世紀にも及ぶ王者不在にピリオドが打たれる時がついに訪れます。
11月16日にWBO王者オスカー・コラーゾとWBA王者ノックアウト・CPフレッシュマートの無敗のアルファベット王者がサウジアラビアのリヤドでLineral Champion shipを争うことが決定しました。
この誇り高いLineral Championとほぼオーバーラップするリング誌ストロー級王座は〝ロペスの時代〟の1980年代後半から1990年代にかけては長い中断期間中で、1986年に新設されたストロー級ではこの試合の勝者が初代リング誌チャンピオンとなります。
重岡銀次朗にこの舞台に立って欲しかったのですが、勝負の世界です。

※PFPが定期的に発表されるようになったのはリング誌の月刊ランキングが1990年(2022年の廃刊で消滅)、月刊と連動する形で始まった電子版ランキングが2010年から始まりました。つまり、それ以前のグレートはPFPランキングで語られることはありませんでした。
1982年に最初の引退宣言をしたシュガー・レイ・レナードはBest Fighter Poll (リング誌年間表彰として1980〜2017年まで実施)は、この年のBest Fighterに選ばれていましたから、これをPFP1位と見ることも出来ます。しかし、当時25歳のレナードの引退理由は眼疾。35歳までPFPに名前を残したロペスと並べて考えることは出来ません。
1982年に最初の引退宣言をしたシュガー・レイ・レナードはBest Fighter Poll (リング誌年間表彰として1980〜2017年まで実施)は、この年のBest Fighterに選ばれていましたから、これをPFP1位と見ることも出来ます。しかし、当時25歳のレナードの引退理由は眼疾。35歳までPFPに名前を残したロペスと並べて考えることは出来ません。
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フシ穴の眼
が
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