日本時間のきょう、南アフリカ・ヨハネスブルク-スポーツ庁が「「The Rose of Soweto(ソエトの薔薇)と呼ばれたディンガン・トベラが57歳で亡くなった」と伝えました。



1993年6月26日、WBAライト級王者トニー・ロペスからタイトルを奪ったトベラ。

1948年から法律として人種差別を認めたアパルトヘイトが撤廃される前の年の出来事でした。ソエト(黒人居住区)から南アフリカの英雄となったトベラの勇姿がどれほど多くの人々を感動させ、勇気づけたかは計り知れません。

南アフリカ。

日本のボクシングファンにもお馴染みのヘッキー・ブドラーやゾラニ・テテ、シベナティ・ノンティンガ、モルティ・ムザラネ、ジェフリー・マゼブラ、ブシ・マリンガ、シンピウィ・ベトイェカ、世界的にも有名なゲリー・コーツィー、ブライアン・ミッチェル、さらにはK1ファイターの印象が強いマイク・ベルナルドやフランソワ・ボタ、そして忘れちゃいけないネルソン・マンデラもこの国の生まれです。


トベラはこのタイトルを初防衛戦で失ってしまいます。相手は、東京からやってきたロシア人オルズベック・ナザロフでした。

日本のボクシングファンは「評価の高いトベラ」「敵地ヨハネスブルク」…さまざまなビハインドを考慮してもナザロフがメジャー階級のストラップを日本に持ち帰ると確信していました。

事実、大差判定勝利でその通りになりましたが、ナザロフから第4ラウンドにダウンを奪うなど南ア人の強靭さに驚かされたものでした。

しかし、本当に驚くのは7年後の2000年9月1日に5階級も上のスーパーミドル級タイトルマッチでトベラがWBC王者グレン・キャトリーに11ラウンドまで最大8ポイントのリードを許しながら、最終回に逆転KO勝利を収めた奇跡でした。

これ以上のフロッグ・ジャンプ(階級またぎ)は、更新不可能でしょう。「やっぱりとんでもないヤツだった」と、ディンガン・トベラを思い返したものでした。


死因は公表されていませんが、57歳というのは若すぎます。

ソエトの薔薇、安らかにお眠り下さい。