私が大学生の頃。1980年代後半という時代。学生運動はほとんどが沈静化、60〜70年代にキャンパスに充満していた荒れた空気はどこへやら、軽くてカラフルで、バブルに浮かれた現状(いま)を楽しむムードにどっぷり浸かっていました。
60〜70年代からは一転、「革命によって世の中を変える」なんて考えは微塵もなく「このうわついた空気がずっと続けばいいな」と思っていました。
それでも。
高校時代の恩師の1人が学生運動の元闘士だったり、やはり高校2年の終わりくらいからあちこちの予備校の〝模擬試験荒らし〟の結果として無料で受講した講習で教壇に立っていた先生の中には学生運動に身を投じていた元革命家も少なからずいました。
学生運動の残像もかすれた80年代に大学の門をくぐった私でしたが、〝彼ら〟から全く影響を受けずにいられるはずもありませんでした。
つまり、共感することも少なくなかったのです。
最後は同志を殺すばかりか、無関係の市民まで巻き込む凶行に手を染める犯罪集団となっても、それはほんの一部の急進派であって、多くの学生は「就職が決まって髪を切ってきたとき もう若くないさと君にいいわけしたね」な感じの、軽い気持ちで「学生集会へもときどき でかけた」のでしょう。

The Strawberry Statement =邦題「いちご白書をもう一度」(1970年:MGM映画 109分 )。
当時の若者たちの学生運動への関わり方に極端な濃淡があったことも、この過激な季節の輪郭をぼやけさせているように思えます。
大企業の本社ビルに爆弾を仕掛ける犯罪者もいれば、髪を切って面接に行って大企業に就職が決まる学生もいたのです。
いずれにしても、あのムーブメントがいまだ「総括」されていないのは間違いありません。
60〜70年代からは一転、「革命によって世の中を変える」なんて考えは微塵もなく「このうわついた空気がずっと続けばいいな」と思っていました。
それでも。
高校時代の恩師の1人が学生運動の元闘士だったり、やはり高校2年の終わりくらいからあちこちの予備校の〝模擬試験荒らし〟の結果として無料で受講した講習で教壇に立っていた先生の中には学生運動に身を投じていた元革命家も少なからずいました。
学生運動の残像もかすれた80年代に大学の門をくぐった私でしたが、〝彼ら〟から全く影響を受けずにいられるはずもありませんでした。
つまり、共感することも少なくなかったのです。
最後は同志を殺すばかりか、無関係の市民まで巻き込む凶行に手を染める犯罪集団となっても、それはほんの一部の急進派であって、多くの学生は「就職が決まって髪を切ってきたとき もう若くないさと君にいいわけしたね」な感じの、軽い気持ちで「学生集会へもときどき でかけた」のでしょう。

The Strawberry Statement =邦題「いちご白書をもう一度」(1970年:MGM映画 109分 )。
当時の若者たちの学生運動への関わり方に極端な濃淡があったことも、この過激な季節の輪郭をぼやけさせているように思えます。
大企業の本社ビルに爆弾を仕掛ける犯罪者もいれば、髪を切って面接に行って大企業に就職が決まる学生もいたのです。
いずれにしても、あのムーブメントがいまだ「総括」されていないのは間違いありません。
コメント
コメント一覧 (1)
そもそも当時の日本に、テロリズムを生むほどの問題があったのでしょうか。
サークルゲームは名曲です。
フシ穴の眼
が
しました