「東アジア反日武装戦線」。久しぶりに、その過激派の名前を耳にした。

私が大学生になった80年代も深まった時代。大学キャンバスはバブルの軽薄にうわついていたが、60年代、70年代に燃え盛った学生運動の小さな破片は、まだ残っていた気がする。



私を含めて、多くの人がその男の顔を知っていたが、その名前まで知る人はほとんどいなかった。

日本中の交番等に貼られた指名手配のポスターでは、男の顔と名前は必ずセットになっていたし、そのポスターでしか男のことを知らないというのに。

末期がんで死期が近いと悟った男は「最後は本名で死にたい」と、指名手配ポスターに大きく印刷されていた、その名前を語った。

「内田洋」と偽名を名乗って、49年も社会の中に溶け込んでいた。

偽名は有名な歌謡グループ「内山田洋とクール・ファイブ」から思い付いたのだろう。

北朝鮮に亡命した彼らの一派は「俺たちはあしたのジョーである」と、犯行声明に書いた。

手に染めた凶悪事件に対して、驚くしかない軽さだ。

飲食店で酒が入ると、カルロス・サンタナやエリック・クラプトンを歌ったという。

彼らは、自分勝手に生きただけだ。それも他者に対して許されざる蛮行を犯しながら。

「最後は本名で死にたい」。男が名乗ったのは、懺悔の念からではない。

もし、大きな後悔や深い反省に苦悶していたなら、手記などを残しているはずだ。

今後の家宅捜索で、そんなものが出てくるとは考えられない。



あれは懺悔の告白などではなく、男にとっては崇高な行為だと信じ込んでいた、凶悪犯の自己満足、欺瞞の英雄物語を完結させるフィナーレだったとしか、私には思えない。