「野球をやってる子に野球が合っているとは限らない」(朝日新聞1月22日朝刊)。

新弟子の志願者が年々減少していることに危機感を覚えた元横綱、鶴竜の音羽山親方の言葉です。

新弟子検査の間口を広げるために相撲協会は基準緩和を繰り返し、昨年9月についに撤廃。「身長167㎝、体重67kg」のラインは残しますが、一定の身体能力が認められたら入門を認めることになっています。

大相撲ではボクシングと同じように、競技人口が減少する一方でアマチュア経験を積んだ選手が増えています。これは、誤解を恐れずにいうと、人気がないからです。



「野球をやってる子に野球が合っているとは限らない」。

その通りですが「才能の適切な分配」など不可能です。

「国威発揚のため」に、ある国が軍隊を解体、軍事費を全てスポーツに注入するとします。国威発揚ですから、メジャースポーツで結果を残すということです。

まず、世界で最もインパクトがあるサッカーW杯でスペクタクルな優勝を重ねることが、主要な目的になります。

続いて欧米で人気のテニス。四大大会における男女アベック連続優勝記録を更新。

そして五輪では、やはり100メートル。表彰台男女独占の連続記録と世界記録の更新。

しかし、それは不可能です。

短期的には、どんな富裕国でもカタールのようにW杯を自国開催したり、サウジアラビアのように欧米で注目度の高いイベントを誘致したりするまでが限界でしょう。

スポーツは単純な工業ではなく文化です。工業製品のように選手を生産することは出来ません。


現代の中国やキューバ、かつての旧ソ連や東ドイツのような共産主義国でもそこに資源を集中することはできませんでした。

どうしてそのスポーツに才能が集まるのか?

簡単な話です。

栄光(注目度や将来の報酬の大きさ)、です。

野球をやってる子に野球が合ってるとは限らない…その通りです。

ただし、その子が数あるスポーツの中から「目立つから」「かっこいいから」野球を選んだのです。

私が野球を選んだ理由も、そうでした。

高校まで、父親の仕事柄、転勤・引っ越しが多く、転校先でうまくやっていくには喧嘩か野球で実力を見せつけるのが手っ取り早かったということもありますが、それも「栄光」効果の一つです。

中学時代のある日、私のレベルでは非常に重要な公式戦で、幸運にもサヨナラヒットを打つことが出来ました。

ライト線を抜ける打球、全力でボールを追いかけることを諦めた相手の右翼手を見ながら一塁ベースを周り、本塁に視線を移すとサヨナラの走者にチームメイトが駆け寄ってもみくちゃにしてました。

ものすごく気持ちの良い光景でした。

それなのに…なぜだかその感激と同じくらいに、体育の持久走でクラスで一番になったことが気持ち良かったのです。

球技大会でサヨナラヒットを放っても、ほとんど何の感情も湧かなかったというのに。

自分が性格的にも個人競技に向いているのは、なんとなくわかっていました。

高校に入って陸上部と兼部するようになってからも、野球部がメインという意識はありました。「どっちが好きか?」となると…。


私がもう一度、人生をやり直すとして、小学校や中学校でどのスポーツを選ぶか?

今の時代でも野球を選ぶと思います。「二刀流をやりたい」と言ってるでしょう。そして、兼部するなら陸上ではなく、サッカーに興味があります。

どんなに体格が良くても相撲はしません。

本質的に軽佻浮薄な人間なのです。

弁解させてもらうと、「目立つから」「かっこいいから」は「競争が激しい」という意味でもあり、そこで勝負したいという思いも強烈にあります。


新年会の酒に酔って、とりとめのないお話になってしまいました。