〜嫌われて嬉しい人、もいる。〜

仕事が忙しいのが良いことだとは思わない。

それでも、自分がやってる仕事は面白いと思ってるし、その面白い仕事を面白くやる人は年代問わず、尊敬している。

そして、そんな人が自分を慕ってくれたり、望外に評価してくれることは、嬉しいものだ。色々誘ってくれても、人嫌いな性格は別でいつもお答えできないのが申し訳ないが。

最近、俺が仕事のやめ時を考えてるように見えるのか、そんなふうな気遣いをされることが、特によくある。

 

その真逆で、敵意や憎悪をむき出しにしてくる人もいる。ライバル企業なら納得できるのだが、そうでない人もいたりする。

高校時代の何人かの教師もそうだった。

ライバル企業にも、全面的に評価して持ち上げてくれる人もいるし、高校時代でも好き放題やってた俺を不思議なくらいに見込んで、野放しにしてくれる教師もいた。

人から嫌われて嬉しいなんておかしな話だが、敵意や憎悪を向けてくる人たちに嫌われるのは、それこそ、そんなに嫌いじゃないかもしれない。

尊敬していた人や、いい先生だなと感じる教師に嫌われるのは、ちょっと辛いけど、幸運にもそんなことはほとんどなかった。


尊敬している人から慕われたり、評価される嬉しさと比べると、瑣末なレベルだが、つまらない人から嫌われるのって、俺もまんざら捨てたもんじゃないなぁ、なんて思ってしまう。
 

悪霊に取り憑かれた重症患者に好かれたら、自分に幻滅しそうだが、悪霊が2年も執着する俺って、まぁいい感じなのかな。

 

貧乏暇なしで、一人の移動時間や待ち時間、ランチタイムなどでこのブログを書かせていただいてもらってるが、それでも、もうあまり無駄な人に構う必要も時間もないのかな。
 

腐り切った負の空気しか発散しない文章からは、ああ、生き辛い毎日を送っているんだろうなあと慮ってしまう。



仕事でもなければ、お金をもらって書いてるわけでもない、そんな場所に「説明する義務」なんて あるわけないし、悪霊には説明したくもないし。
 

実際の生活では絶対関わりたくないけど、ここはオープンにしておきますが、気が向いたときに問診に来てあげる。


病状が回復したら、ちゃんと説明するけど、2年かかっても悪化するばかりでは無理かな?


それにしても、そうか、こういう人が俺を嫌うのか、とわかるコメントをもらうのは逆にいい感じだ。

思い起こせばときどきあるな。純粋な興味や関心はゼロで、敵意や憎悪を向けてくるの。バカに賞賛されるのは複雑な気分だが、その逆なんだから悪くない。