最近、ショックだったこと、といえば、なでしこが世界3位のスウェーデンに番狂せで敗れたことです。

そして、7月25日にステーブン・フルトンをKOして4階級制覇に成功した井上尚弥をNumber誌がプリントバージョンで取り上げなかったことも、衝撃的でした。

Number誌は1980年創刊当初は「ボクシング贔屓」でした。 

1980年。当時は野茂英雄も中田英寿もいない、世界で戦う日本人を日常的に応援できるのはプロボクシングの世界戦だけ。 そんな時代です。

しかし、時代は変わりました。

米国でのボクシングのステイタスも地に堕ちました。

「井上vsフルトン戦」の週末に行われた「 テレンス・クロフォードvsエロール・スペンスJr.」のUndisputed championshipは日本の一般紙はもちろん、米国ですら完全無視。

人気階級のビッグファイトですら無視されるのに、全く人気のない階級の日本人が、米国で注目されるわけがありません。


読売新聞や朝日新聞までが「ハグラーだレナードだ、ハーンズだ」と大騒ぎしていた時代からは隔世の感があります。

かつて、辰吉丈一郎だけで増刊号まで何度も出版していたNumber誌ですが「サッカーやMLBの特集が多くなってしまうのは売れ行きが良いから。売れ行きの悪いものはやはり、切り捨てざるを得ない。雑誌は時代を映している」(2019年4月19日「サンデースポーツ」)と説明しています。

井上尚弥を大きく取り扱う号の売れ行きが芳しくないのは、ボクシングの世界が抱えるおよそスポーツとは認められない不条理だけだなく「軽量級にサッカーや野球でいう世界(とんでもない強豪が世界最高峰の舞台で待ち構えている)なんて存在しない」という揺るがし難い事実に多くのスポーツファンが気づいてしまったからなのかもしれません。

ただでさえ、マイナー競技のボクシング、その中でもほとんど切り捨てられた存在の超軽量級で米国のフルトンに勝ったと言われても、米国のボクシングファンですら「フルトン???」とピンとこないでしょう。 

IMG_4553 (1)

紙媒体の衰退とは関係なく、大谷翔平を単独カバーすると売れ行きが全く違う。これまでも「長嶋は例外なく売れる」「辰吉も売れる」。しかし、可哀想なことに「井上尚弥」では全く売れない…それだけカリスマ性を持ったボクサーがいなくなってしまったということでしょうか?

もちろん、辰吉と井上では時代だけではなく、ボクサーとしての次元が全く違います。井上が30年早く生まれていたら、米国ファンが関心を払わないのは変わらないでしょうが、日本での熱狂は辰吉を上回っていたかもしれません。

もちろん、それを言い出したら三浦知良が今現役バリバリでも、誰も一顧だにしないでしょう。

ライバルにすら恵まれない、勝った相手はやはり微妙な相手だったとその後の成績ではっきりバレてしまう(おそらくフルトンもそうでしょう)…井上尚弥は時代に徹底的に嫌われてしまったのか?

「世界と戦う日本人を応援できるのはボクシングだけ」ではない時代、それどころか「ボクシングの軽量級は選手層も薄く、欧米の関心が低いために日本で好きなように出来る階級」(村田諒太)という事実も、井上信者以外のまともな日本のスポーツファンは薄々感じてしまっています。

「ラスベガスで防衛を重ねていけば(ファイトマネーは)天文学的数字になる」(大橋秀行)なんて大嘘を平気で吐いてきたのも「井上は素晴らしいボクサーで日本で十分需要があるのに、どうして誇大広告をしたがるのだろう」(朝日新聞)と、不信感を募らせるだけでした。

欧米の有名メディアが大々的に取り上げたなでしこジャパンとは真逆に、専門メディアの専門家評価だけが高い井上。

井上は、このままYouTuberのようなネット限定のスーパースターのままで終わってしまうのでしょうか?