社会に認められることが「人間の幸せ」だとは思いません。
三ツ星シェフの料理を毎日たらふく食べることのできる大金持ちと、獲物に恵まれず何十日かぶりにマンモスを倒してその生暖かい肝臓を貪り食った一円も持たない原始人、どちらが食の喜びに浴しているでしょうか?どちらが人間として幸せでしょうか?
「社会に認められること」の根幹が承認欲求であれば、その人の「人間の幸せ」は極めて脆弱なものになってしまいます。
社会に高く大きく認められている大谷翔平の193㎝、95kgの巨体の中には、おそらくどこを探しても承認欲求は見つからないでしょう。「ドライチ 8球団」を目指した高校時代までは確かにあったはずのそれは、もはや何か正反対の宝石に昇華したように見えてきます。
そして、彼を見るとき「人間の幸せ」の不思議に思いを巡らせてしまいます。彼がやっていることを他の誰かにやらせたなら、それは許し難い犯罪的拷問でしかありません。労働基準法に照らせば過労死レベルを優に超えた過酷極まる労働を、かれこれ10年以上も続けていることになります。
それなのに、「ニューヨークでお気に入りのお店?外に出たことがないから知らないんです」と答えて外国人レポーターを絶句させた大谷翔平ほど幸せな人間を、私は一人も知りません。
大谷とは真逆に「(プロ野球生活を振り返って)心から楽しいと思えたことは…一度もないですね」と吐いたのは斎藤佑樹でした。
では、ハンカチ王子のプロ生活に「幸せ」はなかったのでしょうか。
もしかしたら、今振り返って思えることと、いつか将来に思い出すときとは、同じ人でも全く違う記憶が湧き上がって来るのではないでしょうか?
彼は藤浪晋太郎はもちろん、大谷よりも真夏の日本列島を沸騰させた若者でした。
もし、プロ1年目で選手生活を断念せざるを得ない大怪我をして引退していたなら、テレビタレントや甲子園の解説者として大活躍をされていたのは間違いありません。
あるいは、もっと早く「その道」に進んでいた方が、精神的にも経済的にもはるかに楽な人生を歩めていたはずです。
もちろん、彼は「一花咲かすまでは、クビになるまでマウンドにしがみつく」思いだったでしょう。その思いは「幸せ」になるために、絶対譲れない、悲壮なまでの承認欲求だったかもしれません。
ハンカチ王子の11年間もまた、他の誰かが代わって身を置けば、心の奥底まで土足で踏み込まれるような拷問の日々だったでしょう。大谷のように、日本中から絶賛されながらとは程遠い、日本中から冷たい視線を浴びながらの〝拷問〟です。
ときに嘲られもしながらも、一歩も逃げずに格闘した七転八倒のプロ11年間がもしなければ…斎藤佑樹の「いま」はもっと違ったものになっている、言い換えると私たちは「違う目で見ている」と考えるのは、穿った見方でしょうか?
毎晩「熱闘甲子園」を楽しみにしています。
もし、もっともっと早い段階で、斎藤佑樹が私たちが楽だと思う道を選んでいたなら、その口で同じコメントを語っていたなら、私は「たった一夏の記憶で一生食っていけるなんて楽な人生やなあ、ちょっとは面白いこと言わんかい!」とテレビに向かって毒付いていたかもしれません。
しかし、彼が穏やかに微笑みながら語る「誰も傷つけまい」という強い意志を滲ませたオブラートを幾重にも巻いた〝面白くないコメント〟には、まだ35歳の男の生き様が透けて見えるようで、こちらもつられて穏やかに微笑みそうになってしまいます。
ユニフォームを脱いで、新しい海に出航した斎藤佑樹と違い、藤浪晋太郎はまだ七転八倒、七転び八起きしながら荒波と格闘しています。
なにはともあれ。甲子園のスーパーヒーローは、必ず幸せを摑み獲ることになっています。
それが、スーパーヒーローの宿命なのですから。
三ツ星シェフの料理を毎日たらふく食べることのできる大金持ちと、獲物に恵まれず何十日かぶりにマンモスを倒してその生暖かい肝臓を貪り食った一円も持たない原始人、どちらが食の喜びに浴しているでしょうか?どちらが人間として幸せでしょうか?
「社会に認められること」の根幹が承認欲求であれば、その人の「人間の幸せ」は極めて脆弱なものになってしまいます。
社会に高く大きく認められている大谷翔平の193㎝、95kgの巨体の中には、おそらくどこを探しても承認欲求は見つからないでしょう。「ドライチ 8球団」を目指した高校時代までは確かにあったはずのそれは、もはや何か正反対の宝石に昇華したように見えてきます。
そして、彼を見るとき「人間の幸せ」の不思議に思いを巡らせてしまいます。彼がやっていることを他の誰かにやらせたなら、それは許し難い犯罪的拷問でしかありません。労働基準法に照らせば過労死レベルを優に超えた過酷極まる労働を、かれこれ10年以上も続けていることになります。
それなのに、「ニューヨークでお気に入りのお店?外に出たことがないから知らないんです」と答えて外国人レポーターを絶句させた大谷翔平ほど幸せな人間を、私は一人も知りません。
大谷とは真逆に「(プロ野球生活を振り返って)心から楽しいと思えたことは…一度もないですね」と吐いたのは斎藤佑樹でした。
では、ハンカチ王子のプロ生活に「幸せ」はなかったのでしょうか。
もしかしたら、今振り返って思えることと、いつか将来に思い出すときとは、同じ人でも全く違う記憶が湧き上がって来るのではないでしょうか?
彼は藤浪晋太郎はもちろん、大谷よりも真夏の日本列島を沸騰させた若者でした。
もし、プロ1年目で選手生活を断念せざるを得ない大怪我をして引退していたなら、テレビタレントや甲子園の解説者として大活躍をされていたのは間違いありません。
あるいは、もっと早く「その道」に進んでいた方が、精神的にも経済的にもはるかに楽な人生を歩めていたはずです。
もちろん、彼は「一花咲かすまでは、クビになるまでマウンドにしがみつく」思いだったでしょう。その思いは「幸せ」になるために、絶対譲れない、悲壮なまでの承認欲求だったかもしれません。
ハンカチ王子の11年間もまた、他の誰かが代わって身を置けば、心の奥底まで土足で踏み込まれるような拷問の日々だったでしょう。大谷のように、日本中から絶賛されながらとは程遠い、日本中から冷たい視線を浴びながらの〝拷問〟です。
ときに嘲られもしながらも、一歩も逃げずに格闘した七転八倒のプロ11年間がもしなければ…斎藤佑樹の「いま」はもっと違ったものになっている、言い換えると私たちは「違う目で見ている」と考えるのは、穿った見方でしょうか?
毎晩「熱闘甲子園」を楽しみにしています。
もし、もっともっと早い段階で、斎藤佑樹が私たちが楽だと思う道を選んでいたなら、その口で同じコメントを語っていたなら、私は「たった一夏の記憶で一生食っていけるなんて楽な人生やなあ、ちょっとは面白いこと言わんかい!」とテレビに向かって毒付いていたかもしれません。
しかし、彼が穏やかに微笑みながら語る「誰も傷つけまい」という強い意志を滲ませたオブラートを幾重にも巻いた〝面白くないコメント〟には、まだ35歳の男の生き様が透けて見えるようで、こちらもつられて穏やかに微笑みそうになってしまいます。
ユニフォームを脱いで、新しい海に出航した斎藤佑樹と違い、藤浪晋太郎はまだ七転八倒、七転び八起きしながら荒波と格闘しています。
なにはともあれ。甲子園のスーパーヒーローは、必ず幸せを摑み獲ることになっています。
それが、スーパーヒーローの宿命なのですから。
コメント
コメント一覧 (4)
読んでいて感動しました
フシ穴の眼
が
しました
大金持ちなのに、仙人の様な生活の大谷。
どん底を這いずり回った斎藤を、CMに起用するユニクロ。
すごい世界です。凡人で良かったかも。
フシ穴の眼
が
しました
甲子園のスーパーヒーローとして覚醒してくれること、切に願っています。
フシ穴の眼
が
しました
私が生まれて物心ついたころからの記憶の中では、高校野球の選手としては、松坂大輔の次にインパクトのある選手です。
フシ穴の眼
が
しました