元プロ野球選手・杉谷拳士が、第二の人生でも活躍しているのを楽しみに見ています。
昨夜も「THEプラチナリスト~スターが生まれた伝説の名簿~」に出演〝ならでは〟のトークを披露してくれました。
拳士の父親は杉谷満、強打の日本フェザー級王者でした。
杉谷は1981年にプロデビュー、89年にグローブを吊るしました。社会に出る前、学生時代の私が体温を感じられる、あのディケイドを目一杯戦ったファイターでした。

ボブ・アラムが犯した数えきれない過ちの中で、最も取り返しがつかなかったのは「デラホーヤをプロデュースした」という思い込みはまだしも、「パッキャオもメイウェザーも私がプロモートしなければスーパースターになれなかった」という、思い上がりも甚だしい誤解でした。

現在の日本は帝拳の支配下(悪い意味よりも良い意味が多い)で、世界はエディ・ハーンとアル・ヘイモンが老人たちを駆逐しています。
しかし、80年代の日本は協栄の時代(良い意味よりも悪い意味で)で、世界はボブ・アラムとドン・キングによって二分割されていました。
今とは地軸が少しズレていた時代。
今では考えられないかもしれませんが、後楽園ホールには紫煙が漂い、常連オヤジのヤジが飛び交っていた、そんな時代。
後楽園ホールから至近、東大キャンパスのペンシルロケット碑が、まだそこになかった時代。早稲田大学にキャンパスを隔てる壁がなかった時代。
今と当時、「協栄と帝拳」 なら、あらゆる意味で間違いなく前に進んでいます。
しかし、その他諸々を見渡すと、俺たちは一歩でも前に踏み出せているのでしょうか。
タバコの臭いと、どう見てもヤクザな輩がリングサイドに座ってるよりは、今のホールは間違いなく健康です。

話を戻して、杉谷満です。
「どんな時代であっても、そこに生きている人々にとっては厳しい時代だ」というのは間違いなく真理です。
そして、スポーツ観戦という小さな世界でも「どんな時代であっても、そこに生きている人々にとっては最高の時代」です。
なんて、のたまっても、私は80年代から40年以上もボクシングを見てしまいました。
高校時代に手に取ったリング誌やスポーツイラストレイテッド誌が、今とは全く違うものであったのは錯覚や郷愁であるはずがありません。
4つのディケイドを経て、ボクシングの一般的な関心は下落の一方でも、その減退に比例して私の興味も縮小したかというと、そうではありません。

「マニー・パッキャオ」という現象に、惹き戻されたという側面はあるとはいえ、村田諒太のミドル級の金メダル、清水聡の銅メダル、入江聖奈の金メダル、井上尚弥のPFP1位は、ボクシングファンにとって刺激的なニュースでした。
4つの10年、どれが好きとかありませんが、やはり最初の80年代は特別です。
話、戻したはずが、前置きが長くなりました。
杉谷満です。息子の拳士は愛すべき三枚目ですが、お父さんは二枚目、それなのにアイドル臭が薄い…モテない私が思い入れる典型的なファイターでした。
昨夜も「THEプラチナリスト~スターが生まれた伝説の名簿~」に出演〝ならでは〟のトークを披露してくれました。
拳士の父親は杉谷満、強打の日本フェザー級王者でした。
杉谷は1981年にプロデビュー、89年にグローブを吊るしました。社会に出る前、学生時代の私が体温を感じられる、あのディケイドを目一杯戦ったファイターでした。

ボブ・アラムが犯した数えきれない過ちの中で、最も取り返しがつかなかったのは「デラホーヤをプロデュースした」という思い込みはまだしも、「パッキャオもメイウェザーも私がプロモートしなければスーパースターになれなかった」という、思い上がりも甚だしい誤解でした。

現在の日本は帝拳の支配下(悪い意味よりも良い意味が多い)で、世界はエディ・ハーンとアル・ヘイモンが老人たちを駆逐しています。
しかし、80年代の日本は協栄の時代(良い意味よりも悪い意味で)で、世界はボブ・アラムとドン・キングによって二分割されていました。
今とは地軸が少しズレていた時代。
今では考えられないかもしれませんが、後楽園ホールには紫煙が漂い、常連オヤジのヤジが飛び交っていた、そんな時代。
後楽園ホールから至近、東大キャンパスのペンシルロケット碑が、まだそこになかった時代。早稲田大学にキャンパスを隔てる壁がなかった時代。
今と当時、「協栄と帝拳」 なら、あらゆる意味で間違いなく前に進んでいます。
しかし、その他諸々を見渡すと、俺たちは一歩でも前に踏み出せているのでしょうか。
タバコの臭いと、どう見てもヤクザな輩がリングサイドに座ってるよりは、今のホールは間違いなく健康です。

話を戻して、杉谷満です。
「どんな時代であっても、そこに生きている人々にとっては厳しい時代だ」というのは間違いなく真理です。
そして、スポーツ観戦という小さな世界でも「どんな時代であっても、そこに生きている人々にとっては最高の時代」です。
なんて、のたまっても、私は80年代から40年以上もボクシングを見てしまいました。
高校時代に手に取ったリング誌やスポーツイラストレイテッド誌が、今とは全く違うものであったのは錯覚や郷愁であるはずがありません。
4つのディケイドを経て、ボクシングの一般的な関心は下落の一方でも、その減退に比例して私の興味も縮小したかというと、そうではありません。

「マニー・パッキャオ」という現象に、惹き戻されたという側面はあるとはいえ、村田諒太のミドル級の金メダル、清水聡の銅メダル、入江聖奈の金メダル、井上尚弥のPFP1位は、ボクシングファンにとって刺激的なニュースでした。
4つの10年、どれが好きとかありませんが、やはり最初の80年代は特別です。
話、戻したはずが、前置きが長くなりました。
杉谷満です。息子の拳士は愛すべき三枚目ですが、お父さんは二枚目、それなのにアイドル臭が薄い…モテない私が思い入れる典型的なファイターでした。
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フシ穴の眼
が
しました