7月25日、井上尚弥が挑むジュニアフェザー級のタイトル。
これまで、ロイヤル小林、畑中清詞、佐藤修、長谷川穂積、西岡利晃、李冽理、下田昭文、亀田和毅、小國以載、久保隼、岩佐亮佑の11人がこのタイトルのベルトを巻いてきました。
勝敗を抜きにして、最も重要な一戦を挙げるなら西岡利晃がノニト・ドネア(2012年10月13日:カルフォルニア州カーソン・ホームデポセンター)に挑み、9ラウンドで玉砕した試合になるでしょう。
序盤から右のガードを上げたまま動かさない「左フックをもわわなければ勝ち、とでも思ってるのか?」とHBOの解説でバカにされた西岡には容赦ないブーイングが飛ばされた、残念な試合になってしまいました。
では「最も評価すべき勝利」は?となると、畑中清詞がWBC王者ペドロ・デシマを8ラウンドでストップした一戦で誰も異論はないでしょう。
1991年2月3日、名古屋・国際展示場でゴングが打ち鳴らされた試合は、日本ボクシング史上屈指の大逆転劇でもありました。
デシマは、1984年のロス五輪バンタム級でベスト8のアルゼンティーナ。ポール・バンキを圧倒、4ラウンドTKOで奪った王座の初防衛戦。バンキはダニエル・サラゴサに勝利、評価の高い王者でしたが、デシマは全く問題にしませんでした。
一方の畑中は1988年9月4日にWBCジュニアバンタム級王者ヒルベルト・ローマンに挑戦するも、子供扱いされて大差判定負け。全くパンチが当たらない展開に、試合中に地団駄を踏んで悔しがった畑中。
それから2年半。2階級上のジュニアフェザー級で強打のデシマと対戦するというのですから、2−8で圧倒的不利と言われた下馬評も当然でした。
初回、26歳の王者が繰り出したワンツーに3つ年下の日本人はあっけなくダウン。序盤3ラウンドは、戦前予想の通りにゲームは進みます。
迎えた第4ラウンド、畑中は右ショートでデシマをグラつかせると一気にラッシュ。右ストレートでダウンを奪い返します。立ち上がったデシマに、今度は左フックでダウンを追加。さらに二つのダウンを奪って試合を決定づけました。
5、6ラウンドと試合は落ち着いてしまいますが、迎えた第7ラウンド。畑中は左ストレートで5度目のダウンを奪います。デシマのダメージは深刻。
第8ラウンド、最後の力を放り絞って攻撃に出るデシマでしたが、畑中の左フックからのコンビネーションで腰砕け、6度目のダウン。主審のルペ・ガルシアはこれ以上の続行を許しませんでした。
畑中は6月の初防衛戦でサラゴサに判定負け。わずか4ヶ月という短期政権、一度も防衛できませんでしたが、1984年のデビューから注目され続けた東海初のボクシングヒーローは7年間もスター街道を走り続けてきたのです。
サラゴサ戦で右目の眼筋麻痺を患い、引退。
7月25日、井上がWBC/WBO王者スティーブン・フルトンに勝利を収めると、ジュニアフェザー級で「最も評価すべき勝利」は畑中の手を離れてしまいますが、井上に上書きされるのですから畑中も納得でしょう。
注目の1戦まで、あと57日となりました。
これまで、ロイヤル小林、畑中清詞、佐藤修、長谷川穂積、西岡利晃、李冽理、下田昭文、亀田和毅、小國以載、久保隼、岩佐亮佑の11人がこのタイトルのベルトを巻いてきました。
勝敗を抜きにして、最も重要な一戦を挙げるなら西岡利晃がノニト・ドネア(2012年10月13日:カルフォルニア州カーソン・ホームデポセンター)に挑み、9ラウンドで玉砕した試合になるでしょう。
序盤から右のガードを上げたまま動かさない「左フックをもわわなければ勝ち、とでも思ってるのか?」とHBOの解説でバカにされた西岡には容赦ないブーイングが飛ばされた、残念な試合になってしまいました。
では「最も評価すべき勝利」は?となると、畑中清詞がWBC王者ペドロ・デシマを8ラウンドでストップした一戦で誰も異論はないでしょう。
1991年2月3日、名古屋・国際展示場でゴングが打ち鳴らされた試合は、日本ボクシング史上屈指の大逆転劇でもありました。
デシマは、1984年のロス五輪バンタム級でベスト8のアルゼンティーナ。ポール・バンキを圧倒、4ラウンドTKOで奪った王座の初防衛戦。バンキはダニエル・サラゴサに勝利、評価の高い王者でしたが、デシマは全く問題にしませんでした。
一方の畑中は1988年9月4日にWBCジュニアバンタム級王者ヒルベルト・ローマンに挑戦するも、子供扱いされて大差判定負け。全くパンチが当たらない展開に、試合中に地団駄を踏んで悔しがった畑中。
それから2年半。2階級上のジュニアフェザー級で強打のデシマと対戦するというのですから、2−8で圧倒的不利と言われた下馬評も当然でした。
初回、26歳の王者が繰り出したワンツーに3つ年下の日本人はあっけなくダウン。序盤3ラウンドは、戦前予想の通りにゲームは進みます。
迎えた第4ラウンド、畑中は右ショートでデシマをグラつかせると一気にラッシュ。右ストレートでダウンを奪い返します。立ち上がったデシマに、今度は左フックでダウンを追加。さらに二つのダウンを奪って試合を決定づけました。
5、6ラウンドと試合は落ち着いてしまいますが、迎えた第7ラウンド。畑中は左ストレートで5度目のダウンを奪います。デシマのダメージは深刻。
第8ラウンド、最後の力を放り絞って攻撃に出るデシマでしたが、畑中の左フックからのコンビネーションで腰砕け、6度目のダウン。主審のルペ・ガルシアはこれ以上の続行を許しませんでした。
畑中は6月の初防衛戦でサラゴサに判定負け。わずか4ヶ月という短期政権、一度も防衛できませんでしたが、1984年のデビューから注目され続けた東海初のボクシングヒーローは7年間もスター街道を走り続けてきたのです。
サラゴサ戦で右目の眼筋麻痺を患い、引退。
7月25日、井上がWBC/WBO王者スティーブン・フルトンに勝利を収めると、ジュニアフェザー級で「最も評価すべき勝利」は畑中の手を離れてしまいますが、井上に上書きされるのですから畑中も納得でしょう。
注目の1戦まで、あと57日となりました。
コメント
コメント一覧 (1)
防衛できないクラスとかより挑戦もする機会もなかったのではないでしょうか?
暫定王座が頻繁にできるまでは.....
西岡(帝拳ブースター付き)がその呪い?
を解いてくれました。
畑中はバンタム級で試合していましたが、韓国の世界ランカーと世界挑戦者決定戦で なんとかドロー
そしてなぜか
Jr.フェザー級の世界戦になりました。
関東ではテレビ放映なし
デシマの体格には驚きました。とにかくデカイ
畑中ほ両目を負傷してよく闘いました。
初防衛戦のサラゴサ戦は
会長のスライマンの影響もあるのでは?
とにかくメキシカンに勝てない?
ロサンゼルスで再戦だったのに残念です。
現在はなんか簡単に挑戦できて運がよけりゃ
王座に就き海外防衛戦も判定で勝てます。
よい現在?
フシ穴の眼
が
しました