ヘビー級で体重差を超えた戦いが展開されるのは、当然です。
「ヘビー」という階級名は備えているものの、プロボクシングにおけるヘビー級にはUnlimited、体重制限がありません。
極限すると、上限体重を設定しているヘビー級以外の16階級は階級制のスポーツですが、ヘビー級はそうではないのです。
その意味で、ヘビー級とその他16階級を同じスポーツで括るのは間違っていると言い切っても差し支えないかもしれません。
オリジナル8から細分化されたヘビー級を除く16の階級を俯瞰して、その存在が最も納得できるのはライトヘビー級(175ポンド)から25ポンドも離れた200ポンドを上限とするクルーザー級であることに異議を唱える人はいないでしょう。
では、大型化を続けるヘビー級がクルーザー級との乖離を広げている現状を考えると、ブリッジャー級(224ポンド)には、競技人口もレベルも低い軽量級(村田諒太)、「経済的に生活が保障されない(職業として成り立たない)バンタム級」(ポール・バトラー)よりも存在意義があるのでしょうか。
このままヘビー級の大型化が続くと、ブリッジャー級の上にスーパーブリッジャー級を作るのも、現状の軽量級細分化よりも納得できるように思えてきます。
もちろん、ヘビー級の大型化が続く限り、これをやりだすとキリがありません。ボクシング人気の凋落の一因は、王座の価値の暴落、階級の作り過ぎです。
新設階級を作るなら、既存階級を一つ削減する、それくらいの覚悟が必要ですが、世界的な統括団体が存在しないのがプロボクシングです。
このスポーツの未来よりも今日の認定料を稼ぐことしか頭にない認定団体が跋扈しているだけです。
階級制の上限体重を作るためにほぼ全てのボクサーは過酷な食事制限による減量に身を投じます。
井上尚弥のように頬はこけ、計量前には水分も絶って秤になることも普通で、リカバリーを経ても試合中に脚が攣るなど減量の影響に苦しむボクサーも少なくありません。
肉体的に大きなダメージを負うだけでなく、精神的にも「イライラしてしまう」と、アスリートにとって心身ともにマイナスなのがボクサーの減量です。
そこまで自分を弱体化させる目的は、より弱い相手と戦うためです。
適正階級を明らかに超えたウェルター級に挑んだパッキャオやフロイド・メイウェザー、マイキー・ガルシアのように、より強い相手、より大きな栄光、より高額のファイトマネーを求めて増量するボクサーもいないわけではありませんが、極めて異例です。
多くのボクサーは井上のように肉や骨を削るような減量をして、相対的に強い自分を作ってリングに上がっているのです。
より弱い相手を求めて自分も弱体化する、それが減量の本質です。
少し肯定的に表現すると、最強の追求の仕方です。
相対的な最強を求めるのが、16階級の減量です。
「MGMグランドガーデンアリーナでメインを張りたい」と米国の大舞台に恋焦がれ、軽量級の現実を思い知らされて、日本に引き返した井上も「米国で人気のある階級の華やかなリングで戦いたい」というのが本心でしょう。
井上でなくても「体の大きさを無視して、どの階級でもいいから世界チャンピオンにしてあげる」と神様から告げられてバンタム級やフライ級を選ぶボクサーは1人もいないでしょう。
マーガレット・グッドマンはネバダ州アスレティック・コミッションのリングドクターを務めていたときに「弱い相手を求めて自分も弱くなってはいけない。最高に強い自分を作ってリングに上がるべき」と、リング禍を防ぐためにも、過剰な減量に警鐘を鳴らしました。
ヘビー級=無差別級は1人残らず全てのボクサーが絶対的に強い自分を作ってリングに上がる階級です。

減量による心身のダメージがゼロですから「体が大きくないボクサーでも、ヘビー級ではパンチの強さと打たれ強さがクルーザー級とは全く違う」(イベンダー・ホリフィールド)。
「計量時に明らかに元気のないボクサーがいるクルーザー級の世界はヘビー級とは全く違う」(レオン・スピンクス)。
ヘビー級は「より弱い相手を求めて自分も弱体化したボクサーたちが戦う」のではなく「より強いボクサーと戦うために最強の肉体を作ったボクサーが戦う」のです。
グッドマンが理想とする「最強の自分を求める」ことで減量による体調不良で試合に臨むボクサーがなくなり、リング禍も減るかもしれませんが、理想は理想でしかありません。
より弱い相手を求めて自分も弱体化する、相対的な強さを追いかける減量は無くならないでしょう。
そして、観る側からしてもヘビー級が最強であることは誰にでもわかります。
では、ボクシングファンとしてもヘビー級やミドル級、ウェルター級など人気階級が面白く、軽量級は面白くない、という欧米の既成概念は正しいのでしょうか?
テクニシャンとされるタイソン・フューリーは本当に優れた技術の持ち主でしょうか?ワイルダーと体重同一時、PFP的な見方で仮想対決させたとして、体重とパワー、打たれ強さのアドバンテージが減退したフューリーは、やはりワイルダーの強打に耐えて勝利できるのでしょうか?
井岡一翔とフューリーはどちらが高度な技術を持つボクサーでしょうか?
あり得ない仮定ですが、井上がクルーザーの200ポンドで全く同じ動きが出来るなら、ヘビー級でも最強ではないでしょうか?
フューリーがあの動きのままバンタム級に縮小されると、ポール・バトラーにすら翻弄されてしまうのではないでしょうか?
まだまだまだまだ続きます。
「ヘビー」という階級名は備えているものの、プロボクシングにおけるヘビー級にはUnlimited、体重制限がありません。
極限すると、上限体重を設定しているヘビー級以外の16階級は階級制のスポーツですが、ヘビー級はそうではないのです。
その意味で、ヘビー級とその他16階級を同じスポーツで括るのは間違っていると言い切っても差し支えないかもしれません。
オリジナル8から細分化されたヘビー級を除く16の階級を俯瞰して、その存在が最も納得できるのはライトヘビー級(175ポンド)から25ポンドも離れた200ポンドを上限とするクルーザー級であることに異議を唱える人はいないでしょう。
では、大型化を続けるヘビー級がクルーザー級との乖離を広げている現状を考えると、ブリッジャー級(224ポンド)には、競技人口もレベルも低い軽量級(村田諒太)、「経済的に生活が保障されない(職業として成り立たない)バンタム級」(ポール・バトラー)よりも存在意義があるのでしょうか。
このままヘビー級の大型化が続くと、ブリッジャー級の上にスーパーブリッジャー級を作るのも、現状の軽量級細分化よりも納得できるように思えてきます。
もちろん、ヘビー級の大型化が続く限り、これをやりだすとキリがありません。ボクシング人気の凋落の一因は、王座の価値の暴落、階級の作り過ぎです。
新設階級を作るなら、既存階級を一つ削減する、それくらいの覚悟が必要ですが、世界的な統括団体が存在しないのがプロボクシングです。
このスポーツの未来よりも今日の認定料を稼ぐことしか頭にない認定団体が跋扈しているだけです。
階級制の上限体重を作るためにほぼ全てのボクサーは過酷な食事制限による減量に身を投じます。
井上尚弥のように頬はこけ、計量前には水分も絶って秤になることも普通で、リカバリーを経ても試合中に脚が攣るなど減量の影響に苦しむボクサーも少なくありません。
肉体的に大きなダメージを負うだけでなく、精神的にも「イライラしてしまう」と、アスリートにとって心身ともにマイナスなのがボクサーの減量です。
そこまで自分を弱体化させる目的は、より弱い相手と戦うためです。
適正階級を明らかに超えたウェルター級に挑んだパッキャオやフロイド・メイウェザー、マイキー・ガルシアのように、より強い相手、より大きな栄光、より高額のファイトマネーを求めて増量するボクサーもいないわけではありませんが、極めて異例です。
多くのボクサーは井上のように肉や骨を削るような減量をして、相対的に強い自分を作ってリングに上がっているのです。
より弱い相手を求めて自分も弱体化する、それが減量の本質です。
少し肯定的に表現すると、最強の追求の仕方です。
相対的な最強を求めるのが、16階級の減量です。
「MGMグランドガーデンアリーナでメインを張りたい」と米国の大舞台に恋焦がれ、軽量級の現実を思い知らされて、日本に引き返した井上も「米国で人気のある階級の華やかなリングで戦いたい」というのが本心でしょう。
井上でなくても「体の大きさを無視して、どの階級でもいいから世界チャンピオンにしてあげる」と神様から告げられてバンタム級やフライ級を選ぶボクサーは1人もいないでしょう。
マーガレット・グッドマンはネバダ州アスレティック・コミッションのリングドクターを務めていたときに「弱い相手を求めて自分も弱くなってはいけない。最高に強い自分を作ってリングに上がるべき」と、リング禍を防ぐためにも、過剰な減量に警鐘を鳴らしました。
ヘビー級=無差別級は1人残らず全てのボクサーが絶対的に強い自分を作ってリングに上がる階級です。

減量による心身のダメージがゼロですから「体が大きくないボクサーでも、ヘビー級ではパンチの強さと打たれ強さがクルーザー級とは全く違う」(イベンダー・ホリフィールド)。
「計量時に明らかに元気のないボクサーがいるクルーザー級の世界はヘビー級とは全く違う」(レオン・スピンクス)。
ヘビー級は「より弱い相手を求めて自分も弱体化したボクサーたちが戦う」のではなく「より強いボクサーと戦うために最強の肉体を作ったボクサーが戦う」のです。
グッドマンが理想とする「最強の自分を求める」ことで減量による体調不良で試合に臨むボクサーがなくなり、リング禍も減るかもしれませんが、理想は理想でしかありません。
より弱い相手を求めて自分も弱体化する、相対的な強さを追いかける減量は無くならないでしょう。
そして、観る側からしてもヘビー級が最強であることは誰にでもわかります。
では、ボクシングファンとしてもヘビー級やミドル級、ウェルター級など人気階級が面白く、軽量級は面白くない、という欧米の既成概念は正しいのでしょうか?
テクニシャンとされるタイソン・フューリーは本当に優れた技術の持ち主でしょうか?ワイルダーと体重同一時、PFP的な見方で仮想対決させたとして、体重とパワー、打たれ強さのアドバンテージが減退したフューリーは、やはりワイルダーの強打に耐えて勝利できるのでしょうか?
井岡一翔とフューリーはどちらが高度な技術を持つボクサーでしょうか?
あり得ない仮定ですが、井上がクルーザーの200ポンドで全く同じ動きが出来るなら、ヘビー級でも最強ではないでしょうか?
フューリーがあの動きのままバンタム級に縮小されると、ポール・バトラーにすら翻弄されてしまうのではないでしょうか?
まだまだまだまだ続きます。
コメント
コメント一覧 (2)
120kgであの動きが出来るフューリーが小さくなれば、それはもうとんでもないスピードになるのでは?
完全な机上の空論ですが、身も蓋もないことを言えばPFPとはそういうものですし……
フシ穴の眼
が
しました