お昼休み、カツ丼到着待ちの合間に「言葉遊び話」の再開です。

姑息や杞憂、割愛、役不足、穿った見方…など、本来の意味から離れた言葉は多数存在します。

このブログでは多数派の世論(よろん)を優先して書いていますが…。

前回とは角度を変えて、本来の意味とは違う意味で使われることが長年、浸透した言葉たちのお話です。

まずは「姑息」です。

姑息(こそく)は「一時的な」「急場しのぎの」「仕方なく間に合わせる」というのが、本来の意味です。

しかし、現在では「卑怯」「ずるい」「せこい」という意味で広く使われています。




弱い相手を選ぶのか。

それとも、弱い相手しかいないのか。


これは大きな差です。


「姑息」を例文を使って説明すると…。


【間違った使い方】亀田は姑息な気がします。

これが、弱い世界王者への挑戦、弱い相手との決定戦、弱い相手との防衛戦ばかりを選ぶから「亀田は卑怯な気がします」という意図で使ったのなら、本来の意味とは離れてしまいます。

間違い。



【正しい使い方】井上は姑息な気がします。

軽量級は層が薄く、旬の強豪やビッグネームがまず存在しないため「井上は仕方なく一時的にパッとしない相手ばかりと戦っている」という意味で使っているのなら〝正解〟です。

これは正しい。




あくまで例文なので、実際に亀田が姑息だとか、井上が姑息だとか言ってるわけではありませんので、あしからず。