「階級を上げてつぶされたら意味がない」。

今の井上尚弥の階級に対する考え方は、この言葉に集約されている気がします。

モンスターがそう語ったのは、2019年3月。エロール・スペンスJr.のウェルター級タイトルにマイキー・ガルシアが挑戦したビッグファイトの感想を求められた時のことでした。

この試合、フェザー級王者からウェルター級までの5階級制覇を狙ったマイキーでしたが、判定まで粘ること以外は何も出来ずに敗れ去りました。

試合前は「フェザー級王者がウェルター級を制覇するとヘンリー・アームストロング、マニー・パッキャオ以来、史上2人目の快挙」と、軽量級から人気階級への偉大な冒険が注目されていましたが、完敗に終わると「偉大な冒険」は「無謀な挑戦」と冷ややかに見られ、PFP評価も暴落してしまいます。

このブログでどなたかにご指摘頂いたと思いますが「マイキーがスペンスに負けてPFPが下がるのはおかしくないか?」というのは、その通りですが、PFPはもともとおかしなもの、逆に言えばその発想自体がおかしいのですから、おかしくなければPFPではありません。

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ヘビー級では傑出した強さを見せていないオレクサンダー・ウシクがPFPで高い評価を得ているのは、クルーザー級で完全統一を果たし、頭抜けて難しい2階級制覇を果たした余韻からです。

PFPって余韻で決まるんかいッ!って言われたら、余韻でも好き嫌いでも、何を根拠に決めても全く差し支えのないのがこのランキングの醍醐味です。

脳内妄想ですから間違ったPFPはありません。もちろん正しいPFPもあるわけがないのです。


マイキーはフェザー級から5階級、21ポンドも上の人気階級ウェルター級で、当時最強と見られていたスペンスに挑みます。

増量した肉体は不自然に太く、マイキー特有のスピードとタイミングは完全に失われているように見えました。

スペンスの攻勢に為す術もなく、枯れ葉のように揺れるマイキーは、井上の目に「意味もなく階級を上げてつぶされた」と映ったのでしょう。

フェザー〜ウェルターを制覇するなんて、世界王者が溢れる4団体17階級時代でも至難の業です。

同じ5階級制覇でもストローからバンタムなら体重差13ポンドですが、フェザー〜ウェルターは21ポンド。

そればかりか、ストロー〜バンタムとは比べるべくもなく層が厚く、レベルも遥かに高い舞台で勝ち抜けなければならないのです。

不人気階級から、光り輝くクラスへの脱出。フェザー〜ウェルター5階級制覇の難易度は、計り知れません。

そう考えると、人気や難易度を完全度外視して全ての階級を平等に見るPFPが良い意味でも悪い意味でも、ぶっ飛びまくりのトンデモランキングだと言うことがわかるでしょう。

フットサルやビーチサッカーの選手も含めて、バロンドールを選ぶようなものです。

もちろん、そんな無茶苦茶さは嫌いじゃありませんが、それを権威があるとか、バロンドールなようなもの、というのはあまりにも暗愚すぎです。

そんなことを口走る人はFighter of the year、シュガー・レイ・ロビンソン賞の存在を知らないのでしょうが、脳みそ同様に知る順番が狂っています。



フェザー級どころかフライ級から、ジュニアミドル級まで駆け上がって、飛び級8階級制覇を成し遂げたパッキャオ。

投手と打者でMLBトップレベルの成績を2年連続で残している大谷翔平。

彼らの「絶対無理」「ありえない」というユニコーンな活躍は、失敗に終わっていたら「無謀な挑戦」と嘲笑われていたでしょう。

パッキャオがライト級王者になったとき、すでに築いていた米国のファンですら、〝それ以上〟など求めていませんでした。

ジュニアライト級が上限の日本やアジアの国々では、ライト級でも目が眩む高嶺の花、それなのにパッキャオはこのクラスを世界戦1試合だけで放擲して、英国で絶大な人気を誇るジュニアウエルター級王者リッキー・ハットンとのメガ・ファイトを選びます。

のちの一発殿堂マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスと歴史的な総当たり戦を展開していたパッキャオは、すでにアジアのボクサーの枠を超えた世界的なアイコンでした。

アジアのボクサーには手が届かない大舞台、ハットンとの大勝負となれば、オスカー・デラホーヤに並ぶ当時史上最多の6階級制覇。

それなのに、パッキャオはハットンに待機料を支払い、急に舞い込んだ試合を優先させようとします。

待機料は本当に強い指名挑戦者との対戦を避けるために王者が支払う〝一時逃避費〟というのが一般的ですが、このケースは全く逆、さらなる冒険の旅を優先させる〝お詫び料〟でした。

ハットンは「待機料は要らないからその試合の勝者と試合をさせてくれ」と頼み込みます。

その超弩級のメガファイトがデラホーヤ戦!

当時はリーマンショック直後で米国経済は冷え切っていましたが、PPVは125万セールスを記録、階級制を嘲笑うパッキャオにボクシング界は大きな衝撃を受けました。

試合前は「偉大な冒険」に打って出るパッキャオへの賛歌はほとんど聞こえず、「無謀な挑戦」という声だけが大きくがなり立てられていました。

マイキーのケースの真逆です。それほどまでに、絶対に無理」と決めつけられていたのです。

小さなフィリピン人が公開処刑される。

ミドル級王者にまでなったデラホーヤに、フライ級上がりのパッキャオが勝てるわけがない。

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日米でもメディアや専門家から「不可能」と決めつけられたばかりか、熱心なファンですら「早い段階でどちらかに絞った方がいい」と考えられていた大谷の二刀流。

「偉大な冒険」を通り越すと、ファンですら「無謀な冒険」に見えてしまいます。

ただ、いつの時代でも、誰もが冒険者を愛しています。

冒険者を「不可能」「前例がない」と否定する人々でも、心の底では愛しているのです。

当たり前です。

私たちは、冒険する能力を持っていないのですから。

いえ…それは能力の問題ではありません。

私たちの中にも、パッキャオや大谷よりも恵まれた才能を持っている人がいるでしょう。

しかし、彼ら以上の才能を持っていたとしても、私たちには冒険の旅に出る勇気がないのです。

私たちは彼らの才能よりも、その勇気がとにかく羨ましくてたまらないのです。

その勇気に、私たちは無条件で降伏するしかないのです。