日本シリーズ第3戦。

9回表、1-0の最少スコアでリードしたバッファローズはワゲスパックをマウンドへ送り込みます。

先頭の丸山和郁にレフト戦への二塁打を浴びて無死2塁。またもや嫌な空気が充満しましたが、後続をきっちりと打ち取りました。

自ら招いた無死2塁でしたが、そのあとの火消しはお見事。




1979年の日本シリーズ、あの「江夏の21球」を思い出しました。

9回裏、カープから見て4-3、わずか1点差のリード。このイニングに無死満塁から無失点に抑える21球を辿ったのが山際淳司の「江夏の21球」です。

そうです。江夏は味方投手が打たれて無死満塁となった絶体絶命のピンチにマウンドに上がり、バッファローズの攻撃を三者凡退に打ち取り、カープを日本一に導いたわけではないのです。

言い方は悪いかもしれませんが、マッチポンプ、一人芝居でした。

このシーズンの江夏は9勝5敗22セーブ、防御率2.66でセーブ王に輝いています。今の野球ファンが最初に受ける印象は「勝ちと負けが多い」「クローザーとしては防御率が悪い」ということでしょうか。

ただ、当時は今よりも小さな球場に、圧縮バットと飛ぶボールによって打高投低が決定的だった時代です。

そして何よりも、リリーフエース(今では死語かもしれません)は回またぎが当たり前、この日の江夏も7回から登板し、「21球」とは「3イニング目の9回に投げた球数」です。


〝代表作〟が大舞台だったとはいえ、マッチポンプの一人芝居を演じた江夏は優れたクローザーだったのでしょうか?

「日本最高のクローザー」の多数決を取ると、おそらく1位に選ばれるのは江夏ではなく、佐々木主浩でしょう。

ただ、私は江夏だと確信しています。

江夏しかいません。

滅多になかったとはいえ、打ち込まれて呆然とマウンドに立ちすくむ佐々木の弱々しい姿は、江夏には全く無縁です。

1979年のあの日の大阪球場で、最終回無死満塁の大ピンチを自ら招いても、他人事のようなふてぶてしい態度を貫きました。

そして、古葉監督が北別府学をブルペンに走らせると、江夏はあろうことか激高したのです。

〝盗人猛々しい〟と言っても良いかもしれません。

「同点にされて延長戦を考えると、江夏は4イニング目。次の投手を考えた」という古葉の判断が常識、当たり前です。

「俺が打たれたら負ける。俺が最後のピッチャー、次の投手なんてない」という、江夏の矜持は無茶苦茶に理不尽です。

あの大ピンチで「チームに大きな迷惑をかけてしまう」「ファンを失望させてしまう」という恐怖と重圧ではなく、「俺以外に最後のピッチャーがおるんか!」という自分勝手な怒りを噴出させる江夏はどんな大ピンチでも平然とボールを投げ込むことができる、頭のネジが何本も抜け落ちている弩級の変態です。


自分でピンチを招いても、厚かましくも知らん顔で押さえるのが本物のクローザーです。

チームが終盤に大ピンチを迎えていても、回またぎはタブーというのが当たり前、9回アタマから綺麗なマウンドに上がるだけのクローザーなんて偽物です。

もっと分かりやすくいうと、現代のクローザーは「火消し」ではありません。火なんて付いてないのですから。


マッチポンプは自分で火を付けておきながら自分で消す、究極のマッチポンプです。

マッチポンプの一人芝居は、江夏でなければ出来ません。

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メジャー挑戦のとき「世間は冷たかった」と野茂に語りかける江夏です↑。

実際には、多くの人が注目して熱く応援していました。

冷たかったのは、プロ野球界やオーナー企業です。まあ、それが〝世間〟というのかもしれませんが、私はそうは思いません。

スポーツの世界における世間とは、プロ野球が大好きで、挑戦するアスリートをこよなく愛するスポーツファンが代表です。

慣習を破る勇気あふれるファイターから栄光のパスポートを奪おうとするような輩など、世間ではありません。

絶体絶命の重圧に潰されるどころか、味方の監督に怒り狂う江夏豊。

日本の経済界を敵に回して太平洋を渡った野茂英雄。

狂気の沙汰です。





それにしても、ワゲスパックを始めバッファローズの投手はファイターでした。

自分で無死2塁のピンチを招いたワゲスパックが、怒りをボールに込めてスワローズの攻撃をねじ伏せた、あの姿こそクローザーのあるべき姿です。

明日、バッファローズが勝てば2勝2敗1分のタイで、セパの覇者が東京に帰ってきます。まだまだ、わかりません。