先日、お仕事で大学の方々とお話ししたときに、これから100%厳しくなる一方の経営について出た言葉があります。
早慶のトップ私大は言うに及ばず、旧帝大でも状況は同じです。
今までと同じこと、今までの延長上で物事を考えていては、先は見えています。
「前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件」。
1913年、東北大に女性3人が合格・入学を許されました。
そのとき、文部省(当時)が総長の沢柳政太郎に対して史上初めて女性を大学に受け入れたことへの不快感を示し、説明を求めた際の言葉です。
そこには「どうして女を大学に入れるのか?」「前例がないことをするな!」という憤りをはっきり読み取ることができます。
「前例之無き事にて」。
日本では「前例之無き事」に対して、まず最初にアレルギー反応が起きてしまいます。
他の国に住んだことがなく、米国に数ヶ月出張した経験があるだけの私が「他の国では…」なんて偉そうに言えませんが、短い滞在でも米国には「前例之無き事」に対してアレルギーどころか歓迎する気質が確かに感じられました。
もちろんそれは「失敗したら責任を取る」というのが大前提です。
スポーツの世界で「前例之無き事」に挑戦する場合は、完全に自己責任、失敗したら当たり前に責任を取ることになります。
大谷翔平の二刀流に対しては、米国でも「絶対不可能」という見方が大勢を占めましたが、そんな否定論の中にでも「やれるもんならやってみろ。やったら凄いけどな」という関心・興味も秘められていました。
だからこそ、成功の暁には大きな賞賛が用意されているのです。
ところが、日本では「前例之無き事」は「禁忌」、タブーのように扱われることが珍しくありません。
「やれるもんならやってみろ」ではなく「やってはいけない」のです。
日本でも米国同様に成功すると大絶賛しますが、否定的な意見を持っていたことは完全に忘れたふりをします。
かつて、アスレティックスのバリー・ジトー投手が日本のメディアから「イチローは首位打者を獲れるか?」と聞かれたとき「あり得ない。そんなすごい打者ならどうして今までメジャーにいなかったんだ?もし獲ったら裸になって逆立ちしてグラウンド一周してやる」と、まるで日本人のような表現をしましたが、春から夏になってもイチローがバットマンレースの先頭を走り続けると「私の間違い。私が世界を知らなかった」と、しっかり謝罪しました。
野茂英雄がMLBに挑戦したとき「絶対に通用しない。泣いて帰ってきてもどこの球団も取ってはいけない」と断言した広岡達郎は、一言でも謝罪したでしょうか?
大谷翔平の二刀流を「不可能だ」と決めつけた専門家たちは、偉大なユニコーンに頭を下げたでしょうか?
「この国でサッカーが本当の人気を獲得したことは一度もない」。
川淵三郎らが日本にプロサッカーリーグを創設しようとしたときに直面した最大の障害物も「前例之無き事」でした。
「前例之無き事」だから、そんなの絶対無理に決まってる。
この言葉を個人として最も浴び続けたのが、大谷翔平でしょう。
しかも、MLBのルーキーイヤーで鮮烈な二刀流の成績を残し、新人王を獲得した成功のあとですら「両方やると規定投球回数にも規定打席にも届かず中途半端に終わる」と「前例之無き事」は大手を振って闊歩しました。
「前例之無き事」という障害物を破壊するには、蒙昧な脳みそを破壊するような活躍が必要です。
そうしようとせずに「このまま防衛を重ねると天文学的数字になる」「ESPNの視聴者数が上半期のボクシングで2位」と責任者が大嘘を吐いたりすると、そんなもん、もはや詐欺です。
「前例之無き事」をひっくり返し、それを現実にしたなら、大絶賛されるべきことですが、彼らが口にしたのは馬鹿な信者を騙そうとした大嘘でした。
米国での不人気階級をさも人気があるように見せかける…最も恥ずかしい唾棄すべき大嘘です。
何度騙されても怒らない信者が、一番暗愚で蒙昧なのかもしれませんが。
「村田諒太が五輪金メダルを目指す」と語ったとき、「日本人には絶対無理」という声が噴き出ました。
五輪前年の世界選手権で銀メダルを獲得するまで、「前例之無き事」の外野の声は止みませんでした。
前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件。
ボクシングのリングで、村田諒太の次に「前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件」を見ることができるのは、いつになるのでしょうか?
早慶のトップ私大は言うに及ばず、旧帝大でも状況は同じです。
今までと同じこと、今までの延長上で物事を考えていては、先は見えています。
「前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件」。
1913年、東北大に女性3人が合格・入学を許されました。
そのとき、文部省(当時)が総長の沢柳政太郎に対して史上初めて女性を大学に受け入れたことへの不快感を示し、説明を求めた際の言葉です。
そこには「どうして女を大学に入れるのか?」「前例がないことをするな!」という憤りをはっきり読み取ることができます。
「前例之無き事にて」。
日本では「前例之無き事」に対して、まず最初にアレルギー反応が起きてしまいます。
他の国に住んだことがなく、米国に数ヶ月出張した経験があるだけの私が「他の国では…」なんて偉そうに言えませんが、短い滞在でも米国には「前例之無き事」に対してアレルギーどころか歓迎する気質が確かに感じられました。
もちろんそれは「失敗したら責任を取る」というのが大前提です。
スポーツの世界で「前例之無き事」に挑戦する場合は、完全に自己責任、失敗したら当たり前に責任を取ることになります。
大谷翔平の二刀流に対しては、米国でも「絶対不可能」という見方が大勢を占めましたが、そんな否定論の中にでも「やれるもんならやってみろ。やったら凄いけどな」という関心・興味も秘められていました。
だからこそ、成功の暁には大きな賞賛が用意されているのです。
ところが、日本では「前例之無き事」は「禁忌」、タブーのように扱われることが珍しくありません。
「やれるもんならやってみろ」ではなく「やってはいけない」のです。
日本でも米国同様に成功すると大絶賛しますが、否定的な意見を持っていたことは完全に忘れたふりをします。
かつて、アスレティックスのバリー・ジトー投手が日本のメディアから「イチローは首位打者を獲れるか?」と聞かれたとき「あり得ない。そんなすごい打者ならどうして今までメジャーにいなかったんだ?もし獲ったら裸になって逆立ちしてグラウンド一周してやる」と、まるで日本人のような表現をしましたが、春から夏になってもイチローがバットマンレースの先頭を走り続けると「私の間違い。私が世界を知らなかった」と、しっかり謝罪しました。
野茂英雄がMLBに挑戦したとき「絶対に通用しない。泣いて帰ってきてもどこの球団も取ってはいけない」と断言した広岡達郎は、一言でも謝罪したでしょうか?
大谷翔平の二刀流を「不可能だ」と決めつけた専門家たちは、偉大なユニコーンに頭を下げたでしょうか?
「この国でサッカーが本当の人気を獲得したことは一度もない」。
川淵三郎らが日本にプロサッカーリーグを創設しようとしたときに直面した最大の障害物も「前例之無き事」でした。
「前例之無き事」だから、そんなの絶対無理に決まってる。
この言葉を個人として最も浴び続けたのが、大谷翔平でしょう。
しかも、MLBのルーキーイヤーで鮮烈な二刀流の成績を残し、新人王を獲得した成功のあとですら「両方やると規定投球回数にも規定打席にも届かず中途半端に終わる」と「前例之無き事」は大手を振って闊歩しました。
「前例之無き事」という障害物を破壊するには、蒙昧な脳みそを破壊するような活躍が必要です。
そうしようとせずに「このまま防衛を重ねると天文学的数字になる」「ESPNの視聴者数が上半期のボクシングで2位」と責任者が大嘘を吐いたりすると、そんなもん、もはや詐欺です。
「前例之無き事」をひっくり返し、それを現実にしたなら、大絶賛されるべきことですが、彼らが口にしたのは馬鹿な信者を騙そうとした大嘘でした。
米国での不人気階級をさも人気があるように見せかける…最も恥ずかしい唾棄すべき大嘘です。
何度騙されても怒らない信者が、一番暗愚で蒙昧なのかもしれませんが。
「村田諒太が五輪金メダルを目指す」と語ったとき、「日本人には絶対無理」という声が噴き出ました。
五輪前年の世界選手権で銀メダルを獲得するまで、「前例之無き事」の外野の声は止みませんでした。
前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件。
ボクシングのリングで、村田諒太の次に「前例之(これ)無き事にて頗る(すこぶる)重大なる事件」を見ることができるのは、いつになるのでしょうか?


コメント
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フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
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