体操選手やフィギュアスケートなど一部のスポーツを例外に、アスリートは大型化します。

209㎝のジャイアント馬場・190㎝のアントニオ猪木と、191㎝のオカダカズチカ・181㎝の棚橋弘至。プロレスで大型化が全く進んでいないのは、スポーツ的意味での真剣勝負ではないからです。

もし、プロレスがショーではなくスポーツなら大型化は不可避で、日本人が付け入る隙など1ミリもない怪物競技になっていたでしょう。そして、MMAヘビー級に吸収される面白くないスポーツに成り下がっているはずです。

野球で見るても王貞治(177㎝)と、松井秀喜や村上宗隆(ともに188㎝)は見た目で一回り以上違います。

ベーブ・ルース(188㎝)とアーロン・ジャッジ(200.7㎝)も別規格です。

NPBにおいては選手の大型化だけではなく、球場の大型化も過去のレジェンドとの比較に邪念が入る原因になっています。

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モハメド・アリは(身長191㎝/リーチ198㎝)、タイトル奪取時(1964年:vsソニー・リストン)で210.5ポンド、1974年のジョージ・フォアマン戦で216.5ポンドで、マイク・タイソン(178㎝/180㎝)は1986年のトレバー・バービッグ戦で221.5ポンド、1990年のマイケル・スピンクス戦で218ポンド。

タイソンは短躯でしたが、世界戦までの雑魚狩りロードはもちろん、世界戦でも対戦相手よりも重量であるケースが多く、タイソン信者が誤解しているような軽いヘビー級ではありませんでした。

「アリよりも小さくフレージャーよりも重い」。それがタイソンの正体です。

そして、現代のタイソン・フューリー(206㎝/216㎝)は270ポンドでリングに上がっています。

アリやタイソンとはもはや別の階級です。

ボクシングにおいて「瞬間最大風速で史上最も恐れられたソニー・リストンとタイソンはどちらが強いか?」は興味深いテーマですが、タイソンとフューリーになると50ポンドの体重差と絶望的な体格差が、議論の前に横たわってしまいます。

タイソンが勝った〝巨人〟の代表例は196㎝のトニー・タッカーでしたが、身長差は18㎝あった一方、体重は221ポンドで全く同じでした。

あの試合は全く同じ「階級」で、そのテーマはタッカーがタイソンを突き放せるか、タイソンが懐に入れるかという、リーチ差のある戦いで共通のものでした。

亀田和毅(171㎝/170㎝)はジェイミー・マクドネルと(176㎝/182㎝)接戦を演じましたが、あの試合を体格で不利な和毅が大健闘したと解釈するのは間違いです。突き放せないマクドネルと、中に入れない和毅という、決定力のない二人のダルゲームと見るのが正解。

体重差が大きな勝敗要素になるボクシングにおいて、同一階級での体格差はスタイルの問題に過ぎません。

それゆえ「タイソンvsフューリー」の妄想対決には、妄想を邪魔する様々な障害物が転がっています。

一方で、黎明期にはリミットが揺れ動いていたとはいえ、1915年頃には118ポンドという企画がフィックスされたバンタム級で、井上尚弥とエデル・ジョフレやファイティング原田との妄想対決はより具体的にイメージしやすいものです。

ちなみにジョフレは163㎝/168㎝、原田は160㎝/163㎝、井上は165㎝/171㎝。井上が無理やり減量で頑張ってる感はありますが、同じような体格です。

ボクシングにおける大型化はヘビー級特有のものですが、日本やメキシコなど貧困から発展の道をたどった国々は平均的な成人の体格も目覚ましく向上してきました。

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メキシコで「最強クラスであるヘビー級王者誕生」は悲願でした。

一般的な成長に合わせて、メキシコはルーベン・オリバレス(166㎝/170㎝)らからカネロ・アルバレス(173㎝/179㎝)、ヒルベルト・ラミレス(189㎝/191㎝)、アンディ・ルイス(188㎝/188㎝)と、17階級フルライン化を完成させています。

しかし、現在の日本最重量王者は井上のバンタム級という極度の栄養失調状態から全く抜け出せないまま。軽量級が世界的に人気階級なら少しは慰めになりますが、そうではありません。

不人気階級で栄養失調のまま停滞…。この国のボクシングはどこへ行こうとしているのでしょうか?