ボクシングでのメジャーへの挑戦。
何をもってメジャーというのか?
例えば野球部やサッカーなら日本よりも報酬も注目度も明らかに上の舞台があります。
ところが、ボクシングの場合は複雑です。
圧倒的に強い、無敗の日本王者が2人いたとします。
1人はバンタム級、1人はウェルター級。日本で人気が出て報酬も高いのは前者ですが、世界的にはどっちも無名です。
しかし、この2人が順調に世界王者になると立場は逆転します。
世界バンタム級王者の需要が最も大きいのは日本、米国や英国では見向きもされません。
しかし、ウェルター級のタイトルホルダーになると、ラスベガスやニューヨークでのメガファイトの可能性が膨らみます。
ボクシングの世界で大谷翔平になろうとするなら、その道しかありません。

村田諒太が明後日のさいたまスーパーアリーナでやってのける大偉業は、トドのつまりはミドル級で五輪金メダリストなったという一点に尽きます。
誤解を恐れずにいうと、村田が手にしたのは、金メダルだけでなく、プロでのVIPパスポートでした。
これは、村田だけに特別なパスポートではなく、カシアス・クレイやジョージ・フォアマン、シュガー・レイ・レナード、オスカー・デラホーヤら、富裕国の金メダリストには等しく配られたものです。
そして、大小はあれ彼らは「過保護だ」とも批判されることもありました。
確かに。温室の中に敷かれたレールが用意される、そういうと聞こえは良くありませんが、そもそも彼らは、プロで世界王者になるよりも遥かに難しい難関をクリアして来たのです。
当たり前ですが、五輪で金メダルなんて普通では獲れません。井岡一翔も井上尚弥もそれに恋焦がれましたが、出場すら許されませんでした。
もちろん、フロイド・メイウェザーのように、銅メダルの憂鬱をプロでの反骨にしたグレートもいます。
また、金メダルは獲ったものの、温室の中で躓いたり、せっかく敷設してもらった線路を脱線するボクサーも珍しくありません。
そして、私たちが最もカッコいいと思うのは〝甲子園のヒーローからトップへ〟というレナードのようなキャリアでしょう。
そして、最も尊敬されるのは咬ませ犬まがいのマッチメイクをことごとく勝ち抜き、人気階級まで制圧したパッキャオのような生き様です。
もちろん、パッキャオのような驚天動地のキャリアを踏破したファイターはボクシング150年の歴史でも例を見ません。
ただ、その道しかなかったファイターは日本にも存在しました。
金色のパスポートとは全く縁のない彼らは、咬ませ犬のように敵地のリングに引っ張り上げられ、奴らの思い通りに惨めなやられ役を演じるのが常です。
最初のお話は、1992年4月10日。メキシコシティーの闘牛場。
そして、19年後の2011年4月9日。ネバダ州ラスベガスはMGMグランドガーデンアリーナ。
2人は、パッキャオが走り抜けた獣道に、足を一歩踏み入れた勇気ある戦士でした。
平仲明信と石田順裕。
彼らが目指したのも村田諒太と同じ世界の頂上。
彼らが村田と違うのは、北壁から頂上にアタックしたということでした。
何をもってメジャーというのか?
例えば野球部やサッカーなら日本よりも報酬も注目度も明らかに上の舞台があります。
ところが、ボクシングの場合は複雑です。
圧倒的に強い、無敗の日本王者が2人いたとします。
1人はバンタム級、1人はウェルター級。日本で人気が出て報酬も高いのは前者ですが、世界的にはどっちも無名です。
しかし、この2人が順調に世界王者になると立場は逆転します。
世界バンタム級王者の需要が最も大きいのは日本、米国や英国では見向きもされません。
しかし、ウェルター級のタイトルホルダーになると、ラスベガスやニューヨークでのメガファイトの可能性が膨らみます。
ボクシングの世界で大谷翔平になろうとするなら、その道しかありません。

村田諒太が明後日のさいたまスーパーアリーナでやってのける大偉業は、トドのつまりはミドル級で五輪金メダリストなったという一点に尽きます。
誤解を恐れずにいうと、村田が手にしたのは、金メダルだけでなく、プロでのVIPパスポートでした。
これは、村田だけに特別なパスポートではなく、カシアス・クレイやジョージ・フォアマン、シュガー・レイ・レナード、オスカー・デラホーヤら、富裕国の金メダリストには等しく配られたものです。
そして、大小はあれ彼らは「過保護だ」とも批判されることもありました。
確かに。温室の中に敷かれたレールが用意される、そういうと聞こえは良くありませんが、そもそも彼らは、プロで世界王者になるよりも遥かに難しい難関をクリアして来たのです。
当たり前ですが、五輪で金メダルなんて普通では獲れません。井岡一翔も井上尚弥もそれに恋焦がれましたが、出場すら許されませんでした。
もちろん、フロイド・メイウェザーのように、銅メダルの憂鬱をプロでの反骨にしたグレートもいます。
また、金メダルは獲ったものの、温室の中で躓いたり、せっかく敷設してもらった線路を脱線するボクサーも珍しくありません。
そして、私たちが最もカッコいいと思うのは〝甲子園のヒーローからトップへ〟というレナードのようなキャリアでしょう。
そして、最も尊敬されるのは咬ませ犬まがいのマッチメイクをことごとく勝ち抜き、人気階級まで制圧したパッキャオのような生き様です。
もちろん、パッキャオのような驚天動地のキャリアを踏破したファイターはボクシング150年の歴史でも例を見ません。
ただ、その道しかなかったファイターは日本にも存在しました。
金色のパスポートとは全く縁のない彼らは、咬ませ犬のように敵地のリングに引っ張り上げられ、奴らの思い通りに惨めなやられ役を演じるのが常です。
最初のお話は、1992年4月10日。メキシコシティーの闘牛場。
そして、19年後の2011年4月9日。ネバダ州ラスベガスはMGMグランドガーデンアリーナ。
2人は、パッキャオが走り抜けた獣道に、足を一歩踏み入れた勇気ある戦士でした。
平仲明信と石田順裕。
彼らが目指したのも村田諒太と同じ世界の頂上。
彼らが村田と違うのは、北壁から頂上にアタックしたということでした。
コメント
コメント一覧 (2)
フシ穴の眼
が
しました
ほんとかっこいい
https://twitter.com/TIME/status/1512023327304527877?t=cEvJRO-VG33OoZEoZUvgGQ&s=19
フシ穴の眼
が
しました