スターというのはみんなの期待に応える存在。
でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。(長嶋茂雄)
この50年、日本のボクシング界をリードした世界王者11人を【みんなの期待に応えたか?】【その期待を超えたか?】の2点から独断と偏見で評価してゆきます。
でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。(長嶋茂雄)
この50年、日本のボクシング界をリードした世界王者11人を【みんなの期待に応えたか?】【その期待を超えたか?】の2点から独断と偏見で評価してゆきます。
④井岡弘樹
新設のストロー級で世界王者の最年少記録を更新した「ボーイ」は、物語に富んだボクサーでした。
1986年、水増し階級の典型、108ポンド=ジュニアフライ級の下に更に軽い105ポンド=ストロー級が新設されます。
承認団体の金儲け主義が透けて丸見えの意味のない新設階級に対する世間の風当たりは、冷たいものでした。
「欧米主導で作られた最軽量フライ級でも重いアジアや中南米のボクサーを救済する、と作られたジュニアフライ級の下にまた軽いクラスを作る?今度はボクサーではなく、承認団体の収益を救済するつもりだ」。
しかし、ジュニアフライ級の具志堅用高がそうだったように、ストロー級にも鮮烈なスターが登場します。
1986年、17歳で日本史上初のストロー級選手としてデビューすると、翌年にはミニフライ級と呼ばれていた日本タイトルと、ストロー級と呼ばれたWBC世界タイトルを獲得。
18歳9ヵ月と10日で世界王者は、今なお破られない最年少記録です。
10代のボーイが薫陶を受けていたのは、70を超えた伝説のトレーナー、エディ・タウンゼント。
少年と老人の快進撃は、冷たい北風をや止ませるのに十分な瑞々しさでした。
【みんなの期待に応えたか?】
少年と老人の船出は、暖かく迎えられました。
そして、あらゆる少年と老人の物語がそうであるように、ボーイとエディは最後にお別れしなければなりません。
たとえハッピーエンドが義務付けられたハリウッド映画だとしても、「少年と老人」のエンディングは寂寥の別れになるのが必定です。
エディの最期が近いのは、ファンの間でも知られていました。
そんなタイミングで、少年は初防衛戦に最強の挑戦者を迎えます。
当時はマイナー団体のIBF王座を返上した李敬淵との事実上の団体統一戦。
少年は病床に伏す伯楽に「エディさん、絶対勝つから」と誓います。
そして、エディは「厳しい試合になる。セコンドに着く」と医師の制止を振り払い、担架で会場に入ります。
しかし、老人は試合直前に危篤状態となり再び病院へ。
試合前の少年に、そのことは伝えられていません。
老人は少年の大勝負の結果を知らないまま…。そして少年は老人の死に目に立ち会えない…。
井岡のセコンドにエディがいない。
それが、何を意味しているのか、ファンは分かっていました。
それが、何を意味しているのか、ファンは分かっていました。
悲しずぎる結末の予感に、観客から悲鳴のような声援が飛びます。
「井岡ーッ。絶対勝てよ!」。
試合は、エディが予想した通りの一進一退の激闘。
最終12ラウンド、激しい打ち合いを井岡が制して劇的なTKO勝利を収めます。
11ラウンドまでの採点は105-104/104-105/105-105の三者三様のドロー。
井岡が勝利者インタビューのマイクを遮り「エディさんは!?」と恩師を探す姿に、会場は複雑な空気に包まれます。
エディ・タウンゼントは大丈夫なのか?愛弟子の劇的な勝利を知っているのか?
…病院のベッドの上で、危篤状態から、どうしたわけか、その瞬間だけ意識を取り戻したエディは、家族からボーイの勝利を聞くと、ニコリと笑ってVサインまでして見せました。
そして、そのあと静かに息を引き取りました。
何という素晴らしい生涯だったことでしょうか。
少年と老人は、ファンが思い描いた、期待通りの美しいドラマを紡いだのです。
【その期待を超えたか?】
少年と老人の物語は、必ず別れによって終わります。
しかし、少年は1人になったあとも旅を続けなければなりません。
恩師と別れ、瑞々しさを失い、大人になった少年に待ち構えているのは厳しい現実です。
世界最高のトレーナーに、もし、一片の悔いがあるとしたら、ボーイが負けたときに一緒にいてあげることが出来なかったことでしょう。
「勝った選手はもういいの。本人も嬉しい、周りもチヤホヤ。でも負けた選手は、一人ぼっち。だから私は必ず負けた選手のそばにいる」。
名伯楽はその「ハートのラブ」の真骨頂を、最後の愛弟子に添えてあげることが出来ませんでした。
別れの瞬間まで、井岡弘樹はプロ10戦全勝7KO。老人の前で、少年は一度も負けることがなかったのです。
そして、残酷な大人の季節が訪れました。
2度目の防衛戦は、無名のタイ人、ナパ・キャットワンチャイ。
楽勝ムードの試合は劣勢のまま最終回へ。ナパの猛攻に井岡はダウン寸前に陥ります。
あのまま、ノックアウトされるか、レフェリーに止められていたならば、〝敗北〟は大人の階段を登る途中の苦い蹉跌で終わりました。
しかし…。その背景に何があったのかはわかりませんが、試合終了のゴングが30秒も早く鳴らされてしまうのです。
そして試合はドロー。
疑惑のコングです。
誰もが尊敬する伯楽から別れた少年が大人になって初めて躓いたとき、ファンは容赦ない非難を浴びせました。
疑惑の判定やゴングに対する怒りや罵詈雑言は、ジャッジとタイムキーパーに突き刺すべきですが、このときもその矛先は何も関与していない井岡に向けられてしまいます。
再戦でも、第3戦目でもサウスポーのナパに惨敗した元少年に日本中のボクシングファンは幻滅します。
「少年と老人」の物語にパート2が無いことには、理由があります。
そこでは、少年が大人になってしまうからです。
少年と老人の無償の愛と友情とは対極の、大人の醜さが垂れ流しになるからです。
グチグチ文句を吐くボクシングファンを黙らせる、贖罪の方法は、たった一つしかありません。
誰もが認める超強豪王者からタイトルを奪うことです。
つまり、圧倒的不利予想のリングに上がり、オッズと下馬評を破壊することです。
もっとわかりやすくいうと、それが本当の大人になるということなのかもしれません。
WBA世界ジュニアフライ級王者・柳明佑。挑戦者をソナギ(夕立ち)と恐れられる乱打に巻き込み、17連続防衛中の、世界屈指の強豪王者です。
後に、ファイティング原田、カオサイ・ギャラクシー、張正九に並ぶアジア人としてモダン選手部門で殿堂入り。
27歳の柳は36戦全勝14KO。一方の井岡は22歳、18勝9KO2敗。
柳は日本人相手にも徳島尚と大鵬健文、小見山勝巳をいずれもKOして防衛。
井岡も4人目の犠牲者になるだけだと、誰もが覚悟していました。
しかし…。
試合は速くて長いジャブで井岡が柳の突進を堰き止める展開。
スプリットデジションでしたが、12ラウンド終了時の、井岡のジャブで腫れ上がった柳の顔面を見れば勝者は明らかでした。
快挙の2階級制覇。
今では、3階級制覇ですら2010年の亀田興毅から2018年の田中恒成まで短期間で6人が達成する、階級制覇のバーゲンセール時代です。
しかし、当時はファイティング原田、柴田国明に続く史上3人目の2階級制覇、間違いなく快挙でした。
「少年と老人の物語」は、老人が天国に昇って終幕です。
そのはずでしたが…。
見事に「パート2」の「大人の物語」を見せてくれた井岡弘樹は間違いなく「期待を超えた」のです。



コメント
コメント一覧 (3)
当時の王座の価値がわかります。
WBCはウンベルト ゴンサレス。
WBAは柳で両者とも、攻略しにくい 王者でした。
フシ穴の眼
が
しました
井岡選手は、酔漢に絡まれた(そして殴られた?)ときに反撃せず、
ボクサーの矜持を教えてくれた名優でもありました。
フシ穴の眼
が
しました