「優れたプロレスラーはホウキを相手にしてもプロレスが出来る」。
 

これは、NWAヘビー級王者リック・フレアーが語った、世界中の誰もが知ってるマキシム、有名な格言です。

しかし、この言葉が最も相応しいのはフレアーよりも、アントニオ猪木です。

全盛期の猪木がホウキとプロレスしたら…。

ただのホウキが、途轍もなく強くて巧いプロレスラーにしか見えなかったでしょう。

IMG_6611
アンドレ・ザ・ジャイアントの巨大さを、ここまでデフォルメ出来るプロレスラーは、アントニオ猪木を他に、人類史上誰も、絶対にいません。




11月27日にNHK BSプレミアムで放送された『燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~』。

ご覧になった方も多いのではないでしょうか。 
 


プロレスラーは「何が本当で、何が嘘なのか?」「どこまで本気で、どこまでが遊びなのか? 」と、観る者を混乱させるのが仕事です。

それは、もっと凝縮させた言葉にすると「もしかしたら本当に強いのではないか?」と、幻惑させるプロフェッショナル、それこそがプロレスラーです。

ボクシングの世界には「もしかしたら本当は強いのではないか?」なんて幻惑はありません。ボクシングは「勝ったやつが強い」という究極リアリズムです。

プロレスは、美しい調べを奏でる物語です。

そこでは〝テオフィモ・ロペス〟が無名の選手に負けるなんて、脚本にない美しくないことは起こりえないのです。

IMG_6615

私は大昔から、浮世離れした歌舞伎者に魅せられっぱなしです。

ボクシングの世界はそんな怪人どもの大鉱脈です。だから、大好きなのです。

そして、良い意味でも、悪い意味でも、際立つキャラクターを持つボクサーたちはどこまでも本気です。


しかし…。

プロレスラーは違います。

何が本当で、何が嘘なのか?どこまで本気で、どこまでが遊びなのか?

誰にもわかりません。

現実に、真実として、アントニオ猪木は力道山よりも、ジャイアント馬場よりも、はるかに〝純度〟の高いプロレスラーでした。



現役の世界ヘビー級王者を日本に引っ張り込んだこともありました。

しかも、あろうことか、モハメド・アリです。

モハメド・アリと比べると〝小粒〟にもほどがあるアンソニー・ジョシュアやタイソン・フューリーですら、今日本に呼べるプロレスラーなどいるわけがありません。

しかし、今や、もはや…プロレスは、ボクシングやMMAなど〝スポーツ〟とはかけ離れてしまいました。

混沌に持ち込むのがプロレスなのに、境界線を曖昧にするのがプロレスなのに、定義を壊すのがプロレスなのに…。

自ら「ショウ」だとカミングアウトして、境界線を引いてしまった今の日米のプロレスは、真のプロレスではありません。

「本当か嘘か?スポーツかショウか?⇄スポーツは本当で、ショウは嘘か?」。そこから離れてしまったプロレスは、アントニオ猪木とはまた別の世界です。



話は逸れますが「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」のリングサイド最高値は22万円、史上最高と言われていますが、あれは嘘です。

「猪木vsアリ」のリングサイドは30万円でした。

1976年6月26日のことでしたから、もう45年前です。45年前の30万円、今なら一体いくらになるんでしょうか。
IMG_6612

運命に吹き消されそうな生命のともしび。それでも生きるための戦いをやめようとしない人の言葉は、いつなんどきでも、胸に響きます。

それが、プロレスラーであったら、余計に心を揺さぶられてしまいます。

そして、それがアントニオ猪木なら、なおさらです。

「何が本当で、何が嘘なのか?どこまで本気で、どこまでが遊びなのか? 」を、トランプのようにシャッフルしてきたアントニオ猪木が、本当に、本気で病気と闘っているのですから。


アントニオ猪木は浮世離れした稀代の歌舞伎者であること。私にとってそれは、新宿伊勢丹前、公衆の目の前でタイガー・ジェット・シンに襲わせたニュースを聞いた小学生時代に、とっくにわかっていました。

それでも、物語の目次にはない、たった一つのリアルな闘いが猪木にはありました。

…いいえ、あったと信じていました。つまり、そこでもだまされていたのです。

猪木とジャイアント馬場との関係は、氷のように硬直して冷え切っていたと、誰もが思っていました。



経済的に行き詰まった猪木が、馬場に金を借りに行ったというエピソードは、衝撃的でした。

「二人は兄弟のような関係だった」という証言には、驚きを超えて、もはや感動しました。

私(たち)は、だまされていたのです。

彼らのギミックとケーフェイの策略に、完全にからめとられていたのです。

この世に、プロレスラーにだまされることほど、清々しいことはありません。

これこそが真実です。

繰り返します。

この世に、プロレスラーにだまされることほど、清々しいことはありません。



ドキュメンタリーの中で病と闘う猪木はやつれ果て、その目には生気が宿っていないように見えたかもしれません。

もし「お別れのときが近いのかもしれない」と感じた人がいたなら、その人は幸せです。アントニオ猪木のギミックとケーフェイに、まんまと酔い痴れているのですから。

羨ましいです。


しかし、私たちがテレビ越しに見ているのは、アントニオ猪木です。


猪木を冒している病は「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」だそうです…名前からして、強そうです。

「いつなんどきでも誰の挑戦でも受ける」。アントニオ猪木は有言実行の人です。

その「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」に、一方的に攻め込まれている猪木は今、絶対絶命の大ピンチに陥っています。


いやぁ、本当に懐かしい…大ピンチの猪木。これまで、大昔の金曜日の夜に何度もなんども見た風景です。


そして、当たり前ですが、実は私はこのあとどうなるかも知っています。


「風車の理論」の風車がクルリと回るのです。


何しろ、今まで全部が全部、どの試合もそうだったのですから。

今度も間違いなく、そうなるしかありません。プロレスは美しい物語です。


それにしても、猪木はアルチュール・ランボーかと思わせるような、天才的な詩人の顔も持っています。


独り想いにふけっていると 

緞帳が動く気配を感じた

静かに目を閉じると 観客席が埋まっている

どれもみな懐かしい顔ばかり 

そっちの世界はどうですか!と叫んでみたが返事はない

ただみな静かにみているだけだ




まあ、「吟遊詩人と、全国をサーキットしながら闘うプロレスラーの違いは何か?」と問われたら、アインシュタインでも答えに詰まるでしょう。


しっかし、それにしても、病床から語る猪木の言葉、冗談のなんと、詩的で艶やかなことか!


では、世界史上最も短い詩を、ご唱和しましょう。



1、2、3、ダーーーッ!!!!!