日本人が勝利した殿堂入りボクサーはファイティング原田のエデル・ジョフレ、柴田国明のビサンテ・サルディバル、井岡弘樹の柳明佑、平仲明信のエドウィン・ロサリオの4人だけです。

モダン部門で殿堂入りした日本人が原田1人だけ、という事実を踏まえると、4人も倒しているのは大健闘と言えるかもしれません。

この4人の中で順序を付けると、ジョフレの一番、サルディバルの二番は確定。柳とロサリオはどちらが上か、微妙です。

ジョフレは、とにかく傑出しています。

オリジナル8の時代に、世界バンタム級王座を8連続KO防衛。

リング誌がモハメド・アリを抑えて1960年代最高選手に選んだのが、ジョフレです。

当時、PFPランキングがあれば何年間も1位に君臨していたことでしょう。そして、そのジョフレに2連勝した原田がPFP1位になっていたであろうことも間違いありません。

さて、リング誌電子版から、ライアン・サンガリア記者のレポートです。

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EDER JOFRE HAS HIS HAND RAISED AT HIS INDUCTION CEREMONY INTO THE WEST COAST BOXING HALL OF FAME. PHOTO BY NATE WREN

EDER JOFRE’S LEGACY CONTINUES TO BE RECOGNIZED, 61 YEARS AFTER HE FIRST BECAME CHAMPION 〜世界チャンピオンになってから61年、ジョフレの伝説は今なお語り継がれる。

ジョフレは、サンパウロの自宅で悠々自適の生活を送っている。そして、彼をブラジルの国民的英雄にしてくれたボクシングとの関わりは、今も続いている。


85歳になった「黄金のバンタム」は、筆者とのオンラインインタビューでなめらかにパンチを繰り出してくれた。

バンタム級とフェザー級を2階級制覇、72勝50KO2敗4引き分けという黄金のキャリアを築いた時代と同じように力強いコンビネーションだった。

1992年に事実上の一発殿堂を果たしているジョフレは10月17日、ロサンゼルスのロウズ・ハリウッドホテルで行われた西海岸ボクシング殿堂の式典にも参加しました。

ジョフレは、マイケル・ナンやオスカー・デ・ラ・ホーヤ、ガブリエル&ラファエルのルエラス兄弟、そしてリング誌編集長のダグ・フィッシャーらと共に西海岸の殿堂にその名を刻みました。

これまでに多くの功績を残してきたブラジルのレジェンドにとっても、今回の受賞は特別なものでした。

「長い間、引退していたが、こうして評価され、認められることはいつでも嬉しく、とても名誉なこと」とジョフレは喜びを語りました。

ジョフレは、ブラジル代表としてメルボルン五輪に出場した翌年、1957年にプロ転向。

1960年にはエロイ・サンチェスを6ラウンドで倒して獲得した世界バンタム級王座は、ファイティング原田にスプリットデシジョンで敗れる1965年まで8連続KO防衛を果たしていました。

再戦でもファイティング原田に敗れ、引退。しかし、3年ものブランクを経てに再びリングに戻って来ます。1973年には、ホセ・レグラを破り、WBCフェザー級タイトルを獲得、2階級制覇に成功します。

そして1976年、2度目の引退。 

黄金のバンタムは「ブラジルで初の世界チャンピオンになったことが最大の誇り」と話してくれました。

ブラジルのジョフレですが、6つの国に遠征した戦う世界チャンピオンでした。20歳でベジタリアンになったジョフレは、アウエーの環境も最大限に利用するタフなメンタルを持っていました。

1963年にフィリピンのケソン市にあるアラネタ・コロシアムで行われたジョニー・ジャミートとの防衛戦。

ジョフレは熱帯の暑さに「倒れそうになった。暑さのために練習するのも大変だった」と回想し「リミットを200gも上回っていて難しい減量になると覚悟していたが、15分も太陽の下を走ると簡単にリミットまで落ちたんだ」と笑いました。

ジョフレは、後に "スリラー・イン・マニラ "の舞台として世界的に有名になるアラネタ・コロシアムで、ジャミートを11ラウンドで仕留めます。 

ロサンゼルスでは、シュガー・レイ・レナードとシャドーボクシングを披露。60年代と80年代を代表する伝説のPFPキングの贅沢すぎる出会いがありました。

今回、ジョフレに同行したのは、新しい伝記「Eder Jofre, Brazil's First Boxing World Champion」の著者クリストファー・J・スミス。

15ラウンド制の時代で無敵を誇ったジョフレは、現在のボクサーは優れたトレーニング方法やサプリメントに恵まれていると言いますが、自分が80代になっても体力を維持できているのは、今も節制しタバコや酒を飲まず、健康的な食事をし、穏やかな精神状態で日常生活を送っているからだと言います。

「いつの時代でも、規律を重んじて節制と練習に励むこと。それが強さと健康の秘訣だ」。

「私は常にブラジルのために全力を尽くしてきた。スポーツが若者にとって大きな目標を達成するための優れた手段であることを示すことができたと思う」と黄金のバンタムは胸を張ります。

ブラジルでボクシングは人気スポーツではありませんが、米国や日本がその強さを絶賛したジョフレの業績は、母国でも大きな尊敬を集め続けています。