①史上唯一無二の8階級制覇を達成

フライ級からジュニアミドル級までの10階級の振幅で史上最多の8階級制覇を達成。

Lineal Titleも史上唯一の5階級制覇、リング誌3階級制覇は史上最多タイ。

21世紀になって、複数階級制覇への挑戦が加速した最大の原因は、世界王座が大量生産され、階級の壁が一気に低くなったことです。

しかし、多くのファイターやプロモーターがマニー・パッキャオの快進撃に触発されたことも無視することはできません。

現状、17階級での8階級制覇は、最も振幅が大きいジュニアウェルター級〜ヘビー級で53ポンド(ヘビー級をクルーザー級リミットの200として=現実には53ポンドなどでは済みません)もの体重差が横たわっています。

最も体重幅が小さいストロー級〜ジュニアライト級ですら、25ポンドもあるのです。

常識的に考えて、パッキャオの記録が更新されることはありえないでしょう。

「体重同一時」という妄想を根拠としたPFPを、まともな思考回路でランキングすると、その妄想を現実のものとして戦ったパッキャオこそが歴代最高ボクサーです。

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これからのパッキャオを待ち構えているのは、二つの拳だけで証明できた分かりやすい世界ではありません。

〝BALLOT〟(投票)で勝敗が決まる世界です。来年の大統領選挙と、3年後の一発殿堂。後者は100%確実ですが…。
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  ②アジアを呪縛していた自虐の鎖を断ち切ってくれた。

私が米国ボクシングの魅力にメロメロにされたのは80年代、高校時代のことでした。

学校図書館に届けられるスポーツイラストレイテッド誌やリング誌が伝える、華やかな世界にズルズルと惹き込まれました。

日本人がシーザースパレスのメガファイトのリングに立ったなら、どんなに素晴らしい気分になれるだろうか…しかし、そんな淡い期待は、極めて短い時間で木っ端微塵に粉砕されてしまいます。

米国でメガファイトとはウェルター級以上の、日本では重量級にあたるクラスでしかありえませんでした。

フライ級やバンタム級など軽量級のメガファイトなど、歴史上ただの一度も開催されたことがないのです。

軽量級は、米国では決定的に人気のがない。

その、事実に簡単に行き着いてしまったのです。

日本人が主戦場にする軽量級を思い起こすと、発展途上国の貧困なボクサーが、たとえ王者であっても完全アウェーの日本で戦うことが常で、強い者が雌雄を決するラスベガスのメガファイトとは対極の、弱い者いじめのような世界戦も珍しくありませんでした。

自由な国、アメリカ。とはいえ、そこでスターになれるのは、米国か、米国に馴染みの深い国の人気のある実力者だけです。

ラスベガスなど西海岸限定なら、米国をメキシコに置き換えても良いかもしれません。

軽量級で戦うアジア人が米国ボクシングシーンを席捲するなど、常識ではあり得ない絵空事です。

アメリカで軽量級史上初の100万ドルファイターとなったマイケル・カルバハルとウンベルト・ゴンザレスは、五輪銀メダリストと、激闘型のメキシカン。

軽量級という十字架を除くと、スターの条件を兼ね備えていましたが、この二人の直接対決でようやく100万ドルというのが現実。

米国における軽量級がいかに軽んじられているかを、まざまざと見せつけられてしまいました。

アジア人と同じ米国にとっての異邦人、ムスリムのナジーム・ハメドがフェザー級で安定的に100万ドルファイターとなったのは、寵愛を受けていたイエメン王朝やアラブ諸国から総額5000万ドル以上の放映権料がHBOに払われたからでした。

そのハメドにしても色物扱い、PPVが用意されたのは本物の人気と実力を兼ね備えたマルコ・アントニオ・バレラとの一戦だけにとどまります。

そんな、軽量級と異邦人に冷徹な差別感情が渦巻く米国リングでスターになるには、圧倒的不利のBサイドから正面突破で名と実のあるスター選手を喰うしか方法はありません。

そして、よしんば、スター選手を一人喰ったとしても、そもそも異邦人がスターになれるわけもありません。

そんな離れ技を、何度も繰り返さなければならないのです。

そんなの…不可能です。

まず、軽量級にもかかわらず、ビッグネームの実力者なんていません。しかも、それが一人でなく複数だなんて…。

さらに、そんなビッグネームの実力者を立て続けに撃破するなんてことが、そもそも不可能です。

立て続けに撃破する複数のビッグネームが存在して、なおかつ彼らから対戦オファーが届く…奇跡の巡り合わせです。

それだけでも奇跡なのに、超弩級の強豪である彼らをことごとく撃破する実力まで持ち合わせてる、なんて…。

そんな、幸運と奇跡と実力を満願成就させたのがパッキャオでした。

「アジア人でも出来る!」。

マルコ・アントニオ・バレラをストップしたニュースを伝えたボクシングマガジンが「見たか!アジアの灼熱の拳を!」とヘッドラインしたように、ボクシングファンはその快挙を日本人がやってのけたかのように歓喜しました。

バレラは再戦条項を握っていましたし、エリック・モラレスやファン・マヌエル・マルケスがパッキャオとの対戦に興味を示したとき、私は暗澹たる気持ちになりましたが、何はともあれ、あのバレラを圧倒してTKOしたのです。
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  ③アジア人でも出来る…ではなくパッキャオだから出来る、空前絶後の領域へ。

アジア人でも軽量級でも、米国リングを震撼させることが出来る。

人気と実力評価がズバ抜けて高いメキシカンを片っ端から殴り倒せば、スターになれる。

パッキャオは、日本のボクシングファンを鼓舞してくれましたが、そんな幸運と奇跡と実力が高い次元で結晶することなんて、特に富裕国の日本ではあり得ません。

日本人目線でもリッチで人気もあるファイターなんて軽量級にはめったやたらにいるわけがないのです。

もちろん、軽量級の枠を外せばシュガー・レイ・レナードや、マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤらは具志堅用高や辰吉丈一郎、亀田興毅から見ても破格のスーパースターでしたが、そこはそもそも軽量級の世界ではありません。

パッキャオのサイズはせいぜいライト級、そこからでも12ポンドも重い一番人気のウェルター級で戦うなんて、狂気の沙汰としか考えられませんでした。

ここまで来ると、アジア人の問題ではなく、持って生まれた体格の問題です。アジア人だろうが、アメリカ人だろうが、メキシコ人だろうが関係ありません。

小さな体では無理なのです。

2008年12月8日。

その試合を迎えるまで、パッキャオは13年のキャリアで52試合を戦い、累計2500万ドル以上のファイトマネーを稼ぎ出していました。

日本のスター選手も霞む、とんでもないサクセスストーリーを疾走していたのです。

そして、この試合で彼が受け取ることになる金額は、13年52試合で蓄積した生涯報酬を上回るのです。

たった一晩、実働30分にも満たない時間で。

これは人種や民族の問題ではありません。体格の問題です。そのはずでした。

日本人でも村田諒太はミドル級で世界王者になれますが、井上尚弥や井岡一翔では無理です、ありえません。

…そのはずなんですが、パッキャオは簡単易々と、そして威風堂々と人気階級に足を踏み入れ、デラホーヤ戦から13年間、20試合を戦いました。

そして、その全てがメガファイトでした。

正確にいうと、デラホーヤ戦からパッキャオの試合はパッキャオが戦うがゆえに、全てメガファイトになったのです。

人気階級で長らくトップ戦線で活躍しても、異邦人にとって、スターダムの頂点に登り詰めるのは容易なことではありません。

ウラジミール・クリチコやゲンナディ・ゴロフキンを見れば、その壁がいかに高いかを、思い至るでしょう。

Dr.スティールハンマーとTripleGのファンは、こう反駁するかもしれません。「ライバルに恵まれたかどうか、その差だ」と。

しかし、おそらく、それは間違いです。

その差は、パッキャオの試合からは、常に挑戦の匂いが立ち込めていたからではないでしょうか。

その拳から勇気がほとばしるのが、確かに見えたからではないでしょうか。

ゴロフキンは人気階級とはいえ、挑戦から離れて、160ポンドの殻に閉じこもっていました。

ウラジミールは手痛いKO負けのトラウマがあるにせよ、そのスタイルにおいて、けして挑戦することがありませんでした。

それでも、こう反論する人もいるかもしれません。

「それは錯覚。前半の13年間の残像が、平凡な後半13年間を輝がせているだけだ」。

確かに、後半の13年間の星勘定は20戦15勝5敗でKOはわずか4と、少なくとも数字上はスペクタクルなファイターとは呼べません。

そして、フロイド・メイウェザー戦以外の19試合は全てパッキャオ有利と見られていたという事実からは、挑戦や勇気の匂いを嗅ぎつけるのは難しいかもしれません。

それでも、フライ級を起点として身長166㎝のアジア人が欧米の人気階級で大きな相手を向こうに回し、42歳になるまで、13年間も激闘を繰り広げたのです。

そのリングに感じた挑戦や勇気の煌めきが、キャリア前半13年間の蜃気楼であるはずがありません。