バンタム級最後のLineal Champion、ベルナルド・ピニャンゴは決定していた六車卓也との防衛戦を反故にしてタイトルを返上、ここに正統王者の系譜が断絶してしまいました。
六車は1987年3月、空位のWBAタイトルをアサエル・モランと争い快勝、ファイティング原田以来、史上二人目の世界バンタム級王者の座に就きましたが、初防衛戦で失敗。
六車をヘッドバットで倒した朴讃栄も、やはり初防衛戦でウィルフレド・バスケスの強打に屈して陥落。
そのバスケスは2度目の防衛戦でカオコー・ギャラクシーとの激闘に競り負けます。
カオコーの初防衛戦を失敗に終わらせたのは文成吉でしたが、直接再戦で敗北。
1989年10月、カオコーの第二次政権もまた初防衛戦で、ルイシト・エスピノサに阻まれてしまいます。
六車からルイシトまでわずか2年7ヵ月。この間に6人、延べ7人の短命王者かWBAベルトを慌ただしくリレーしました。
初防衛に成功したのはバスケスだけ、といってもそのバスケスも2度目の防衛に失敗。この間のWBA王者の平均寿命は2.7ヵ月、なんと3ヵ月にも満たない短いスパンで王者が交代した計算です。
一方で、カウンターパートのWBCには評価の高いコロンビア人が君臨していました。
ミゲール〝ハッピー〟ロラです。
1985年8月にダニエル・サラゴサを攻略して王座に就くと、ウィルフレド・バスケスとの初防衛戦は「バスケスの強打を過小評価していた」というダウン応酬の激戦をなんとかモノにしてクリア。
そして、2度目の防衛戦にはバンタム級屈指の強豪エンリケ・サンチェスを迎えます。
「マイク・マッカラムvsジュリアン・ジャクソン」の前座にセットされたこの試合は、コロンビアから移り住んだマイアミ、ロラの第二の故郷で迎える大勝負でした。
戦前予想は25歳の王者がやや有利と見られていました通り、第4ラウンドにダウンシーンを演出したのはコロンビア人の正確無比な右。
この一撃で深刻なダメージを負った28歳のドミニカ人をロラは慎重に料理にかかります。

六車は1987年3月、空位のWBAタイトルをアサエル・モランと争い快勝、ファイティング原田以来、史上二人目の世界バンタム級王者の座に就きましたが、初防衛戦で失敗。
六車をヘッドバットで倒した朴讃栄も、やはり初防衛戦でウィルフレド・バスケスの強打に屈して陥落。
そのバスケスは2度目の防衛戦でカオコー・ギャラクシーとの激闘に競り負けます。
カオコーの初防衛戦を失敗に終わらせたのは文成吉でしたが、直接再戦で敗北。
1989年10月、カオコーの第二次政権もまた初防衛戦で、ルイシト・エスピノサに阻まれてしまいます。
六車からルイシトまでわずか2年7ヵ月。この間に6人、延べ7人の短命王者かWBAベルトを慌ただしくリレーしました。
初防衛に成功したのはバスケスだけ、といってもそのバスケスも2度目の防衛に失敗。この間のWBA王者の平均寿命は2.7ヵ月、なんと3ヵ月にも満たない短いスパンで王者が交代した計算です。
一方で、カウンターパートのWBCには評価の高いコロンビア人が君臨していました。
ミゲール〝ハッピー〟ロラです。
1985年8月にダニエル・サラゴサを攻略して王座に就くと、ウィルフレド・バスケスとの初防衛戦は「バスケスの強打を過小評価していた」というダウン応酬の激戦をなんとかモノにしてクリア。
そして、2度目の防衛戦にはバンタム級屈指の強豪エンリケ・サンチェスを迎えます。
「マイク・マッカラムvsジュリアン・ジャクソン」の前座にセットされたこの試合は、コロンビアから移り住んだマイアミ、ロラの第二の故郷で迎える大勝負でした。
戦前予想は25歳の王者がやや有利と見られていました通り、第4ラウンドにダウンシーンを演出したのはコロンビア人の正確無比な右。
この一撃で深刻なダメージを負った28歳のドミニカ人をロラは慎重に料理にかかります。

第6ラウンド、狙い澄ました右アッパーで顎を跳ね上げられたサンチェスはそのままマットに沈んでゲームセット。
その後も、ロラは防衛のテープを7にまで伸ばしました。
そして迎えた8度目の防衛戦の相手は、ラウル〝ヒバロ〟ペレス。
この試合はドン・キングがプロモートしたビッグファイト、ライト級王座統一戦「フリオ・セサール・チャベスvsホセ・ルイス・ラミレス」のセミファイナル。
今も昔も米国で関心が低い軽量級にとって、人気階級のスター選手が登場するイベントのセミこそが最高の舞台です。
ラスベガス・ヒルトンセンターには8000人を超える観客が詰めかけ、大きく有利と見られたロラは「ついにここまで来た」と大きな会場の大観衆に喜びました。
一方のペレスは21歳の若さで41勝28KO1敗1分、キャリアでは円熟27歳の王者の31戦全勝15KO無敗を上回ります。
ペレスはバンタム級の試金石的なパンチャー、ロラが苦戦したバスケスにきっちり勝利を収めるなど、身長180㎝のメキシカンを評価する声もありました。
そして、試合は終盤に挑戦者が支配、第11ラウンドには一方的に王者を打ちまくり、番狂わせを起こします。
ペレスは、その長身と攻防兼備のスタイルから「パナマ・アル・ブラウンの再来」「サルバドール・サンチェスの後を継ぐメキシカン」と最大級の期待を集めます。
そのペレスも防衛回数を7まで伸ばしますが、圧倒的有利と見られていたグレグ〝ザ・フレア〟リチャードソンの出入りの激しいボクシングに手を焼きまさかの判定負け。
このときの会場がカリフォルニア州イングルウッド、ザ・フォーラム。言わずと知れた「番狂わせの館」です。
ペレスの陥落で、WBCのバンタム級王座も液状化が進んでしまいます。
そしてすばしっこい〝ザ・フレア〟(ノミ)に挑んだのが辰吉丈一郎でした。
このときの辰吉は人気だけでなく、その評価も後の長谷川穂積や井上尚弥をも凌駕する、それどころかファイティング原田をも上回るほどの熱量で巻き起こっていました。
日本中のボクシングファンが美しくも儚い幻覚、蜃気楼に酔い痴れていたのです。
頑丈なだけで凡庸極まるビクトル・ラバナレスとの2戦で私たちは夢から覚めたと、思いました。
しかし、辰吉丈一郎というファイターの輪郭を、誰もが見誤っていました。
幻覚が消えても、私たちは、まだ夢から覚めてなどいなかったのですが、それはまた別の話。
私たちに夢の続きを見せてくれた辰吉から王座を奪ったウィラポン・ナコンルンプロモーションに至って、WBCの王座はようやく安定しますが、ハッピー・ロラもペレスもウィラポンにも殿堂の壁は高く、世界的にはせいぜいBプラスかB級王者の評価にとどまってしまいます…。


コメント
コメント一覧 (1)
初防衛も至難でした。
その中でミゲールハッピー ロラは、
安定していたある意味不動の王者だった
感じがしますが、
世界的に評価されない
なんか、残酷ですね。
防衛記録では、だめなんですね。
フシ穴の眼
が
しました