「こういうこと言うとちょっとあれなんですけど、厚底に変えたのが大きいかなと思います」。

先月28日に開催されたのびわこ毎日マラソンで2時間7分27秒を記録、自己ベストを8年ぶりに47秒更新した川内優輝の言葉です。

それまで薄底シューズにこだわってきた川内でしたが、周囲が厚底で続々と好記録をマークするのを見て、今回はスポンサーのアシックス製の厚底を履いて走ったのです。

先発のナイキと同様にアシックスの厚底もカーボンプレート(ブレード)をソールに内蔵しています。
IMG_1267
カーボンプレートがしなって反発するために必要なスペースを確保するには、厚底しかありません。それが厚底の正体です。厚底が優れているのではありません、しなって高反発を生み出すカーボンプレートが優れているのです。

分厚いソールが走りに有利に働くことはありません。ソールに仕込まれたプレートがしなって反発する推進力が、とんでもないアドバンテージをもたらすのです。


「薄底で過去の自分を超える、とか悠長なこと言ってられなくなった」。

川内の焦りが、あのシューズの威力を如実に物語っています。

最後の大会となったびわこ毎日は絶好の気象条件に恵まれ、有力選手も集まったことから好記録が期待されていました。

日本人初の4分台(2時間4分56秒)に斬り込んだ鈴木健吾の優勝は、1人の個体が才能を爆発させたと考えると、全く驚くべきことではありません。

しかし、日本勢4人が6分台、9人が7分台、サブ10に至っては40人と、一部の選手だけが好記録をマークしたのではありません。

世界的にも空前絶後のハイレベルな大会になったことには、驚くしかありません。

気象条件の他にも何かの理由があるはずだ、と思ってしまいます。 

そこまで劣悪な条件ではなかった前回大会の優勝はケニアのエバンス・チェベトで、7分台。サブ10の日本人は1人もいなかったという現実を顧みても、今回の〝空前絶後〟を気象条件や有力選手が絶好調で臨んだ、という〝たまたま〟で理由付けするのは無理がありすぎます。

川内の言葉を借りるまでもなく、もはや、履かなきゃ損、という次元の話になっているのです。

厚底が、内蔵されたプレートによって、従来のシューズでは全く期待出来ない強力な推進力を得ることにあることは明らかです。
バッド
本当の天才はスパイクなんて履かないのだ。これでいいのだ。

陸上競技ではスパイクはもちろん、タータントラックや、棒高跳びのグラスファイバー製やカーボンファイバー製ポールなど、さまざまな革命が記録を劇的に向上させてきました。

他のスポーツでも選手の肉体能力以外の問題で、記録が飛躍的に向上することは珍しいことではありません。

野球における金属バットや圧縮バット、飛ぶボールやラッキーゾーン(ホームランテラス)も従来の記録を大きく塗り替える革命でした。

英国SPEEDO社が開発した、魚のような流線型に人体を締め上げる水泳のレーザーレーサーも革命的なギアでした。

まあ禁止になったのもわかります。フンドシで泳げとは言いませんが、一般のスイマーが買えない、一人で着ることができない水着って、やっぱりおかしいです。

サッカーで精度の高いキックが増えているのは、単なる技術向上だけではありません。ボールがよりコントロールしやすいように、日進月歩の進化を続けていることも大きな理由です。
IMG_5273
ボールを包むパネル数が少なくなり、手縫いから熱融着で完全防水、コントロールしやすくなるとともに、雨や湿度などでボールの重さが変わることもなくなりました。

スポーツファンは、アスリートの肉体以外の側面から一気に進化が進むことに、どうしても抵抗を覚えがちです。

カーボンプレートという強力なバネを内蔵したシューズは行き過ぎ感を覚えるものの、タータントラックや、グラスファイバーの棒高跳びポール、スピードスケートのスラップスケートなどがもたらした大革命と大差ありません。

ゴルフのクラブやボールの進化に比べると可愛いもんです。 



しかし、もし。このカーボンプレートの反発を助力とする特殊なシューズをナイキではなく、アシックスやミズノが開発していたなら?

国際陸連は採用したでしょうか?

ブレードが着脱するスラップスケートはオランダのメーカーが開発しましたが、それが日本や韓国のメーカーだったとしたら?

果たして世界は「画期的な発明」と受け入れたでしょうか?


日本メーカーは「それが採用されるなら我々も研究・開発してたけど…」と、複雑な気持ちかもしれません。

日本メーカーが開発しても「ブレードが着脱するスケート靴なんて認可できるか!」「厚底に仕込んでるプレートってあからさまな助力ですね?却下します」というやり取りしか想像できないのは、ひねくれ者の被害妄想でしょうか…?


陸上競技などの記録はファンを惹きつけるわかりやすい魅力です。

原始人が走ったり投げたり跳んだり、泳いだりしているわけではありません。

時代とともに、ギアが注目され、アスリートがモーターレースのドライバーのような立場・色彩を濃くしてゆくとしたら、それは人類の進歩と同調することでもたらされる喜ぶべき発展です。

IMG_3338 (1)


しかし…。

「こういうこと言うとちょっとあれなんですけど」…個人的にはやっぱり厚底、納得できません。

後輩が「履こうかどうか迷ってる」と相談に来たら絶対に「試してみろ」と言いますが…。

自分が現役ではない、無責任なロマンを追いかけることが出来るからですが、全く歓迎できません、厚底。見た目も格好悪いし。


こんな近未来が、待ってるかもしれません。
 

「7枚プレート解禁で世界記録は1時間50分斬り、日本人も大挙して2時間を切る!国際陸連は来年を目処に10枚プレートを承認する見通し!」なんて時代が到来…。

スタートラインに並んだ選手の足元を見た解説陣が「厚底が最初に出てきた時はソールの厚さにビックリしたものですが、昔の厚底は今じゃペラペラの薄底ですよ!」「まー、7枚もプレート仕込んだらそりゃ高下駄みたいになりますよね〜」。
9
ローマのアッピア街道を裸足でひたひた走るアベベ・ビキラ。

タータントラックをスパイも履かずに疾走したゾーラ・バッド。

彼らに厚底を履かせたら、どれほど速かったでしょうか?

あるいは、厚底の高速ランナーが裸足でアッピアの石畳や、スパイクを脱いでタータントラックを走ることなんて出来るでしょうか?