Emmanuel Rodriguez vs Reymart Gaballo

Saturday 19, December 2020
Mohegan Sun Casino, Uncasville, Connecticut
Bantam Contest, 12 Rounds
interim World Boxing Council World Bantam Title 
referee:Arthur Mercante Jr
scorecard
113 John McKaie 115
118 David Sutherland 110
112 Don Trella 116


スポーツには貴賎があります。

そして、それはスポーツに限らず、あらゆることで、実は同じです。

この世界に本当の意味での公明正大など、どこにも存在しません。ボクシング界では、その不条理が大手を振って歩いているだけです。

(元?)ボクシング大国、プエルトリコで将来を嘱望されていた〝マニー〟。

リング誌の「プエルトリコのホープ10人〜プエルトリコのホープはフェリックス・ベルデホだけではない」で堂々のラインナップ。

鋭いリードと右の強打が持ち味で、ポール・バトラーを大差判定で下しIBFバンタム級王座に就いたときは、井上尚弥に立ち塞がる最強の敵と見られました。

初回に2度ダウンを与えながら、凡庸な英国人を仕留められなかったことも「馴化されやすいスタイル」「決定力・殺傷本能が欠けている」という批判よりも「早々にダウンを奪うと判定までも連れ込むことはよくある」「世界初挑戦で慎重に戦ったから」と好意的に受け止める声の方がよく聞かれました。

しかし、初防衛でジェイソン・モロニー 相手に見せた尻すぼみと弱気、井上尚弥との大一番でセコンドの声に首を振って曝け出した弱気、井上戦同様に〝完全格上〟のルイス・ネリとの一戦を体重超過を受け入れずに拒否した弱気…。

ことあるごとに、あからさまな弱気が顔を覗かせました。

そして、今回のレイマート・ガバリョ戦でもチャンスで仕留めに行けない弱気…。

ロドリゲスの評価は、モロニーとの初防衛戦から下落の一方を辿りました。

判定も勝利のオプションであるボクシングがまともなスポーツであるなら、ロドリゲスの戦い方は非難されるべきではありません。

ましてや、重大なルール違反を犯したネリとの対戦を受け入れるなど、ボクシングが まともなスポーツならあってはいけないことです。そもそも、試合を受け入れるかどうかをロドリゲス陣営に委ねること自体が狂っています。

ネバダ州アスレティック・コミッションが試合中止を命じて、ネリに罰金と相当期間のライセンス停止処分を科せばいいだけです。

そう…。ボクシングがまともなスポーツであるなら。現実は、ボクシングはまともなスポーツではありません。

ロブショットで相手の裏をかくテニスプレイヤーは「上手い!」と 賞賛されます。

試合終了までのロスタイムをボール回しで時間稼ぎしてきっり勝利するサッカーチームは敵からブーイングを浴びても、その戦術を批判されることはありません。

強打者やピンチを迎えてストライクの入らない投手はヤジられますが、名誉挽回のチャンスをモノにすれば帳消しです。チキンやクイッターの烙印を押されることはありません。

球技をはじめ、多くのプロスポーツの売り物は「技術」です。プロボクシングの売り場にも「技術」は並んでいますが、それは「勇気」とセットでなければ高くは売れません。



体重超過は階級制への冒涜という〝重罪〟です、本当なら。

しかし、統括団体や承認団体が試合中止を宣告することは珍しく、選手間で試合を実施するかどうかを決めます(米国の一部州などは例外)。

それが大一番なら、たとえ自分がAサイドでも相手に報酬差し出し等のペナルティを課して試合を行なうことがほとんどです。最近の例では「オスカル・バルデスvsスコット・クイッグ」のWBOフェザー級世界タイトルマッチなどは典型的な〝犯罪〟です。

かつて、キャッチウェイトは階級の離れた選手同士が戦う妥協点でしたが、今ではスター選手の相手公認のパワハラ、ある意味で公認の〝階級制への冒涜〟です。

それがまかり通っているのが、ボクシングです。 

さて、ロドリゲスです。

彼の行動は、スポーツマンとしては何ら間違っていません。

ネリについては、山中慎介のケースも試合を受けたことは間違いだとは言い切れません。あのときはネリが王者で、山中が挑戦者でした。もし、あれが初戦ならネリなんてメキシコに叩き返すべきでしたが。

ロドリゲスは「ルール違反を犯した相手と試合なんてできない」というスポーツマンシップを貫きました。

ただ、このスポーツ(と呼べるなら)にはAサイドとBサイドが存在します。誤解を恐れずに言うなら、スポーツマンシップを持ち出すような緩い世界じゃありません。

魑魅魍魎の魔界でノシ上がる気概が本気であるなら、スポーツマンシップなんて寝言を吐いてる場合じゃないのです。

「リングの上であれだけのチキンだからスポーツマンシップで試合を拒否したわけじゃない」という辛辣なファンのコメントは少し可哀想ですが。

さて、ガバリョ戦です。12ラウンド終了ゴングを聞いて、私もロドリゲス勝利を確信していました。

結果はロドリゲスから見て118−110/112-116/113-115。

rodriguez-gaballo-official-scorecards

見慣れているネバダ州アスレティック協会の採点基準(単なる突進は評価しないばかりかマイナス=ただしカネロは除く)ではありませんが、それにしてもガバリョが8ラウンド、7ラウンド取ったと見たジャッジ二人は「単なる突進」や「空振り」を評価したとしか思えません。

一方で、両者とも「強いのは俺の方だ!」と明白なラウンドアピールが出来きませんでした。そして、そのアピールのチャンスはロドリゲスに何度かありました。

WOWOWの解説陣から思わず口に出た「表情が…」というコメントも、意訳すると「負け顔」。言っちゃいけません、そういう顔なんですから。

この試合を迎える前、私はロドリゲスの「贖罪のチャンス」と書きました。しかし、ロドリゲスが大方の印象通りに判定勝ちを収めていたとしても、この内容では彼は贖罪したとは思いません。

どうして、ロドリゲスが人気がないのか、どうして格安の報酬しか用意されないのか、それがあらためてよくわかった試合でした。彼にはファンが求める「勇気」が欠落しているのです。

そして、この試合でもう一つはっきりわかったことは、ロドリゲスが贖罪を果たす日は永遠に巡ってこない 、ということです。