1980年代に世界のボクシングに衝撃を受け、高校の図書館でリング誌に出会い、FOUR KINGS が繰り広げたラウンド・ロビン=総当たり戦に耽溺した私にとって、米国のリングは途方もなく遠くに見えました。

人生初めてのボクシングヒーロー、具志堅用高が日本中を魅了していた軽量級のボクシングが「間違いなく面白い!」という気持ちが、揺らぎそうにもなるほどでした。

正直、軽量級のボクシングを面白いと思い込んでるのは間違いではないか?そんな風にも思ってしまいました。

そんなときに、軽量級のボクシングは「見た目のスピード」で中量級や重量級を上回り、過酷な減量が背景にある可能性もあるものの壮絶なKOシーンも期待出来る「ブラウン管を通して見るなら最も面白いクラス」というリング誌の記事を読んで、心強く感じたのを覚えています。
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「軽量級史上初の100万ドルファイト」と謳われたマイケル・カルバハルvsウンベルト・ゴンザレスにしても、時代の貨幣価値を考えるとファイティング原田はもちろん、具志堅用高と比べても「1回こっきりの100万ドル」でしかないカル&ゴンに対して「報酬がすごいな」とは微塵も思いませんでした。

「カルバハルなんかより、日本の具志堅や二郎の方が金持ちやん」と。 

それでも、FOUR KINGSの中でもシュガー・レイ・レナードや、マイク・タイソンの報酬は別格でしたし、その試合の演出は日本のリングでは見たこともない絢爛豪華さでした。

カル&ゴンでは、ニューヨークやラスベガスでの「恒常的な」軽量級100万ドルファイトにすら届きませんでした。

21世紀になると、貨幣価値が違うとはいえアブネル・マレスやレオ・サンタクルス、カール・フランプトンが100万ドルファイトを実現していますが、これらも対戦相手限定で、到底「恒常的」とはいえません。

プロモーター同士の確執から〝漁父の利〟的に100万ドルファイターになったノニト・ドネアは論外ですが、母国の圧倒的なサポートを受けてニューヨークやラスベガスで100万ドルファイターになったナジーム・ハメドや、西岡利晃の「彼らのやり方」について考えたてみたいと思います。

米国では全く無名のハメドにHBOが200万ドルという破格の宣伝費を投じてプロモーション番組を制作したり、ニューヨーク中で交通広告を展開したのは、ハメドのルーツであるイエメンを筆頭にサウジアラビアやUAEなどのアラブ諸国が総額5000万ドルの放映権を支払っていたからです。

規模は違いますが、西岡利晃の「MGMのボールルーム」でファイトマネー100万ドルを稼いだのも「ハメド方式」でした。

そして、HBOのボクシング番組で亀海喜寛ら人気階級を主に扱う「ワールドチャンピオンシップボクシング」に対してワンランク落ちる「ボクシングアフターダーク」の中でもさらに超低予算で組まれたザ・スーパー・フライ興行。

ここで、HBOは前座ながら井上に18万2500ドルもの報酬を与えました。これは亀海がコット戦で受け取った報酬とほとんど変わりません。

ワールドチャンピオンシップボクシングの予算から報酬が当てられた人気階級の亀海は「ガチ」でしたが、不人気階級の井上はボクシングアフターダークの予算に加えて、日本からの放映権料も還元されていました。

さらに、井上は最終的に日本で防衛戦をこなした場合と同じ4000万円レベルまで〝報酬補填〟されました。

井上のケースもまた「ハメド方式」です。

HBOがボクシングから撤退する断末魔で、世界タイトルを持っていないものの日本ではビッグネームの井岡一翔が同じボクシングアフターダークのザ・スーパーフライに出場したときの報酬は2万5000ドルに過ぎませんでした。

日本の〝井岡相場〟の10分の1です。

軽量級の日本人が丸腰で米国で戦うと、それほど悲惨なのです。もちろん、有力企業がスポンサーにつく井岡も最終的には数千万円を手にしていますから、やはり「ハメド方式」です。

アラブのオイルマネーや、潤沢なジャパンマネーが全く期待できないマニー・パッキャオのケースは、まさに「逆ハメド方式」。実力だけで図々しく道場破りを繰り返したと言えます。

確かに、誰がどう見ても「ハメド方式」は〝裏口入学〟的でこっぱずかしい印象があります。

誰が見ても格好いいのは番狂わせを重ねてノシ上がっていく「逆ハメド方式」すなわち「パッキャオ方式」です。

もちろん、オイルやジャパンの後ろ盾があるハメドや井上が、圧倒的不利のオッズと少ない報酬のもとで上の階級の強豪王者に危険すぎる戦いに挑む必要性などありません。

そんなことしたら、ただの馬鹿です。

なんの後ろ盾もないド貧民パッキャオがノシ上がるには、あれしかなかったのです。

パッキャオがアラブの金持ち国にルーツがあったり、日本人だったのなら、手厚い庇護を受けながら危険な賭けなど絶対にしなかったでしょう。

実際、頂点を極めたパッキャオは安全な相手としか戦わないばかりか、ハメドや井上でもやらなかった卑劣なキャッチウェイトまで相手に飲み込ませています。

イエメンやアラブ諸国に戦うリングがなかったハメドが英国から米国へ、オイルマネーの風に乗って戦うことは自然ではありました。

一方で、日本のリングの方が明らかに稼げる、トップランクも契約に日本開催の試合を盛り込むという井上のケースはどうでしょうか?

本気で米国でスターにしようと考えているなら、井上の年齢とキャリアを考えたら日本での凱旋試合など時間の浪費、大切な初年度の契約に入れ込む道理がありません。

もちろん、「ハメド方式」の恩恵はイチローや松井秀喜も浴しました。メジャーでなんの実績もない彼らは、開幕から数十試合を先発出場できる契約でした。

その見返りは莫大な放映権料とセーフコフィールドやヤンキースタジアムに出現した日本企業の大看板の数々です。

このハメド方式を嫌って「実力でメジャーに上がって活躍してやる」と威勢が良かったのが中村紀洋でしたが、彼は「マイナーでどんなに打っても評価してくれなかった」と言い訳と泣き言をもらして出戻ってきました。実際には守備はボロボロ、打撃も穴だらけで全く使い物にならなかったのですが。

もちろん、イチローや松井の舞台はメジャー、ボクシングでいえばウェルターやヘビーで、不人気バンタム級で戦う井上とは事情が違いすぎます。

ジェイソン・マロニーやノルディーヌ・ウバーリ、ジョンリール・カシメロ相手にビッグファイト…どう考えてもありえません。

ただ、当初の計画「裕福な母国から手厚い仕送りを受けてラスベガスで2試合戦い、 その赤字を年末の日本開催でペイしてお釣りがくる」というのは、トップランクとしては悪い商売ではありません。

しかし、タイミングが悪いことにこのパンデミックです。

10月31日の試合をこなしたあと、井上は誰と戦うのでしょうか?というよりも「どこ」で戦うのでしょうか?