Kayfabe=ケーフェイ。
その語源は諸説ありますがBe Fake=イカサマをやるをその文字列に隠した隠語というのが通説です。
NHK BSプレミアムで昨夜放送された アナザーストーリーズ「タイガーマスク伝説~愛と夢を届けるヒーローの真実~」。

これを見て触発されたお話です。

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プロレスが「真剣勝負のプロスポーツ」として、一般紙やテレビのニュースでも扱われてきた戦後まもなくの時代から幾星霜。

多くの人が「プロレスは八百長」「プロレスラーは本当は弱い」ということに気付いてしまっていた1980年代初め。

村松友視が「私、プロレスの味方ですー金曜夜八時の理論」を書いたのが、ちょうど1981年。それはタイガーマスクが現実のリングに出現した年でした。

当時、それでも、プロレスにはまだ「神話」の最後のひとかけらが残っていました。

「ほとんどが八百長でも真剣勝負もある」「打撃と寝技、格闘技のあらゆるエッセンスを詰め込んだプロレスは強い」。

ごく少数意見でも、そんな「神話」を信じる、村松友視とは異なる視線でプロレスを見つめるファンも存在しました。

そんな時代、プロレスラーを志し、その門をくぐった若者たちにも「神話」を信じていた人間が少なからず存在していたことは容易に想像出来ます。

プロボクシングで世界チャンピオンを目指すのと変わらない「強くなりたい」という純粋な思いを、彼らは胸に育んでいたはずです。

しかし、彼らが現実のリングで見たものは、ロープに振るときは必ず相手の左手を取るなど細かい不文律がひしめいた虚飾の世界、最初から勝敗が決まっている〝八百長〟でした。

それを世間が〝八百長〟と呼ぶのなら、プロレスは確かに〝八百長〟でした。

「神話」の崩壊、というよりも、そもそも「神話」など存在すらしなかったことを知った彼らは、程度の差こそあれ幻滅を覚えたでしょう。

そこにあると信じた「神話」が存在すらしない蜃気楼だったーー。

その虚しい感覚は「ラスベガスに存在しないメガファイト」を妄想する日本の軽量級ボクサーにも類似するかもしれません。

WOWOWの特番内でラスベガス進出が決まった井上尚弥を、京口紘人は「ラスベガスでメインなんて今まで日本人ができなかったこと」と讃えました。

現実にはWOWOWも加担して西岡利晃がラスベガスメインを果たしていることを、聞いていた高柳謙一アナが失念しているはずがないのですが、京口発言はそのままスルーされました。

〝西岡のMGMメイン〟はケーフェイと呼ぶにはあまりにもお粗末で浅はかなフェイクでした。

私も小さな頃に「金曜夜八時」にプロレスをよく見ましたが、ちょうど世界のボクシングの耽溺の沼に足を絡めとられ始めた時期で、プロレスへの興味は濃厚なものではありませんでした。

村松友視の名著はほぼリアルタイムで読み、非常に感銘を受けましたがそれはまた別の話になります。


「お盆に軽く考える」シリーズ…お盆はとっくに明けて、「朝の通勤」シリーズと化し、さらに続きます。