7月12日(金)、エディオンアリーナ大阪。

Revenge or Repeat. 雪辱か返り討ちか。審判の日が迫ってきました。

ボクシングの面白さは様々な角度から文化人類学的な検証と考察がなされてきたことです。

野球やサッカー、テニスなどのメジャー面した球遊びが数字に偏る単純な算数的アプローチで終わっているのに対して、ボクシングでは数字に対する尊敬は微塵もありません。パンチスタッツですらその登場時ですら「試合の実態を反映しない」なんて斬って捨てられてしまうのです。

ボクシング。なんという深遠なスポーツなのでしょうか。

「再戦」を巡る物語でも、その帰趨は数字ではなく文化人類学的な角度から検証されてきました。

モハメド・アリvsソニー・リストン、アリvsレオン・スピンクス、シュガー・レイ・レナードvsロベルト・デュラン、フリオ・セサール・チャベスvsメルドリック・テイラー、イベンダー・ホリフィールドvsマイク・タイソン…。

初戦から短い期間で行われる再戦の多くは、初戦で大番狂わせが起きています。

そこで描かれるドラマの底流には「初戦が実力だったのか?それともフロックだったのか?」というメインテーマが激しく渦巻いているのです。

WBAミドル級、セカンド王者ロブ・ブラントとの再戦に村田諒太が挑みます。

ラスベガスやニューヨークのメガファイトへの切符をつかめる可能性のある唯一の日本人、村田諒太の明日はどっちだ!?



その前に、まずは初戦をおさらいしなくてはなりません。

昨年10月20日の初戦は米国で行われましたが、実質的に村田のホーム。「村田の村田による村田のための」〝メガファイトへの前哨戦〟でした。

ブラントが村田以上に米国で無名で、何の期待もかけられていなかった上に舞台は村田がスポンサー契約を締結したMGMリゾーツが経営するラスベガスのパークMGMのシアター。

「ブラントは日本のスーパースターに差し出された生贄の羊」(ESPN)のはずでした。

2017年10月、凋落する米国ボクシングの中でさえ、その存在を無視されてきたブラントは注目を求めてWBSSスーパーミドル級トーナメントに参戦。しかし、結果は当時39歳のロートル、ユルゲン・ブレーマー相手に完敗。

米国ではテレビ局がつかずマニアでも関心の低かったWBSSでしたが、一回戦敗退で帰国したブラントを待っていたのは「ドイツまで恥をさらしに行った」という嘲笑でした。

絢爛豪華な米国ミドル級の歴史の中で、ヨーロッパのマイナートーナメントに色気を示してあっけなく敗退したブラントは確かに恥さらしと揶揄されても仕方がなかったのかもしれません。

ブラント本人も「一度も期待されたことがないメディアに『幻滅した』と書かれたのはやりきれなかった」「しばらく大きなチャンスは与えられないと覚悟した」とプロ初黒星を喫した当時の心境を語っています。

そこに舞い込んできたのが、ミドル級でも屈指のマネーパワーを誇る村田への挑戦でした。

経験不足と過信からブレーマーに翻弄されたブラントでしたが、現在リング誌で3位、ESPNで7位まで駆け上がったランキングを見るまでもなく、その実力は過小評価されていました。

「村田のことはロンドンで金メダルを獲ったことくらいしか知らなかったが、MGMリゾーツとスポンサー契約したニュースは記者から聞いた。『すごいな』と感心する私にその記者は『村田はMGMリゾーツよりも大きな規模の日本企業といくつも契約している』と教えられて最初は信じられなかった」。

「でも提示されたファイトマネーがWBSSとは比べものにならなかったから、村田が何者かがよくわかった。そして自分が踏み台扱いのアンダードッグであることも」。

「村田のビデオは何度見直したかわからない。実際には12ラウンドしか戦っていないけど、どれだけ仮想対決したかわからないほど。相手の研究も練習も過去最高に打ち込んだ」。

「記者会見で私にマイクが回ってくることはほとんどなく、村田がゲンナディ・ゴロフキンやカネロ・アルバレスについて質問されているのを静かに聞いていた。もっと腹が立つと思っていたから、落ち着いている自分が不思議なくらいだった」。

ウィリアムヒルのオッズは村田勝利1.25倍、ブラント4倍。

村田の「圧勝でメガファイトへ」という重圧と油断。ブラントの千載一遇のチャンスに賭ける青い炎のような冷たい情熱。2人の心理状態まで考慮するとこの数字はあまりにも楽観的に過ぎました。


さて、再戦の物語、直近の「リピート」と「リベンジ」の各5試合計10試合を振り返りながら、村田のリベンジを声の限り応援させていただきます!
IMG_38742017年5月20日に有明コロシアムで世界初挑戦のリングに上がる村田諒太の告知広告が東京にのあちこちに溢れていました。

電通のお膝元銀座駅(正確には汐留駅ですが)構内でも電光掲示がずらりと並び、当時札幌から出張中の私も「いくらボクシングがマイナー競技でも、そりゃ別格だわな」と嬉しく眺めていました。

そういえば、特別パンフレットやグッズもついた「特別リングサイド」は確かに完売で、かなり後方の席から声を枯らしていたのを思い出します。ああ、あれからもう2年も経つんですね…。

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Repeat 〜屈辱の重ね塗り〜

両者のネームバリューにあまりに大きな隔たりがあったために、再戦でも不利と見られたボクサーが見事な返り討ち、もう一度番狂わせを起こす(もはやオッズと予想上だけの番狂わせです)ことは珍しいことではありません。

Underestimate & Overestimate(両者の実力評価が間違っていた)、Styles make Fights (相性)…様々な要素が絡み合って引き起こされる〝再びの番狂わせ〟ですが、初戦の結果で生まれた自信と不安という2人の深層心理もまた再戦の結果を左右する大きな要因です。


❶▶︎▶︎▶︎2017年9月9日、WBCジュニアバンタム級タイトルマッチ。

6ヶ月前にまさかの大番狂わせでPFPキングのローマン・ゴンザレスにプロアマ通じて初黒星をつけたシーサケット・ソールンビサイでしたが、その勝利を支持したのは2−0のMDを下したオフィシャルだけ。多くのメディアとファンはチョコラティトが競り勝ったと見ていました。

それでも、四つ目の階級にアジャストしきれていないロマゴンと、直前の水抜きの〝一夜漬け〟計量で大きくリバウンドしてくるシーサケットに対して、イベントを主催するHBOとWBCは1ヶ月前からリミットを定めて細かい計量を義務付け、チョコラティトのために何度も石橋を叩きました。

しかし…。「もしシーサケットが倒したのがロマゴンでなければ、この試合はとんでもないミスマッチ」(ESPN)というほどの惨敗。4ラウンド失神KOに葬られてしまいました。

階級の壁にぶち当たっていた当時のロマゴンは30歳、軽量級ではけして若い数字ではありません。そんなタイミングで、詰め将棋のようなコンビネーションを全く意に介さない相性最悪のタイの重戦車に直面してしまったのでした。


❷▶︎▶︎▶︎日本のボクシングファンが「再戦」「返り討ち」と聞いてすぐに思い浮かべてしまうのは、2018年3月1日のまだ生々しくも忌々しいWBC世界バンタム級タイトルマッチです。

前の年の8月15日、具志堅用高の連続防衛記録13に並ばんとしていた山中慎介が迎えたのはメキシコのパンテラ(豹)、ルイス・ネリ。

戦前の予想は3−1で王者有利でしたが、挑戦者のスピードに王者の反応が鈍い。

4ラウンドに猛攻を受けて山中コーナーがタオル投入、その判断の是非が議論を呼びましたが、さらに事態を紛糾させたのは1週間後にネリの検体から禁止薬物の陽性反応が出たことでした。

これを受けてリング誌はネリの王座を即座に剥奪したものの、WBCは実質的な処分を科しませんでした。

約7ヶ月後の再戦のオッズは逆目で1−3、メキシコのドーパーが有利。ここでもネリはありえない失態を晒します。計量でリミットを3ポンドもオーバー。秤の上で王座を剥奪され、山中が勝利した場合だけ王座に就くという変則タイトルマッチになってしまいます。

初戦の4ラウンドを圧縮したような再戦は、2ラウンドで無残で後味の悪い結末を迎えてしまいました。


❸▶︎▶︎▶︎先月5月11日、WBOジュニアフェザー級タイトルマッチ。

昨年12月から6ヶ月後の再戦で、階級最強候補だったアイザック・ドグボエはまたしてもエマニュエル・ナバレッテの軍門に下ります。

傑出した身体能力で目を見張るパフォーマンスを見せてきたドグボエでしたが、クロスゲームでの脆さを露呈、逆にナバレッテは自信満々で24歳のガーナ人を追いかけ回しました。

前回よりも明白な形での返り討ち。12ラウンド2度目のダウンを喫したところで、ドグボエのコーナーはタオルを振ってリングに入りました。

「勝ちっぷりの鮮やかなボクサーは過大評価される」。ボクシングの世界で、100年以上も前から伝わる常識は誰でも知っているはずです。

しかし、ドグボエのようなボクサーを見たとき誰もが「こいつは特別だ」と反射的に決めつけ同じ過ち、同じ類の番狂わせを〝創造〟してしまうのです。


❹▶︎▶︎▶︎ドボボエの宝石の如き野生が、引き出しのない怯懦に幻滅したイベントのメインもまたリマッチでした。

かつて三浦隆司の〝ボンバー〟(恥ずかしそうに小さな声で遠慮がちに拳を突きつけて発音するのが公式ルールです)が猛威を奮ったWBCジュニアライト級。

その三浦のベルトを奪ったフランシスコ・バルガスを倒したのがミゲール・ベルチェルト。

好戦的なメキシカン同士の争いはリマッチでも激闘。ど根性ファイターのバルガスを精度で上回るベルチェルトが6ラウンド終了TKOに返り討ちました。

このクラスの統一戦線に乗り出すベルチェルトですが、スターになりきれないのがよくわかる〝何かが足りない〟ボクサーです。スピード、パワー、テクニック…全てにおいて世界基準ですが突き抜けたものは何もない「60点ボクサー」。

全盛期の内山高志ならベルチェルトが12ラウンドまで立っていられるとは思えませんが…。



❺▶︎▶︎▶︎つい先日の6月21日に再戦したWBAジュニアライト級王者アンドリュー・カンシオとアルベルト・マチャド 。

El Explosivo(爆弾)の異名を持つ長身のプエルトリカンが、頑丈なだけが取り柄の無骨なカンシオに2月9日に受けた屈辱を晴らす…そんな大方の予想は初戦の4ラウンドKOよりも早い、3ラウンドKOという返り討ちの結果に裏切られてしまいます。

2試合続けて序盤で試合が終わるような力量差が2人の間にあったとは思えません。 

しかし、初戦の結果を受けて自信にみなぎるカンシオと、うまく戦っていても弱気が透けて見えるマチャド。最後は、やはりボディで膝をついたマチャドがしっかり立ち上がったように、決定的なダメージは受けていませんでした。

それでも、ファイティングポーズを取らずに虚ろな表情で主審がカウントアウトするのを聞いてしまいます。

カンシオのタフネスと強打の記憶は、マチャドからボクサーにとって最も大切な闘争心を対戦相手への恐怖心へと変質させていたのです。



Revenge 〜美しく偉大な復讐〜

120年を超える近代ボクシングの歴史の中で、数々のドラマを生んできた再戦の物語。

それは、戦う男の再生物語でもあります。つまり、
Revenge or Repeat が大きな感動を伴うのは前者。

返り討ち、Repeat が残酷な屈辱という苦い思いにいたたまれないのに対して、挫折を乗り越えた再生、美しいRevenge は勇気の風を送ってくれるのです。


❶▶︎▶︎▶︎最初に紹介するのはもちろん2017年10月22日、vsアッサン・エンダム戦。村田本人の美しく偉大な復讐劇です。

日本人のミドル級王者となれば竹原慎二以来、22年ぶりの快挙でした。

22年前との共通点は階級最強レベルの相手ではなかったということ、相違点は竹原の世界奪取の可能性はほとんど無いと見られていた一方、村田はオッズも予想も大きくリードして試合開始のゴングを迎えたということでした。

試合は村田が4ラウンドに痛烈なダウンを奪う完勝…に見えましたが公式ジャッジはまさかの1−2で敗北。リング誌とESPNが「ありえない泥棒判定」と世界中からの非難を受けて、エンダム勝利と判定した2人のジャッジに資格停止処分が下るなど、許容を大きく逸脱する明らかな不当判定でした。

怒号が飛び交う有明コロシアムで、冷静に敗北を受け入れ勝者を讃えた村田は、あのときすでにリマッチで勝利していたのかもしれません。



❷▶︎▶︎▶︎1978年年9月15日、WBA世界ヘビー級タイトルマッチ。


…「直近の試合」って書いてたよな?1978って40年以上前やないか!!と思われるかもしれませんが「直近」に国際的な取り決めや法律的な定義はありません。

酔っ払いが自説を押し通すためには「金メダリストの美しく偉大な復讐」が必要なのです。そのためには40年を「直近」と騙ることに躊躇などありませぬ…。

伝説などという軽い言葉では説明不能の完全統一ヘビー級王者モハメド・アリから、プロ9戦目という信じられないキャリアでタイトルを奪ったレオン・スピンクス。

アリとの再戦を優先したレオンはWBC王座を剥奪された挙句、再戦で敗れアリ伝説の瑣末なマテリアルにされてしまいます。それでも、このときレオンが受け取ったファイトマネーは350万ドル!

1978年の350万米ドルが、2019年換算でいくらになるか?!…虚しくなるだけなので、やめましょう。

アリvsスピンクスは1960(ローマ)vs1976(モントリオール)の16年の時を隔てたライトヘビー級金メダリスト対決でもありました。

この試合から学べることは「どっちにしても勝つのは金メダリスト」ということです!



❸▶︎▶︎▶︎1980年11月25日。WBC世界ウェルター級タイトルマッチ。ルイジアナ州ニューオーリンズはスーパードーム。

5ヶ月前に圧倒的有利と見られていたシュガー・レイ・レナードは、当時ですでに伝説だったロベルト・デュランに大番狂わせでタイトルを奪われていました。

単調なファイタースタイルで墓穴を掘った初戦からレナードは徹底したシュガーなボクシングに徹して石の拳を空転させました。

それにしても、デュランの棄権が伝説に昇華するという〝お前らだから成立する〟Win−Winなメガファイトでした。

この試合から学べることは「五輪金メダリストが本気で勝ちに徹したら誰にも負けない」ということです!



❹▶︎▶︎▶︎今年2月2日、WBOライトヘビー級タイトルマッチ。

9ヶ月前に大番狂わせを起こしたエレイデル・アルバレスが、かつてPFP10傑にも名前を連ねたセルゲイ・コバレフとダイレクトリマッチ。

34歳のコロンビア人が再戦では一転やや有利と見られていたのは、経年劣化が目立つ35歳のロシア人を初戦で7回KOで屠っていたからです。

しかし、再戦のクラッシャーは慎重なアウトボクシングに徹し〝コロンビアの嵐〟を12ラウンドにわたってやり過ごします。

コバレフは五輪メダルなど傑出した実績はないもののアマチュア実績が豊富。にもかかわらず、引き出しが少ないと見られていました。

冗談じゃない!充実したアマチュア経験があるコバレフが、コロンビアの嵐に2度も翻弄されるわけがないのです!

五輪はおろか世界大会で実績のないコバレフごときが、懐の深さを見せたのです。これが、五輪のメダリスト、しかもその色は金!なんてタレントがリマッチを〝引き出し百貨店〟のショーにしないなんてことはありえません。


❺▶︎▶︎▶︎そしてRevengeの最後の5試合目は、まだ試合前です。

その試合は7月12日、エディオンアリーナ大阪で行われることになっています。



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It's tough to get out of bed to do roadwork at 5a.m. when you've been sleeping in silk pajamas. 朝5時に起きてロードワークに飛び出すなんて、シルクのパジャマを着て眠ってる奴には土台無理な仕事だ。とどのつまり、大金持ちなんかになっちまったらボクシングなんて出来やしねぇのさ。〜マーベラス・マービン・ハグラー

ボクシングはもとより、スポーツ界全体を見渡しても屈指のセレブになってしまった村田に死角があるとしたら、リングの外でしょう。

それは「油断」とか「気の緩み」なんて単純な言葉で片付けられるものではありません。

サッカーや野球と同様に、大金持ちになっても競技への情熱は保つことができます。しかしボクシングで必要なのは情熱だけではありません。

ハングリーであること…もっと正確に言えば情熱を超えて残酷であること、です。 

年収500万ドル以上(リング誌)で「NHKと民放各局がドキュメンタリーを制作する村田に「経済的に、あるいはステイタスに対してハングリーになれ」というのは無理です。

セカンドタイトルとはいえ、ブラントからベルトを取り戻せば、次の試合がカネロ・アルバレスやゲンナディ・ゴロフキンであっても、ボクシングの世界では何の不思議もありません。

そこに、どれだけの意味を見出して、どれだけハングリーになれるか。

2011年10月、アゼルバイジャン・バクーで行われた世界選手権。

決勝に進んだ村田は控え室へ帰る通路で「日本人には絶対不可能と思われたことをやってのけました」とマイクを向けられ、ムッと苛立ちの表情を見せました。

「日本人に不可能?そうかもしれませんが村田諒太には可能なんです。それに何もやってのけてなんかいない、決勝が残ってるのに」と怒りを含んだ声で吐き捨てた言葉に、私は心の底から「その通りだ!」と拍手喝采しました。

決勝はカミソリ一枚の僅差判定で銀メダルでしたが英国ボクシングニューズ誌とリング誌は翌年に迫ったロンドン五輪について「日本の村田が金メダル候補の最右翼」と報じます。

あの頃の何かに苛立つ村田にはもう戻れないのかもしれません。

しかし、ハングリーの形は一つじゃ無いはずです。

より洗練されたハングリーを身につけた村田が、美しいリベンジを果たすことを願ってやみません。

「村田の中盤ストップ勝ち」を確信的に予想します。