オールドスクール8。

リング誌のページ削減でリストラされたコーナーですが、間歇的に特集されています。

発作的に復活した4月号では、ニュージーランドの60代読者から「1960年代の8階級時代の世界王者は今でも通用するのか?」という質問に編集部が答えています。

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もし今、オリジナル8の時代のままなら、ヘビー級:アンソニー・ジョシュア、ライトヘビー級:エレイデル・アルバレス(コバレフとの再戦で敗れる前に書かれた記事ですね)、ミドル級:カネロ・アルバレス、ウェルター級:テレンス・クロフォード、ライト級:ワシル・ロマチェンコ、フェザー級:レオ・サンタクルス、バンタム級:井上尚弥、フライ級:京口紘人の8人が世界王者に君臨しているのではないか。

それにしても、60年代はレベルが高すぎた。

ヘビーにはソニー・リストン、モハメド・アリ、ジョー・フレイジャーが居並び、ライトヘビーにはハロルド・ジョンソンとボブ・フォスターが控えていた。

ミドルはディック・タイガーとニノ・ベンベヌチがしのぎを削り、ウェルターではエミール・グリフィスとルイス・ロドリゲス、カーティス・コークスもいた。

ライトはカルロス・オルティスとイスマエル・ラグナが、フェザーにはデイビー・ムーアとビセンテ・サルディバルが躍動していた。

バンタムでは60年代最高選手エデル・ジョフレの絶対王政をファイティング原田が転覆させ、フライ級はポーン・キングピッチにホラシオ・アカバロを抱えていた。

彼らを現代のジムに放り込めば、現代ボクサーとの技術的な格差を半年もかけずに埋め合わせ、長い試合間隔は、彼らのボクシングの精度をさらに引き上げたはずだ。

逆に、現代ボクサーを60年代に放り込めば、何を学んでいのかわからないまま、スピードもタッチボクシングも優先評価されない判定に戸惑い、短い試合間隔と小さく薄いグローブに肉体を削られ、彼らが生きた21世紀よりも著しく脆弱になるのではないか。

さらにジョシュアを除く、現代の7人の推定最強王者はいずれも前日計量のメリットを十分に享受するリバウンドの名人たちだ。

7人の多くが、60年代では2階級は上の階級でないと戦えないことは論を待たない。彼らは、前日計量まで病的に減量し、試合当日に一気に健康と活力を取り戻す術に長けているのだ(大きな果実をもぎ取ったウェルター級で増量してリングに上がっていたメイウェザーやパッキャオなら60年代のフェザー〜ライト級を席巻できたかもしれない)。

確かに、トレーニング理論は進化している。そして、それ以上に食事や栄養管理面は、現代のほうが優れている。
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過去と比べて現代ボクシングが最も進歩しているのは、ドーピングも含めた栄養管理。いよいよ来週に迫ったウェルター級王者スペンスとの決戦に向けて〝元ドーピング犯罪者〟ビクター・コンテを雇ったマイキーは大幅なバルクアップに成功しています。

筋肉を増やして、ミドル級の体を手にいれたマイキーは村田の宿敵エスキバ・ファルカオと互角のスパーリングをこなし、トレーナーのロベルト・ガルシアも「当日はスペンスが10〜12ポンド重いウエイトでリングに上がるだろうが、パワー負けはありえない」と圧倒的な自信を持っています。

コンテは、日本ならスポーツを冒涜する許しがたい「重罪人として永久追放」でしょうが、自由の国アメリカでは栄養とドーピングに世界一精通した「有能な専門家・コンサルタント」として現場復帰が認められるのです…。

セカンドチャンスを広く認める米国と、そうでない日本。どちらがいいんでしょうかね…?

ロマチェンコやクロフォードの高等技術、カネロやサンタクルスのメキシカンの逞しさ、ジョシュアや井上、京口の身体能力は、60年代のボクサーを凌駕するように見える。

それでも、60年代のグレートと「公平な条件」で戦うとするなら厳しい現実が待ち構えているだろう。

とはいえ、60年代のボクサーが全員ハイレベルだったわけではない。

ヘビー級ならアーニー・テレルやジミー・エリス、ライトヘビーでウィリー・パスタラノ、タイガー(ライトヘビー級バージョン)、ミドル級のジョーイ・ジラルディオやグリフィス(ミドル級バージョン)、ウェルターのギャスパー・オルテガ、チャーリー・シップス、ライト級のテオ・クルーズ、マンド・ラモス、フェザーのラウル・ロハスやハワード・ウィンストン、バンタムのジョニー・コールドウェル、ライオネル・ローズ、フライのエフレン・トーレスとウォルター・マクゴワン・・・このあたりなら、現代の推定最強選手は、60年代でも世界王者になれていたかもしれない。

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世界王者が8人しかいなかった清く正しく美しいオールドスクール8は、1960年代で終わりを告げてしまったがゆえに、この60年代の想い出は、当時を知るファンの記憶に鮮烈に刻まれています。

少なくない数の専門家がこの60年代のビッグネームは「公平な条件」なら現代のトップボクサーをことごとく駆逐すると考えています。

個人的には、時代を超えたボクサーを戦わせるのに「公平な条件」なんて存在しないので、この種の対決はマニアの享楽以外に意味はないと考えています。

60年代の伝説的な名ボクサーを21世紀に連れてきたら、そりゃ乾いた脱脂綿のように新しい技術を簡単に吸収していくでしょう。長い試合感覚は、彼らのボクシングをさらに研ぎ澄ますことも間違いありません。

一方で現代の選手を60年代に連れて行くと、少なくとも表層的な技術では学ぶべきものはなく、短い試合間隔で精度を落としてしまいます。

サプリメントも栄養士も存在しない時代、喧嘩ファイトを好む判定に泣き、薄いグローブで拳を痛め、当日計量でフラフラになりながらリングインすることになるのです。

これを「公平な条件」とは呼べません。

確かに、しかし、ウラジミール・クリチコらが「アリは小さかったから私が圧勝できる?ありえない。アリの試合を見たことがあるのか?全盛期のフォアマンをひっくり返したアリに勝てるわけがない」と崇拝するザ・グレーテストのオーラに飲み込まれないボクサーなど、そもそもこの世にいるのでしょうか?

ファン・カルロス・パヤノを「オーラがあった」と表現した井上(リップサービスも含まれていたかもしれませんが)が、全盛期のジョフレと対峙したとき、何を感じるのでしょうか?