ヘルウィン・プリティボーイ・アンカハス。フィリピンのパナボ市生まれの25歳。

バナナの巨大プランテーションと、食用魚バゴスの養殖で有名なパナボは、同じミンダナオ島のゼネラルサントス(ゲンサン)ともよく似た港町です。マニー・パッキャオやノニト・ドネアを輩出したゲンサンも果物のプランテーションに、マグロを中心とした漁業が盛んでツナシティと呼ばれています。

アンカハスが偉大なパッキャオに憧れ、MPプロモーションと契約するのは自然なことでした。

このアンカハスは26勝(17 KO)1敗1分け、直近13戦全勝12KOと勢いに乗るIBF世界ジュニアバンタム級王者です。唯一の黒星は2012年、マーク・アンソニー・ヘラルド戦(1−2のマジョリティデジション)ですからもう5年以上負けていません。

このヘラルド、2015年には井上拓真と後楽園ホールでWBOのアジア太平洋ユースのタイトルを賭けて戦い、ダウンを奪うも完敗。「なんだ、拓真に負けたヘラルドとどっこいのボクサーか」と決めつけるのは早計で、世界中の専門家はその後の13戦の進化を高く評価しています。

【ヘルウィン・アンカハス、帝里木下ともに計量をパス。二人ともいい表情しています。】

2016年9月には無敗の王者、マックジョー・アローヨから8ラウンドに強烈なボディでダウンを奪って快勝。IBFのベルトを腰に巻きます。アンカハスの強靭な肉体と好戦的なファイトに衝撃を受けましたが、アンカハスの報酬がわずか3750ドル、日本円で400万円ということにも驚きました。

それでもこのなけなしの400万円で、巨大なバナナ農園で長年働きづくめで家族を支えてくれた父親に住居をプレゼントします。そして、自身は相変わらずの賃貸アパート暮らしを続けます。

あまりに低い報酬には、この世界戦が競札に掛けられた事情もありますが、このアンカハスはとにかくツイてないんです。3B(ボクシング、バスケットボール、ビリヤード)が3大人気スポーツのフィリピンで世界戦が生中継されないなんてことは異例中の異例ですが、アンカハスはアローヨに挑戦した一戦だけでなく、ホセ・アルフレド・ロドリゲスを迎えた初防衛戦(今年1月マカオ・コタイアリーナ)でも母国のTVで生中継されることはありませんでした。

それでもロドリゲスを8ラウンド早々に棄権に追い込み、キャリアで飛び抜けて最高の6万ドルの報酬を手にして人生ゲームの駒は一足飛びしました。地元パナボに一軒家を、キャンプ地にセカンドハウスまで購入します。

そして、今回の試合はあのマニー・パッキャオの前座です。「世界戦を戦ったのに生中継されない不運にはうんざりしたけど、こんなご褒美が待っているとは思わなかった。世界中のボクシングファンに自分の名前を覚えてもらえるように、死に物狂いで何が何でも面白い試合を見せる!」とプリティボーイと呼ぶには少し強面の顔でアンカハスは強烈なモチベーションを語っています。

ブリスベーン入りしてから、パッキャオの周囲に多くの人だかりが絶えないのに対して、繁華街を歩いても誰もアンカハスに気づかない、そのもどかしさも、彼の意欲を刺激しているに違いありません。

「ローマン・ゴンザレスと戦いたい。自信はある。シーサケット・ソールンビサイがロマゴンに連勝するなら、彼ともやりたい。日本の井上尚弥や、英国のカリド・ヤファイとも統一戦を戦いたい。バーミンガムでも東京でも呼ばれたらどこにでも行く」。この階級のビッグネームとの対戦を熱望しています。

パッキャオの系譜を受け継ぐハングリーなフィリピン人が明日、サンコープスタジアム(昨年、五郎丸歩選手が所属していたラグビー・レッズのホームグラウンドです)で2度目の防衛戦に迎えるのは、千里馬神戸ジム所属の帝里木下。

千里馬…。

そうです、2001年2月にパッキャオはこの千里馬ジムに所属していた千里馬哲虎とWBCインター、ジュニアフェザー級王者を争っているのです。

パッキャオは哲虎を粉砕した4ヶ月後に、リーロ・レジャバが待つ運命のMGMグランドのリングに上がり、ボクシング史上類を見ないサクセスストーリーの火蓋を切って落とすことになるのですが、当時はそんなこと、誰も夢想だにしていませんでした。

アンカハスも偉大な先輩同様、明日の大舞台を、さらなる飛躍への滑走路にすることが出来るのか。それとも、大きくかけ離れたオッズ(アンカハス勝利は1.05倍、木下勝利は8倍)を覆して、木下が16年越しに〝千里馬の雪辱〟を果たして、大物食いのパックマンとなるのか。

千里馬哲虎は網膜剥離を患い、パッキャオ戦の翌年に引退。今は、本名の康哲虎に戻り、認知症ケア専門の看護師として働きながら、短歌を詠み朝日歌壇など第一線の舞台で活躍しています。

「もう少し背が高ければ ボクシングやらなかったよ 絵を描いてたよ」

かつて「神戸の虎」と恐れられた哲虎も、今はユニークな目線から人生を見つめる穏やかな毎日を送っているようです。

哲虎の境地に至るには、アンカハスも木下もまだまだ若く、殴り倒すべき敵がリングの上で無限に待ち構えています。

素晴らしいファイトを見せて下さい!