1986年3月10日。シュガー・レイ・レナードはシーザース・パレスの特設リングの解説者席に座っていました。

ミドル級のUndisputed champion マーベラス・マービン・ハグラーが25戦全勝オールKOのジョン〝ザ・ビースト〟ムガビを11ラウンドでノックアウトしたメガファイト。

試合を見たレナードが「俺ならハグラーに勝てる」とつぶやくと、アナウンサーたちは「そうでしょう、そうでしょう」と相槌を打ちました。

もちろん、内心では誰もがリングを去って4年も経つ元ウエルター級王者のレナードがミドル級史上最強王者に勝てるわけがないと思っていました。

そのとき、The Super Fight まであと1年と26日。



さて、The Super Fight のお話ですが、SuperというからにはThe Fightもあったのか?といいますと、ありました、もちろん。

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あの試合は「The Fight」というよりも、もう一つの看板である「The  War」の方が現実の試合内容に相応しいかもしれません。

そして、The Super Fightもまた The  War2ともタグ付けされていたのですが、そのあまりにも突拍子もないマッチアップと、やはり現実の試合を反映して今ではThe Super Fightが定着しています。

The Fight、The Warの話をしなければなりません。

1985年4月15日。もうすぐ40周年を迎えるThe War。

舞台はもちろん、シーザースパレス。

テレビ東京系のディレイ放送とはいえ、あの試合を展開と結果を知らずにほぼ生中継で見ることが出来たのは、ボクシングファンとして幸せでした。

あの時代、ボクシング界の関心は「誰がハグラーを倒すのか?」という超難問の答えを探すことに傾いていました。

その大本命は、トーマス・ハーンズ。

レナードと今なお史上最高試合と呼ばれるThe Showdown を繰り広げ、ジュニアミドル級にクラスを上げてからも鬼神の快進撃を見せつけていたデトロイトのヒットマン。


時計の針を40年前に戻しましょう。