「どんなスタートなのかは問題ではない。どんなエンディングなのかだけが全ての問題だ」。

貴方が、これをアレックス・ラミレスのオリジナル名言だと思ってるとしたら、とんでもないノータリンである。

ラミレスがパクったこの名言を地球上で初めて吐いたのはソ、ソ、ソクラテスか、プラトンか?

世に溢れる多くの雑誌でも同じことが言える。

「あとがき」で何を伝えるかは、非常に重い。

さて、今月号のボクシング・ビートである。

「いまだに半世紀前の70年代の感覚で、井上尚弥がジョー・ルイスに並んだ」と平然と掻き立てる、トンデモ雑誌である。

ーーーそんな雑誌を定期購読してるのは、どこのどいつだ〜い?

私だよ!!!

この半世紀遅れのダメ雑誌、4月号からの「あとがき」です。

「編集長独白 島篤史」。

ここではトレーナーが選手に「ここが勝負の分岐点」というインタバルで選手にかける言葉について、です。

編集長独白では「(同じ言葉でも)この人がそういうのならという関係性」に尽きる、と結んでいます。

これは当たり前で、野球で「ボールを最後までしっかり見なさい」という当たり前のアドバイスでも、私が言うのと大谷翔平の口から出るのとでは全く違います。

さらに、史上最高のずる賢いファイターと、史上最高に偏屈極まりない選手と関わり続けたトレーナーとなると…。

史上最高ばかり書き付ける文章に真実はありませんが、さらに史上最高の試合として多くの人が挙げるシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズとのundisputed championshipで、アンジェロ・ダンディはシュガー・レイの耳元で囁きます。

キャリア最悪の大苦戦で顔面を大きく腫らして、戸惑い焦るレナードの耳元で、戦略的なアドバイスとはかけ離れた言葉を、静かに、しかしはっきりと繋ぐのです。

「終末は近い」。

多くのトレーナーがコーナーで語るのは、作戦変更や、選手の動機を刺激する言葉です。

「お前が負けたら、新婚の奥さんが悪く言われるな」「カネを稼ぎたいってウソだったのか?負けたら振り出しに戻るだけだぞ」。

いずれにしても、トレーナーと選手の主観的な関係から絞り出される言葉です。

しかし、初めて世界的な試合で登場した氷水でキンキンに冷やした腫れどめ金具、エンスウェルを小さなアイロンのようにレナードの目にあてがいながら口にしたのは、どこまでも客観的で、悪くいうと人ごとなニュアンスも含まれた言葉でした。

「終末は近い」。

終盤に入っても採点でリードされていたレナードにとって、それはどんなGOサインよりも魂を奮い立たせてくれる言葉でした。

「ポイントはリードされている。倒しにいけ!」と大きな声で励まされ、背中をポンポンと叩かれるよりも、レナードが最後の重いアクセルを踏むのに、耳元で「終末は近い」とだけ囁かれることの方が遥かに炎を焚き付けられたのかもしれません。


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恐ろしく泥酔したタクシーの中である。

結構、ずーーっと酒を酌み交わし続けて、酒のPFPファイターである俺でもかなり気分が悪い。

酒PFPファイターはタクシー酔いしやすいヤワな体質なのに、煮ハマグリ一つを喰らうのに日本酒一合というのは正しい方程式だ!などと、破滅に向かうのであった。




この話の続きがすぐに出てこないなら、俺が「運転手さん、ちょっとどこかで止めてくれ。あんたの愛車に粗相をしてしまう前に!」と、俺もソ、ソ、ソクラテスかプラトンか、という勢いで名言ではないものを吐いたと思ってくれ。

いや、もう続きは今夜は書かない、書けない。