「The Rumble in the Jungleがボクシング史上、最も有名な試合だ」と言い切って、このスポーツの歴史を19世紀から精通する歴史家でも眉を顰めることはないでしょう。

モハメド・アリが、最も多くの書物が書かれ、最も多くのドキュメンタリーに描かれたアスリートであることを考えると、彼の最高傑作であるThe Rumble in the Jungleもまた語り尽くされています。

それでも、ボクシングシーンは大胆な記事をアップしました。

50 things you didn’t know about the Rumble in the Jungle〜50年前の大勝負についてあなたが知らなかった50の事実。

さて、さてご紹介してゆきますよ。

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1. 1974年4月1日、ラジオ・カメルーンはエイプリルフールの日に、カシアス・クレイがジョージ・フォアマンとの試合に向けてトレーニングキャンプを始めるために首都ヤウンデにいるという嘘のニュースを流した。

このエイプリルフールは、アフリカ訛りの強い人物がモハメド・アリのふりをしてラジオに登場、明らかな嘘だとわかるはずたったが…。

しかし、実際には開催されない嘘の「モハメド・アリのエキシビション試合」の無料チケット50枚を提供すると発表すると、あっという間にラジオ局に人が詰めかけ、リスナーであふれかえってしまった。



2. 当初、1974年9月25日に予定されていた試合のために、とんでもない数のメディア関係者がザイールに押し寄せることになっていた。

ザイール当局は入国認定申請の手続きを定め、アメリカとヨーロッパのジャーナリストはニューヨークのに代理窓口を設け、その他の国のジャーナリストはザイールのジャーナリスト連合が対応したが、それでもてんてこまいの忙しさだった。

※日本の軽量級の世界戦では海外から記者が来ることはほとんどなく、井上尚弥や井岡一翔の試合でも海外からの記者はゼロが普通、プレスルームが設けられることはありません。←だからダメと言ってるのではありませんよ、誤解しないように。完全に勘違いしている人に事実と現実を教えているだけです。



3. メディア関係者全員は、試合の宣伝資料を「捏造、印刷、販売、回覧、配布」した場合、ザイール政府によって逮捕され1年間投獄されると事前に警告された。

記者がプレス向け資料を転売する、そんなことが懸念されるほどこの試合は世界的イベントだった。

商業五輪が始まる1984年以前のことだったから、この試合が五輪を上回る世界的注目度を集めていたのは間違いない。



4. アリは6月10日にガボン国の首都リーブルビルでエキシビションを行う予定だったが、アリとザイール政府との契約で「キンシャサでの試合前にアフリカで試合を行うことは公開スパーリングでも一切禁止されている」ため、中止された。




5. 6月22日、ニューヨークのウォルドルフ・アストリアで開催されたプレス・ディナーで、フォアマンとアリは900人の出席者の前で演壇上でも乱闘騒ぎになった。