KOマガジンやボクシング・イラストレイテッドが廃刊、21世紀になってボクシングの没落にさらに加速がかかっている状況で、昨年はリング誌も廃刊。
英国でも状況は同じで、ボクシング・マンスリーが廃刊。
米英のボクシング雑誌は、ボクシング・ニューズ(BN)誌が孤軍奮闘しています。
「ライト(軽量)級よりも軽いというジュニアライト級が階級の最下限でいい。フェザー級以下は廃止」なんていうボクシングファンが多い英国ですが、週刊!のBN誌は年52回も発行されるとあってフェザー級以下の話題も比較的拾い上げてくれています。

さて、本編スタートです。
拙訳でご紹介するのは、The Beltline: Corner stoppages are neither sexy nor satisfying but are often the most revealing way for a fight to end(セコンドがラウンドのインタバルで棄権を申し出るのは魅力的でもないし、欲求不満もたまるが、戦いを終わらせる最も筋の通った方法でもある)。
マニー・パッキャオとオスカー・デラホーヤが戦った、史上最大のノンタイトル戦、Dream Matchは第9ラウンド開始ゴングにデラホーヤが応じず、「第8ラウンド終了TKO」で試合が終わりました。
あの不思議なマッチアップ、多くのファンが本当に観たかったのは、第9ラウンドにパッキャオの重層な攻撃にデラホーヤが痛烈に失神KOされるシーンだったかもしれません。
反対に、続くリッキー・ハットン戦でハットンのコーナーが第1ラウンド終了のインタバルで棄権を申し入れていたら、あのスペクタクルな結末は無かったことになります…。
*****ボクシングファンはノックアウトで試合が終わるのを望んでいる。あるいは、激しい打撃戦の末に二人とも倒れず、最終回のゴングが打ち鳴らされることを。
しかし、現実にはそんな試合ばかりではない。
最も拍子抜けするのは、次のラウンド開始ゴングが鳴ってもファイターがコーナーを出てこないことだ。
一方的に打ち込まれて防御態勢が崩れたファイターを主審が救う、あるいはコーナーがタオルを投る、そんな展開ならファンは納得する。
むしろ「どうしてもっと早く止めなかったのか!?」と、主審やセコンドに怒りの矛先を向けることすらある。
ところが、ファイターが開始ゴングが鳴ってもストゥールから立ち上がらず、試合が終了してしまうような唐突なエンディングは歓迎されない。
「本当はもっとできたのに、嫌になって試合を投げた」と、クイッターの烙印を捺されることまである。

しかし、よく考えると、ラウンド間のインタバルが試合を続行するか止めるかを判断するのに、最も合理的であることは明らかだ。
まず、大歓声の中でアドレナリンとガッツが分泌しまくったファイターが戦っているラウンド中に試合を止めるのは、非常に難しい。
会場が一息つき、選手がコーナーに戻って腰掛けるインタバルは「今何が起こっているのか」「最悪の場合、これから何が起こり得るか」を、セコンドとファイターが冷静に擦り合わすことが出来る貴重な60秒間になる。
セコンドは肉体をぶつけ合って激しく戦っているラウンド中にはわからなかったファイターの目の光や、ダメージ、疲労度を至近距離で測ることができる。選手は、自分のイメージとコーナーから見た客観的な視線に乖離がないかを確認できる。

主審は大歓声と、ときには興行・ビジネスと、選手の健康を秤にかけながらストップのタイミングを窺わなければならない。
実際に戦った選手と、その選手をよく知るセコンドが下した判断が、主審よりも正確であることが多いはずなのは当然だ。
ましてや、最も近くても数メートルも離れたリングサイド席から酔って罵声を浴びせている観客たちに正確なタイミングがわかるはずもない。
「あれ?ゴングが鳴ったのに立ち上がらないぞ、試合を投るつもりだな。ヘタレめ!負けるなら倒されて負けろ!」。
この形で試合を終わらせるスペシャリストだったのが、ワシル・ロマチェンコだ。
ウクライナのハイテクは、2016年11月から2017年12月にかけての13ヶ月で、4試合連続で相手コーナーに白旗を揚げさせた。
ロマチェンコと戦ったコーナーとファイターはダメージや疲労が限界だと判断したのではなく「最悪の場合、これから何が起こり得るか」を考えて、棄権したのだ。
闘争心だけは絶対に負けないはずのジェイソン・ソーサの目から生気が失せているのを見たセコンドが、試合を止める判断をしたのは当然だった。
とはいえ「あとどれくらいできるのか」は、肉体的な状況だけでなく、気力も含めて選手の意思を優先させるべきだが、選手の中には肉体的限界を超えて戦おうとする場合があるから厄介だ。
かつて、モハメド・アリとの死闘で両目が塞がり視力を失ったジョー・フレイジャーは「ヤツがどこにいるのか教えてくれ!絶対にぶっ倒すから」と、エディ・ファッチに懇願した。
それでも、そんな選手からでも信頼を得て試合を止めるのがセカンドの仕事だ。
そして、いけないことかもしれないが、そんなファイターをたまらなく偏愛してしまうのが、ボクシングファンという人種なのだ。
英国でも状況は同じで、ボクシング・マンスリーが廃刊。
米英のボクシング雑誌は、ボクシング・ニューズ(BN)誌が孤軍奮闘しています。
「ライト(軽量)級よりも軽いというジュニアライト級が階級の最下限でいい。フェザー級以下は廃止」なんていうボクシングファンが多い英国ですが、週刊!のBN誌は年52回も発行されるとあってフェザー級以下の話題も比較的拾い上げてくれています。

さて、本編スタートです。
拙訳でご紹介するのは、The Beltline: Corner stoppages are neither sexy nor satisfying but are often the most revealing way for a fight to end(セコンドがラウンドのインタバルで棄権を申し出るのは魅力的でもないし、欲求不満もたまるが、戦いを終わらせる最も筋の通った方法でもある)。
マニー・パッキャオとオスカー・デラホーヤが戦った、史上最大のノンタイトル戦、Dream Matchは第9ラウンド開始ゴングにデラホーヤが応じず、「第8ラウンド終了TKO」で試合が終わりました。
あの不思議なマッチアップ、多くのファンが本当に観たかったのは、第9ラウンドにパッキャオの重層な攻撃にデラホーヤが痛烈に失神KOされるシーンだったかもしれません。
反対に、続くリッキー・ハットン戦でハットンのコーナーが第1ラウンド終了のインタバルで棄権を申し入れていたら、あのスペクタクルな結末は無かったことになります…。
*****ボクシングファンはノックアウトで試合が終わるのを望んでいる。あるいは、激しい打撃戦の末に二人とも倒れず、最終回のゴングが打ち鳴らされることを。
しかし、現実にはそんな試合ばかりではない。
最も拍子抜けするのは、次のラウンド開始ゴングが鳴ってもファイターがコーナーを出てこないことだ。
一方的に打ち込まれて防御態勢が崩れたファイターを主審が救う、あるいはコーナーがタオルを投る、そんな展開ならファンは納得する。
むしろ「どうしてもっと早く止めなかったのか!?」と、主審やセコンドに怒りの矛先を向けることすらある。
ところが、ファイターが開始ゴングが鳴ってもストゥールから立ち上がらず、試合が終了してしまうような唐突なエンディングは歓迎されない。
「本当はもっとできたのに、嫌になって試合を投げた」と、クイッターの烙印を捺されることまである。

しかし、よく考えると、ラウンド間のインタバルが試合を続行するか止めるかを判断するのに、最も合理的であることは明らかだ。
まず、大歓声の中でアドレナリンとガッツが分泌しまくったファイターが戦っているラウンド中に試合を止めるのは、非常に難しい。
会場が一息つき、選手がコーナーに戻って腰掛けるインタバルは「今何が起こっているのか」「最悪の場合、これから何が起こり得るか」を、セコンドとファイターが冷静に擦り合わすことが出来る貴重な60秒間になる。
セコンドは肉体をぶつけ合って激しく戦っているラウンド中にはわからなかったファイターの目の光や、ダメージ、疲労度を至近距離で測ることができる。選手は、自分のイメージとコーナーから見た客観的な視線に乖離がないかを確認できる。

主審は大歓声と、ときには興行・ビジネスと、選手の健康を秤にかけながらストップのタイミングを窺わなければならない。
実際に戦った選手と、その選手をよく知るセコンドが下した判断が、主審よりも正確であることが多いはずなのは当然だ。
ましてや、最も近くても数メートルも離れたリングサイド席から酔って罵声を浴びせている観客たちに正確なタイミングがわかるはずもない。
「あれ?ゴングが鳴ったのに立ち上がらないぞ、試合を投るつもりだな。ヘタレめ!負けるなら倒されて負けろ!」。
この形で試合を終わらせるスペシャリストだったのが、ワシル・ロマチェンコだ。
ウクライナのハイテクは、2016年11月から2017年12月にかけての13ヶ月で、4試合連続で相手コーナーに白旗を揚げさせた。
ロマチェンコと戦ったコーナーとファイターはダメージや疲労が限界だと判断したのではなく「最悪の場合、これから何が起こり得るか」を考えて、棄権したのだ。
闘争心だけは絶対に負けないはずのジェイソン・ソーサの目から生気が失せているのを見たセコンドが、試合を止める判断をしたのは当然だった。
とはいえ「あとどれくらいできるのか」は、肉体的な状況だけでなく、気力も含めて選手の意思を優先させるべきだが、選手の中には肉体的限界を超えて戦おうとする場合があるから厄介だ。
かつて、モハメド・アリとの死闘で両目が塞がり視力を失ったジョー・フレイジャーは「ヤツがどこにいるのか教えてくれ!絶対にぶっ倒すから」と、エディ・ファッチに懇願した。
それでも、そんな選手からでも信頼を得て試合を止めるのがセカンドの仕事だ。
そして、いけないことかもしれないが、そんなファイターをたまらなく偏愛してしまうのが、ボクシングファンという人種なのだ。
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