「リング誌の廃刊」といっても、ここで取り上げるのは昨年の話ではありません。

80年代から決定的になったボクシング市場の低迷から売り上げは右肩下がりの一途をたどり、1989年2月号を最後に最初の「廃刊」に追い込まれました。

すでに「The Ring Record Book and Boxing Encyclopedia(ボクシング年鑑)」の発行が滞り、リング誌の経営難は誰の目にも明らかでした。

モハメド・アリが活躍、ボクシングがメジャースポーツだった70年代初めには12万部前後(リング誌は60万部と公称していましたが現実はその5分の1程度)を発行していましたが、89年2月号は2万5000部、実際にはその3割も売れなかったそうです。

日本のボクシングマガジンに掲載された「リング・ジャパン」(代表・ジョー小泉)の広告では「全世界で100万部」なんて、これぞ誇大広告の見本みたいな数字も見られました。

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紫陽花が美しい季節になりました。


1989年、マイク・タイソンやシュガー・レイ・レナードがまだ健在でしたが、ボクシングはマニアの支えるニッチなポジションに追いやられ、このときも米国の大手出版社や資産家に支援を呼びかけましたが、誰も手を挙げてくれませんでした。

このときは、翌1990年に復刊を果たしますが、ボクシング市場の凋落は止まらず。

ページの大幅削減や月間体制から年9回発行などリストラ策を講じ「2022年の100周年までは」と必死の延命を図り、昨年でジ・エンド。

1922年の創刊から100年目のことでした。

私が夢中で貪り読んだのは、最期の約40年。

我が愛するリング誌の功罪を辿ってゆきます。