「候補者は彼だけじゃなかった」と栗山英樹監督は語りました。
そんな候補者たち。
日本代表の資格を持ち、尚且つ日本代表入りに興味を示している複数のメジャーリーガーたちをオンラインで面接、選考したそうです。
サムライジャパンに外国人選手、メジャーリーガーを迎えることには、監督にも抵抗が全くなかったわけじゃなかったでしょう。

「中途半端なメジャーリーガーよりも優秀な選手は日本人にもいる。何よりも日本人の方がチームに溶け込むのが早い」。
「もし〝彼〟が機能しなかったら、メディアやファンの反発は必至、チームは空中分解する危険もある」。
不安を言い出したら、キリがありませんでした。
不安と迷いの中で始まったオンラインで面談でしたが、どのメジャーリーガーからも日本代表入りへの意欲がひしひしと感じられたそうです。
そして、1人の青年がモニター越しに顔を現したとき、栗山監督はなんとも言えない親しみを感じました。
「みんなは打ったから、ファインプレーしたから、彼が愛されたと思ってるかもしれないけど、こんなこと言っていいのかどうかわからないけど、彼の場合は実はそうじゃない、第一印象から違った」。
「Jのマークの帽子をかぶって出てくるんだもん。2006年の日米親善高校野球大会で日本の選手たちのホームステイ先だったそうで、そのときにもらった帽子を大切に持ってたみたいで」。
「帽子をかぶってなかったら?よく考えると。関係ないな、あの愛嬌は別格だよ」。
ただ…。彼のポジションは外野。
鈴木誠也、吉田正尚、近藤健介の誰かを外して、彼を入れたら、大きな議論を呼び、栗山監督は厳しい非難に晒されたでしょう。
もし…。鈴木誠也を主軸に擁する〝純血〟の布陣でキックオフしていたなら、もっと楽に優勝していたかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
もし…。ムードメーカーの鈴木がベンチにいたら、村上宗隆のスランプはあそこまで深くなかったかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
もし…。近藤がトップバッターをつとめていたら、彼よりも活躍して、高い打率を残していたかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
全ては「もし」の仮説です。
しかし、仮説でも結果論でもなく、はっきり言えることがあります。
事実です。
WBC初戦の中国戦、日本の初回の攻撃、トップバッターの打席。
1番が近藤なら初球は見送っていたはずです。近藤でなくても、負けられない大切な初戦の最初の一球です。
日本人なら、あの場面の初球から行くのは躊躇います。もちろん、近藤ほどのバッターですから、そのあとは好球必打でヒットを放っていた可能性大ですが。
現実には25歳のカリフォルニア生まれのアメリカ人が初球を叩いて、センター前ヒットを打ちました。
そして、塁上でペッバーミル・パフォーマンス。
初球を叩く積極性と、見慣れないペッパーミル・パフォーマンス。あんな花火を打ち上げられる選手は、彼しかいません。もちろん、大谷翔平を含めても。
あの瞬間,日本代表チームの中で大きな化学反応が起きたことは、テレビ画面越しに観ている私たちにもしっかり伝わって来ました。
たった一球、たった一本のヒット、たった一度の走塁とパフォーマンス。
わずか10秒もない時間だったかもしれません。
しかし、サムライジャパンが最高のリードオフマンを手に入れたと、ファンやメディアに確信させるには、それは十分すぎる時間でした。
こびりついた迷いや、硬直した不安を秒で溶かす男なんて、世界中探したって、そうはいません。
そして、一番大事なこと。
絶対に忘れてはいけないことは、栗山監督よりもメディアよりもファンよりも、一番不安を抱えていたのは、ラーズ、テイラー=タツジ・ヌートバーだったという、当たり前のことです。
母親と自分の夢であったとはいえ、言葉も通じない、顔も違う、知り合いもいないチームに、たった1人で飛び込むのです。
どんなに不安だったことでしょうか。迷いだってあったでしょう。
もし、活躍できなかったら…。私たちファンやメディアは、彼や栗山監督をネチネチ叩けばよいだけですが、彼にはどうすることもできません。
どんなに厳しい孤独を覚悟したことでしょうか。
そんな彼を合流初日に迎えたのは、栗山監督考案の「たっちゃんTシャツ」を着たチームメイトたちでした。
サムライジャパンのメンバーが素晴らしい大人であることはもちろん賞賛すべきですが、やはり最高にアッバレなのは、大きな不安を全く見せずに初球から強くバットを振ったヌートバーの勇気です。
3年後のWBCでは、今回以上のスペクタクルを期待しています。
今回のアメリカチームは少しスパイスが足りなかったから、次回はたっちゃんがキャプテンマークを付けて敵に回ってくれても歓迎します…多分。
まあ、そのときはちょっとは手加減して下さいね。
そんな候補者たち。
日本代表の資格を持ち、尚且つ日本代表入りに興味を示している複数のメジャーリーガーたちをオンラインで面接、選考したそうです。
サムライジャパンに外国人選手、メジャーリーガーを迎えることには、監督にも抵抗が全くなかったわけじゃなかったでしょう。

「中途半端なメジャーリーガーよりも優秀な選手は日本人にもいる。何よりも日本人の方がチームに溶け込むのが早い」。
「もし〝彼〟が機能しなかったら、メディアやファンの反発は必至、チームは空中分解する危険もある」。
不安を言い出したら、キリがありませんでした。
不安と迷いの中で始まったオンラインで面談でしたが、どのメジャーリーガーからも日本代表入りへの意欲がひしひしと感じられたそうです。
そして、1人の青年がモニター越しに顔を現したとき、栗山監督はなんとも言えない親しみを感じました。
「みんなは打ったから、ファインプレーしたから、彼が愛されたと思ってるかもしれないけど、こんなこと言っていいのかどうかわからないけど、彼の場合は実はそうじゃない、第一印象から違った」。
「Jのマークの帽子をかぶって出てくるんだもん。2006年の日米親善高校野球大会で日本の選手たちのホームステイ先だったそうで、そのときにもらった帽子を大切に持ってたみたいで」。
「帽子をかぶってなかったら?よく考えると。関係ないな、あの愛嬌は別格だよ」。
ただ…。彼のポジションは外野。
鈴木誠也、吉田正尚、近藤健介の誰かを外して、彼を入れたら、大きな議論を呼び、栗山監督は厳しい非難に晒されたでしょう。
もし…。鈴木誠也を主軸に擁する〝純血〟の布陣でキックオフしていたなら、もっと楽に優勝していたかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
もし…。ムードメーカーの鈴木がベンチにいたら、村上宗隆のスランプはあそこまで深くなかったかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
もし…。近藤がトップバッターをつとめていたら、彼よりも活躍して、高い打率を残していたかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
全ては「もし」の仮説です。
しかし、仮説でも結果論でもなく、はっきり言えることがあります。
事実です。
WBC初戦の中国戦、日本の初回の攻撃、トップバッターの打席。
1番が近藤なら初球は見送っていたはずです。近藤でなくても、負けられない大切な初戦の最初の一球です。
日本人なら、あの場面の初球から行くのは躊躇います。もちろん、近藤ほどのバッターですから、そのあとは好球必打でヒットを放っていた可能性大ですが。
現実には25歳のカリフォルニア生まれのアメリカ人が初球を叩いて、センター前ヒットを打ちました。
そして、塁上でペッバーミル・パフォーマンス。
初球を叩く積極性と、見慣れないペッパーミル・パフォーマンス。あんな花火を打ち上げられる選手は、彼しかいません。もちろん、大谷翔平を含めても。
あの瞬間,日本代表チームの中で大きな化学反応が起きたことは、テレビ画面越しに観ている私たちにもしっかり伝わって来ました。
たった一球、たった一本のヒット、たった一度の走塁とパフォーマンス。
わずか10秒もない時間だったかもしれません。
しかし、サムライジャパンが最高のリードオフマンを手に入れたと、ファンやメディアに確信させるには、それは十分すぎる時間でした。
こびりついた迷いや、硬直した不安を秒で溶かす男なんて、世界中探したって、そうはいません。
そして、一番大事なこと。
絶対に忘れてはいけないことは、栗山監督よりもメディアよりもファンよりも、一番不安を抱えていたのは、ラーズ、テイラー=タツジ・ヌートバーだったという、当たり前のことです。
母親と自分の夢であったとはいえ、言葉も通じない、顔も違う、知り合いもいないチームに、たった1人で飛び込むのです。
どんなに不安だったことでしょうか。迷いだってあったでしょう。
もし、活躍できなかったら…。私たちファンやメディアは、彼や栗山監督をネチネチ叩けばよいだけですが、彼にはどうすることもできません。
どんなに厳しい孤独を覚悟したことでしょうか。
そんな彼を合流初日に迎えたのは、栗山監督考案の「たっちゃんTシャツ」を着たチームメイトたちでした。
サムライジャパンのメンバーが素晴らしい大人であることはもちろん賞賛すべきですが、やはり最高にアッバレなのは、大きな不安を全く見せずに初球から強くバットを振ったヌートバーの勇気です。
3年後のWBCでは、今回以上のスペクタクルを期待しています。
今回のアメリカチームは少しスパイスが足りなかったから、次回はたっちゃんがキャプテンマークを付けて敵に回ってくれても歓迎します…多分。
まあ、そのときはちょっとは手加減して下さいね。
コメント
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フシ穴の眼
が
しました