後出しジャンケンと結果論。
前者は結果だけから騙られるズル、です。
後者は結果を受けて、なぜその結果になったのか、逆の結果を引き寄せる可能性はなかったのか?…失敗の本質をしっかり突き詰める〝論〟であれば、結果論は未来への貴重な贈り物です。
試合の大きなポイントは、より幅のあるスタイルを持つ寺地拳四朗がどうゲームを始めるか。
つまり、京口は〝後攻〟でした。
京口紘人も戦前から「ジャブを突いて距離を作って来るなら、踏み込んで距離をつぶす。(矢吹正道との再戦で見せたような)接近した打撃戦を仕掛けてくるなら、こっちの土俵」と語っていたように、ポイントははっきりわかっていました。
しかし、寺地のジャブの強さと精度、それを起点にした距離の作り方のうまさが想定外だったのかもかもしれません。
「下のクラスから上げてきたファイターと、上のクラスのジャバーの対決」と聞いて、すぐに思い浮かぶのは2009年のマニー・パッキャオvsミゲール・コットです。
あの夜のパッキャオも、昨夜の京口と同じように、相手が得意とするジャブの差し合いからゲームを始めました。
1ラウンドから、いきなり主力艦隊の主砲をぶっ放つような打撃戦はハグラーvsハーンズのようにサンプルはゼロではありませんが、極めてレアです。
ボクシングはジャブ、偵察機を飛ばすことから始めるのが基本です。
パッキャオと、京口がジャブの差し合いに付き合ったのは間違いではなく、正解でした。
しかし、パッキャオは、満員の観衆がスタンディングオベーションを送るほど素人目には拮抗して見えたジャブの差し合いを早々に捨て、3ラウンドには強引に接近して痛烈なダウンを奪います。
第1ラウンドで寺地のジャブの強さと精度を体感した京口が、Bプラン(本来ならAプラン)を発動するのが遅れたのとは、対照的でした。
京口からすると、大きなダメージはなくとも寺地のジャブでリズムとバランスを崩され、隙を広げられる前に、リスクを冒さなければなりませんでした。
京口の勝機は、ダウンを奪われたあと大逆襲に転じた第5ラウンドに見えますが、現実にはもっと浅いラウンドだったかもしれません。
昨夜の大一番で寺地は、大きなリスクを負わずに戦い抜きました。
京口は、寺地がリスクを負わざるを得ない状態に早い段階で追い込まなければなりませんでした。もちろん、それはより大きなリスクを選択することを意味します。
もちろん、現実には寺地のジャブをかいくぐってインファイトに持ち込もうとしたものの、出来なかった、それほど寺地のジャブを起点にした自分の空間作りが優れていたということでしょう。
相手より大きなリスクを取るのはビッグファイトになればなるほど難しいのは当然です。
「絶対に勝つ」よりも「絶対に負けたくない」という心理が働くのも当然です。
パッキャオもフロイド・メイウェザー戦で「絶対に勝つ」と大きなリスクを冒せませんでした。
肩の負傷は事実でも、言い訳です。
9-figure、1億ドル単位の報酬が約束されているのに、リスクを背負う理由が見つけられなかったのはパッキャオだけでなく、メイウェザーも同じでした。
あれは世界最高ファイター決定戦というプライドよりも、カネの存在だけが大きかった試合でした。
京口も「試合を受けたのはファイトマネーが破格だったから」と語っていましたが、実際にはプライドを賭けた戦いでした。
莫大なカネを手に入れたパッキャオにとって、あの敗北の傷はそこまで甚大ではなかったはずです。
しかし、破格のファイトマネーを手にしても、プライドを砕かれた京口にとって、昨夜の敗北はあまりにも深い傷になってしまいました。
もちろん、ボクシングはスポーツです。
スポーツには、本当に取り返しのつかない敗北などありません。
京口が失敗の本質を突きとめて、鮮やかに復活してくれることを願っています。
そして、寺地は次に進む大舞台でも「京口に勝った寺地はやっぱり強い」という試合を見せつけなければなりません。
一方的にも映った試合でしたが、京口も王者のプライドを、主審に止められる最後の最後まで見せた素晴らしい試合でした。
ベタな表現ですが、勝者はボクシングファンでした。
前者は結果だけから騙られるズル、です。
後者は結果を受けて、なぜその結果になったのか、逆の結果を引き寄せる可能性はなかったのか?…失敗の本質をしっかり突き詰める〝論〟であれば、結果論は未来への貴重な贈り物です。
試合の大きなポイントは、より幅のあるスタイルを持つ寺地拳四朗がどうゲームを始めるか。
つまり、京口は〝後攻〟でした。
京口紘人も戦前から「ジャブを突いて距離を作って来るなら、踏み込んで距離をつぶす。(矢吹正道との再戦で見せたような)接近した打撃戦を仕掛けてくるなら、こっちの土俵」と語っていたように、ポイントははっきりわかっていました。
しかし、寺地のジャブの強さと精度、それを起点にした距離の作り方のうまさが想定外だったのかもかもしれません。
「下のクラスから上げてきたファイターと、上のクラスのジャバーの対決」と聞いて、すぐに思い浮かぶのは2009年のマニー・パッキャオvsミゲール・コットです。
あの夜のパッキャオも、昨夜の京口と同じように、相手が得意とするジャブの差し合いからゲームを始めました。
1ラウンドから、いきなり主力艦隊の主砲をぶっ放つような打撃戦はハグラーvsハーンズのようにサンプルはゼロではありませんが、極めてレアです。
ボクシングはジャブ、偵察機を飛ばすことから始めるのが基本です。
パッキャオと、京口がジャブの差し合いに付き合ったのは間違いではなく、正解でした。
しかし、パッキャオは、満員の観衆がスタンディングオベーションを送るほど素人目には拮抗して見えたジャブの差し合いを早々に捨て、3ラウンドには強引に接近して痛烈なダウンを奪います。
第1ラウンドで寺地のジャブの強さと精度を体感した京口が、Bプラン(本来ならAプラン)を発動するのが遅れたのとは、対照的でした。
京口からすると、大きなダメージはなくとも寺地のジャブでリズムとバランスを崩され、隙を広げられる前に、リスクを冒さなければなりませんでした。
京口の勝機は、ダウンを奪われたあと大逆襲に転じた第5ラウンドに見えますが、現実にはもっと浅いラウンドだったかもしれません。
昨夜の大一番で寺地は、大きなリスクを負わずに戦い抜きました。
京口は、寺地がリスクを負わざるを得ない状態に早い段階で追い込まなければなりませんでした。もちろん、それはより大きなリスクを選択することを意味します。
もちろん、現実には寺地のジャブをかいくぐってインファイトに持ち込もうとしたものの、出来なかった、それほど寺地のジャブを起点にした自分の空間作りが優れていたということでしょう。
相手より大きなリスクを取るのはビッグファイトになればなるほど難しいのは当然です。
「絶対に勝つ」よりも「絶対に負けたくない」という心理が働くのも当然です。
パッキャオもフロイド・メイウェザー戦で「絶対に勝つ」と大きなリスクを冒せませんでした。
肩の負傷は事実でも、言い訳です。
9-figure、1億ドル単位の報酬が約束されているのに、リスクを背負う理由が見つけられなかったのはパッキャオだけでなく、メイウェザーも同じでした。
あれは世界最高ファイター決定戦というプライドよりも、カネの存在だけが大きかった試合でした。
京口も「試合を受けたのはファイトマネーが破格だったから」と語っていましたが、実際にはプライドを賭けた戦いでした。
莫大なカネを手に入れたパッキャオにとって、あの敗北の傷はそこまで甚大ではなかったはずです。
しかし、破格のファイトマネーを手にしても、プライドを砕かれた京口にとって、昨夜の敗北はあまりにも深い傷になってしまいました。
もちろん、ボクシングはスポーツです。
スポーツには、本当に取り返しのつかない敗北などありません。
京口が失敗の本質を突きとめて、鮮やかに復活してくれることを願っています。
そして、寺地は次に進む大舞台でも「京口に勝った寺地はやっぱり強い」という試合を見せつけなければなりません。
一方的にも映った試合でしたが、京口も王者のプライドを、主審に止められる最後の最後まで見せた素晴らしい試合でした。
ベタな表現ですが、勝者はボクシングファンでした。
コメント
コメント一覧 (5)
苦しいでしようね。京口紘人はそれなりに
魅力的だった。
フシ穴の眼
が
しました
京口はどの階級で再起するんでしょうね。
初の敗北があれじゃ結構メンタルきつそうです。
フシ穴の眼
が
しました