ボクシングは、他などのスポーツよりも「人種」「国籍」「階級」による差別が苛烈なスポーツです。
このスポーツで最も大きなビジネスになるのは「メキシコ人」で「人気階級」であることです。
打撃戦を厭わないスタイルが好まれるのは、二の次の話です。
もし、井上尚弥がメキシコ人ならエマヌエル・ナバレッテらよりも人気が出ていた可能性大です。それでも、軽量級にとどまる限りは、人気階級で大暴れしているカネロ・アルバレスとは比較にならない「小さなスターの一人」でおしまい。
しかし、現実には井上は、中国と韓国、日本の区別がつかない米国のボクシングファンにとってはどうでもいい外国人で、しかも彼らのほとんどは軽量級に全く興味がありません。
高校時代から注目されていた井上は日本で試合をする方が遥かに大きな報酬と注目を集めることが出来るのです。
木村翔のような日本でも無名のボクサーは、中国マネーにどっぷりつかったゾウ・シミンのホームリングに引っ張り上げられてしまいます。
上海オリエンタルスポーツセンターのロッカールームで、木村が口にしたのは井上や井岡一翔の口からは絶対に出てこない言葉でした。
「俺なんか日本でもうんこ。うんこ以下。俺を選んでくれたゾウ・シミンに感謝している」。
日本のプロボクサーは、誰もが井上や井岡に憧れて世界王者を目指します。
誰も自分を「うんこ」なんて言いたくありません。
完全Bサイドを自覚して、敵地に乗り込み、Aサイドに謝辞を送り、誰も期待していなかった結果を起こしたことを大観衆にお詫びする。
絶望的不利と言われた木村でしたが、中国の英雄を11ラウンドでストップします。
日本人が敵地で世界王座を獲得したのは、1981年の三原正(ニューヨーク州ロチェスター:WBAジュニアミドル級王者決定戦/vsロッキー・フラット)以来、36年ぶりの大快挙でした。
そんな、日本では〝大快挙〟が、快挙ではなく当たり前の国があります。
貧しい国の、出稼ぎ根性丸出しの、フィリピンです。
〝貴族ボクサー〟井上のような永遠のAサイドになれるわけもない、フィリピンの〝うんこボクサー〟たちの軌跡を振り返ります。
初めて世界王者になったアジア人はパンチョ・ビラでした。
1923年6月18日に、ニューヨークは伝説のポロ・グラウンズでフライ級王者ジミー・ワイルドをお大番狂わせのノックアウト。
そして、世界ミドル級王者セフェリノ・ガルシアは、ロスアンゼルスのギルモア・スタジアムで、あのヘンリー・アームストロングの4階級制覇を阻む大番狂わせのドロー防衛に成功。
元祖〝フィリピンの閃光〟フラッシュ・エロルデが、いずれも敗れたとはいえ、50〜60年代にフェザー級でサンディ・サドラー、ライト級でカルロス・オルチスという神話級の強豪と激闘を繰り広げたのは、米国を揺るがした〝大番狂わせ〟に数えて差し支えないでしょう。
ローランド・パスクワは1990年12月19日に〝番狂わせの館〟カリフォルニア州イングルウッドのグレート・ウェスタン・フォーラムでWBCジュニアフライ級王者ウンベルト・ゴンザレスをまさかまさかの6ラウンドKO!。
エドウィン・ロサリオをメキシコで粉砕、WBAジュニアウェルター級王者となった平仲明信を、1992年9月9日に日本武道館で大番狂わせに沈めたのはモーリス・イーストでした。
1996年3月1日、WBCフェザー級王者ルイシト・エスピノサが完全敵地のメキシコ・グアダラハラで、3年前にノックアウト負けしている最強挑戦者アレハンドロ〝コブリータ(コブラ)〟ゴンザレスを4ラウンドKOの大番狂わせ。
1998年12月4日にはマニー・パッキャオが敵地タイで、PFPファイターだったユーリ・アルバチャコフからWBCフライ級王座を奪ったチャチャイ・ダッチボーイジムを大番狂わせの大逆転KO。
パッキャオは2001年6月23日、ラスベガスMGMグランドガーデンアリーナでIBFジュニアフェザー級王者リーロ・レジャバを大番狂わせでストップし、米国デビュー。
パッキャオは番狂わせの舞台を米国のビッグファイト、そして人気階級に移していきます。
2007年7月7日にはノニト・ドネアが、当時フライ級最強と目されたPFPファイター、ビック・ダルチニアンを衝撃的なKOで撃沈します。
ドネアの衝撃から1ヶ月、8月11日にはジェリー・ペニャロサが、WBOバンタム級王者ジョニー・ゴンザレスをKO。すでに、評価がぐらついていたジョニゴンを、奈落の底に叩き落とした番狂わせでした。
2012年3月2日ソニー・ボーイ・ハロが、PFPファイターのポンサクレック・ウォンジョンカムを敵地タイで6ラウンドストップ、大番狂わせを起こします。
最近でもレイマート・ガバリョがエマヌエル・ロドリゲスを番狂わせで下し、マーク・マグサヨはゲイリー・ラッセルJr.の長期安定政権を転覆させました。
日本では世界王者を日本のリングに引っ張り上げて挑戦するのが当たり前ですが、フィリピンではそれは異例です。
井上尚弥や井岡一翔のような日本の貴族ボクサーは、危険な相手とアウエーで戦う必要などありません。
彼らは汚らわしい〝うんこボクサー〟ではないのです。
冒険的な相手からのオファーには「縁がなかった」と逃亡して、不人気階級で変な相手を叩きのめしていたらいいのです。それでも、誰も非難することはありません。
当たり前です。井上も井岡も、日本のエースは欧米で不人気の軽量級でも、日本では貴族階級なのですから。
このスポーツで最も大きなビジネスになるのは「メキシコ人」で「人気階級」であることです。
打撃戦を厭わないスタイルが好まれるのは、二の次の話です。
もし、井上尚弥がメキシコ人ならエマヌエル・ナバレッテらよりも人気が出ていた可能性大です。それでも、軽量級にとどまる限りは、人気階級で大暴れしているカネロ・アルバレスとは比較にならない「小さなスターの一人」でおしまい。
しかし、現実には井上は、中国と韓国、日本の区別がつかない米国のボクシングファンにとってはどうでもいい外国人で、しかも彼らのほとんどは軽量級に全く興味がありません。
高校時代から注目されていた井上は日本で試合をする方が遥かに大きな報酬と注目を集めることが出来るのです。
木村翔のような日本でも無名のボクサーは、中国マネーにどっぷりつかったゾウ・シミンのホームリングに引っ張り上げられてしまいます。
上海オリエンタルスポーツセンターのロッカールームで、木村が口にしたのは井上や井岡一翔の口からは絶対に出てこない言葉でした。
「俺なんか日本でもうんこ。うんこ以下。俺を選んでくれたゾウ・シミンに感謝している」。
日本のプロボクサーは、誰もが井上や井岡に憧れて世界王者を目指します。
誰も自分を「うんこ」なんて言いたくありません。
完全Bサイドを自覚して、敵地に乗り込み、Aサイドに謝辞を送り、誰も期待していなかった結果を起こしたことを大観衆にお詫びする。
絶望的不利と言われた木村でしたが、中国の英雄を11ラウンドでストップします。
日本人が敵地で世界王座を獲得したのは、1981年の三原正(ニューヨーク州ロチェスター:WBAジュニアミドル級王者決定戦/vsロッキー・フラット)以来、36年ぶりの大快挙でした。
そんな、日本では〝大快挙〟が、快挙ではなく当たり前の国があります。
貧しい国の、出稼ぎ根性丸出しの、フィリピンです。
〝貴族ボクサー〟井上のような永遠のAサイドになれるわけもない、フィリピンの〝うんこボクサー〟たちの軌跡を振り返ります。
初めて世界王者になったアジア人はパンチョ・ビラでした。
1923年6月18日に、ニューヨークは伝説のポロ・グラウンズでフライ級王者ジミー・ワイルドをお大番狂わせのノックアウト。
そして、世界ミドル級王者セフェリノ・ガルシアは、ロスアンゼルスのギルモア・スタジアムで、あのヘンリー・アームストロングの4階級制覇を阻む大番狂わせのドロー防衛に成功。
元祖〝フィリピンの閃光〟フラッシュ・エロルデが、いずれも敗れたとはいえ、50〜60年代にフェザー級でサンディ・サドラー、ライト級でカルロス・オルチスという神話級の強豪と激闘を繰り広げたのは、米国を揺るがした〝大番狂わせ〟に数えて差し支えないでしょう。
ローランド・パスクワは1990年12月19日に〝番狂わせの館〟カリフォルニア州イングルウッドのグレート・ウェスタン・フォーラムでWBCジュニアフライ級王者ウンベルト・ゴンザレスをまさかまさかの6ラウンドKO!。
エドウィン・ロサリオをメキシコで粉砕、WBAジュニアウェルター級王者となった平仲明信を、1992年9月9日に日本武道館で大番狂わせに沈めたのはモーリス・イーストでした。
1996年3月1日、WBCフェザー級王者ルイシト・エスピノサが完全敵地のメキシコ・グアダラハラで、3年前にノックアウト負けしている最強挑戦者アレハンドロ〝コブリータ(コブラ)〟ゴンザレスを4ラウンドKOの大番狂わせ。
1998年12月4日にはマニー・パッキャオが敵地タイで、PFPファイターだったユーリ・アルバチャコフからWBCフライ級王座を奪ったチャチャイ・ダッチボーイジムを大番狂わせの大逆転KO。
パッキャオは2001年6月23日、ラスベガスMGMグランドガーデンアリーナでIBFジュニアフェザー級王者リーロ・レジャバを大番狂わせでストップし、米国デビュー。
パッキャオは番狂わせの舞台を米国のビッグファイト、そして人気階級に移していきます。
2007年7月7日にはノニト・ドネアが、当時フライ級最強と目されたPFPファイター、ビック・ダルチニアンを衝撃的なKOで撃沈します。
ドネアの衝撃から1ヶ月、8月11日にはジェリー・ペニャロサが、WBOバンタム級王者ジョニー・ゴンザレスをKO。すでに、評価がぐらついていたジョニゴンを、奈落の底に叩き落とした番狂わせでした。
2012年3月2日ソニー・ボーイ・ハロが、PFPファイターのポンサクレック・ウォンジョンカムを敵地タイで6ラウンドストップ、大番狂わせを起こします。
最近でもレイマート・ガバリョがエマヌエル・ロドリゲスを番狂わせで下し、マーク・マグサヨはゲイリー・ラッセルJr.の長期安定政権を転覆させました。
日本では世界王者を日本のリングに引っ張り上げて挑戦するのが当たり前ですが、フィリピンではそれは異例です。
井上尚弥や井岡一翔のような日本の貴族ボクサーは、危険な相手とアウエーで戦う必要などありません。
彼らは汚らわしい〝うんこボクサー〟ではないのです。
冒険的な相手からのオファーには「縁がなかった」と逃亡して、不人気階級で変な相手を叩きのめしていたらいいのです。それでも、誰も非難することはありません。
当たり前です。井上も井岡も、日本のエースは欧米で不人気の軽量級でも、日本では貴族階級なのですから。

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フシ穴の眼
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