12月9日からWOWOWが放送してくれる「黄金の中量級」。

「これを見てボクシングの世界に憧れた人、多いでしょうね。私もその一人です」(西岡利晃)。

私が世界のボクシングに取り憑かれたのもまた、FOUR KINGSでした。彼らの総当たりに戦酔い痴れながら、世界のボクシングに惹き込まれてゆきました。
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私の場合は当時中高生、非常にタイミング良く、学校図書館でスポーツイラストレイティッド誌やリング誌がバックナンバーも含めて読み放題な環境にありました。

ラスベガスのシーザースパレスを中心に繰り広げられたメガファイトを、日米の空気を感じながら堪能することが出来たのです。

もし、あれが今なら、あそこまでのめり込んでいたかどうか分かりません。他のアメリカ・スポーツの虜になっていた可能性大です。

当時はWOWOWなど影も形もなく、テレビ大阪でディレイ放送される試合を正座して見ていたものでした。

関西で放送してくれないカードも多く、インターネットもありません。試合結果ですら、翌日の新聞スポーツ欄で知る時代です。

当時はメガファイトはもちろん、ボクシング世界戦の結果は一般紙でも結果だけはレポートされていました。

ハグラーの防衛戦など、メガファイトは写真付きで報じられました。

レナードvsハーンズや、レナードvsハグラーが決定したときは、夕刊の社会面でも大きなスペースを割く、異例の報道ぶりでした(当時の夕刊には常設スポーツ欄はありません)。

昨日のカネロのメガファイトを読売新聞朝刊は10行でしか伝えませんでした。かつてのレナードやハグラーと、今のカネロでは日本での認知にも巨大な差が出来てしまっているので、当然といえば当然ですが、隔世の感があります。

そんな、当時の日米でのボクシングのステイタスの高さに加えて、見たいのに見れない、試合結果すらわからないというもどかしさも、FOUR KINGSたちへの憧憬を増幅させていたのかもしれません。

Number誌も定期的に米国ボクシングの特集号を出していた時代。

あの頃の米国ボクシングは今よりも何十倍も輝いていました。

だというのに…当時ですら、米国ボクシングは衰退していると伝えるスポーツイラストレイティッドやリング誌には違和感しか覚えませんでした。

そう、私はモハメド・アリを知らないボクシングファンでした。

何はともあれ、私にとって世界のボクシングと遭遇させてくれたのがFOUR KINGSと彼らを取り巻く素晴らしい脇役たちです。

WOWOWが放送してくれることに欣喜雀躍しながら、ウェルター級とミドル級が最も熱かった時代を振り返ってゆきます。