今回は「ボクマガを並べる」から趣向を変えて「『ボクマガ』と『リング誌』を並べる」。

クローズアップするのは2012年10月13日、カリフォルニア州で行われた西岡利晃のラストファイト。

西岡が追い求め続けた文句なしの強豪、ノニト・ドネアとの決戦です。

この試合結果をレポートしたボクシングマガジン12月号と、リング誌は翌2013年1月号を並べました。
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現在の村田諒太や井上尚弥も、このときの西岡利晃も長谷川穂積も、そしてもしかしたら亀田興毅も、リングに賭ける思いは一つだったのかもしれません。

「どうしたら俺は評価されるのか?」。

村田は世界的人気階級で「ビッグネームを打ち倒すこと」に〝それ〟を追求してます。

欧米で注目度が低い階級に甘んじる井上は「完全統一王者」になることで〝それ〟の実現を目指しています。

興毅は〝それ〟を「5階級制覇したら文句ないやろ!」と言い放ちましたが、いまの時代、何階級制覇しようが真の評価につながりません。

長谷川は、軽量級には憧れのラスベガスなどないことを突きつけられ「ラスベガスを日本に呼ぶ」ことに〝それ〟を見出し、4団体時代としては考えられない緊張感のある世界戦を実現しました。

そして、西岡の〝それ〟は最も具体的で「ノニト・ドネア」でした。

村田と井上はまだ、偉大な旅の途中。

興毅は「5階級制覇」の前の「4」にも至らず蹉跌してしまいました。

長谷川はありえないはずの〝バンタム級のラスベガス〟を日本武道館に引っ張り込み、圧倒的有利と見られていましたが、結果は惨敗でした。

西岡も惨敗だったとはいえ、こちらは最初から圧倒的不利とみられたリング。ある意味、勝敗は関係なく、ドネアとの試合を成立させた時点で、西岡は〝それ〟を掴んでいたのかもしれません。
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ちなみに「西岡vsドネア」をレポートしたのは、リング誌2013年1月号。

そうです、経営難に喘ぎながらも「年間ベストファイター100」なんて素晴らしい企画を掲載してくれていた1月号です。

リング誌の「年間PFP100」です…。リング誌に限らずPFPがいかにバカらしいものかが、わかる企画ですが…バカらしいのが大好きな性分なので毎年楽しみにしてたのに、悲しいことにリストラされてしまいました。

西岡は堂々27位。カネロが24位、ホプキンス25位、GGGは29位だったんです。アントニオ・デマルコはホルヘ・リナレスを大番狂わせで破って33位。
 
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当時のリング誌はラウンドガールのグラビアページを4ページにわたってコーナーにしてました。

廃止されてしまったのは〝このご時世〟というよりも、リング誌の経営難からのページ削減でカットされたのでしょう。

このキ二・リーさんはアジア系っぽいのであれですが、当時は白人でもなんでも「好きなファイター」はみんな「マニー・パッキャオ」で、一般的には差別され、リングでは弱いと決めつけられていたアジア人がこんなとこでも(失礼)好かるようになったんだと嬉しくなったのを思い出します。 

しかし、こんなグラビアページ、日本では冗談でもありえないです。