マイク・タイソンvsロイ・ジョーンズJr.。
2分8ラウンドのエキシビションは、見苦しい茶番劇ではありませんでした。
レジェンドがファンを楽しませるため、あるいは世界の沈滞ムードに光を差し込ませるために、舞台に戻って来る。
エキシビションにレジェンドが登場するーーその最も素晴らしい例の一つがテニスでしょう。
ビョルン・ボルグやジョン・マッケンローらが対決、ときには錦織圭ら現役選手ともラリーを繰り広げてファンにかけがえのない時間をプレゼントする。そして、その多くがチャリティマッチです。
そこには「どちらが勝つのか?」は二の次。ましてや「残酷なショーになるかもしれないことをどこか期待する」なんてことはありえません。
「期待以上の予定調和」それがエキシビション本来の醍醐味です。
その意味で「タイソンvsジョーンズ」は、すばらしいチャリティマッチで、ボクシング界も一歩前に進めたのではないでしょうか。
その対極が「フロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガー」のような、引退したボクサーとボクシングど素人の総合格闘家がボクシングルールで戦う、世界基準のパフォーマンスから掛け離れた茶番劇です。
最も敬意が払われるべきは、現役選手による世界最高峰のギリギリの戦いです。もっと具体的に言うと、そこにこそ最高の注目と報酬が用意されなければなりません。
ましてや、茶番劇が世界最高峰の戦いに水を差すなんて論外です。
「メイウェザーvsマクレガー」が「ミゲール・コットvs亀海喜寛」を潰したのはもちろん「ゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス」の興行にも悪影響を与え、YouTuberの試合が「井上尚弥vsノニト・ドネア」よりも大きな注目を集める…そんなこと他のスポーツでは考えられません。
そんなジレンマを少し慰めてくれたのが「タイソンvsロイ」でした。
あの「判定」も含めて、茶番劇フリークの方々には物足りなかったかもしれませんが。
それにしても、WBCは趣味が悪過ぎます。
2分8ラウンドのエキシビションは、見苦しい茶番劇ではありませんでした。
レジェンドがファンを楽しませるため、あるいは世界の沈滞ムードに光を差し込ませるために、舞台に戻って来る。
エキシビションにレジェンドが登場するーーその最も素晴らしい例の一つがテニスでしょう。
ビョルン・ボルグやジョン・マッケンローらが対決、ときには錦織圭ら現役選手ともラリーを繰り広げてファンにかけがえのない時間をプレゼントする。そして、その多くがチャリティマッチです。
そこには「どちらが勝つのか?」は二の次。ましてや「残酷なショーになるかもしれないことをどこか期待する」なんてことはありえません。
「期待以上の予定調和」それがエキシビション本来の醍醐味です。
その意味で「タイソンvsジョーンズ」は、すばらしいチャリティマッチで、ボクシング界も一歩前に進めたのではないでしょうか。
その対極が「フロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガー」のような、引退したボクサーとボクシングど素人の総合格闘家がボクシングルールで戦う、世界基準のパフォーマンスから掛け離れた茶番劇です。
最も敬意が払われるべきは、現役選手による世界最高峰のギリギリの戦いです。もっと具体的に言うと、そこにこそ最高の注目と報酬が用意されなければなりません。
ましてや、茶番劇が世界最高峰の戦いに水を差すなんて論外です。
「メイウェザーvsマクレガー」が「ミゲール・コットvs亀海喜寛」を潰したのはもちろん「ゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス」の興行にも悪影響を与え、YouTuberの試合が「井上尚弥vsノニト・ドネア」よりも大きな注目を集める…そんなこと他のスポーツでは考えられません。
そんなジレンマを少し慰めてくれたのが「タイソンvsロイ」でした。
あの「判定」も含めて、茶番劇フリークの方々には物足りなかったかもしれませんが。
引き分けドローが大前提のexhibition、二人に贈るためにベルトをあらかじめ2本用意するのは問題ありません。
「パンデミックの最前線=フロントライン」で戦う人々を勇気づける「フロントライン」ベルトも、WBCとは思えないタイムリーでハイセンスです。
しかし、バックルに大きく刻まれていたのは「ブラック・ライブズ・マター」。
しかし、バックルに大きく刻まれていたのは「ブラック・ライブズ・マター」。
どんな神経してるんでしょうか。



コメント
コメント一覧 (2)
2人が黒人だからですか?
フシ穴の眼
が
しました
その相手がNBA選手というのはまあよくわかりませんが……。
フシ穴の眼
が
しました