昨日、MGMグランド・カンファレスセンターで行われた無観客試合、フェザー級6回戦でロベイシ・ラミレスがデビュー戦で敗れたアダン・ゴンザレスに雪辱しました。

先月に続いてThe Bubble と名付けられた会議室の特設リングに上がったラミレスは、荒々しく手数を振るうゴンザレスを冷静にさばいて、三者一致の60−54の完封勝利。
Punch Stats
PUNCHESRAMIREZGONZALES
Total landed6255
Total thrown192250
Percent32%22%
Jabs landed83
Jabs thrown6936
Percent12%8%
Power landed5452
Power thrown123214
Percent44%24%
 Courtesy of CompuBox
イスマエル・サラスを新トレーナーに迎えたキューバの天才は「これで敗北を帳消しにできた」と喜びましたが " The one thing that was missing was that one big shot." (倒しきれなかった)という本人の言葉通りの内容でした。

ロンドン、リオで五輪2連覇のエリートアマ、ラミレスは「史上最高のアマチュアボクサー」と騒がれ、100万ドルという契約金でトップランクからプロデビューしましたが、いきなり敗北。

今回は、綺麗にリベンジに成功した形です。トップランクと業務提携しているESPNも「これで新章スタート!」と評価していますが、先行きは不安ですね。



ボクシングに野球、サッカー…日本のプロスポーツでも優秀なアマチュア実績を提げてプロ入りしても鳴かず飛ばず…という〝孵化しない金の卵〟は珍しくありません。

今夜のお話はトーマス・ハウザーが寄稿したばかりの Should Amateur Records Count in Evaluating Greatness?。

それにしても、どうしてエリートアマがプロで伸び悩むのか?



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アマチュアで傑出した成績を収めた若者が鳴り物入りでプロの世界に招かれるのは、アメリカンフットボールやバスケットボールの世界でも変わらない。

しかし、NFLやNBAの華やかなドラフト会議が選手人生のピークだったというエリートアマも珍しくない。

ボクシングの世界では、フィデル・カストロが革命を起こす以前からキューバはエリートアマの宝庫だった。

しかし、アマチュアで飛び抜けた彼らが、プロでもそのままの実績を残したことは、実は一つの例もない。

その原因はどこにあるのか?

理由は一つじゃないと多くの人は考えるが、突き詰めると「プロとアマでは求められるものが違う」ということだ。

テオフィモ・ステベンソンは史上最強のパワーボクサーだった。しかし、彼は3ラウンドルールで、多くの相手は彼の強打をいかにして避けるかに囚われた経験の浅い若いボクサーだった。

多くの専門家は一度も打たれていない彼のアゴを疑問視していた。

ステベンソンが偉大なアマチュアボクサーであることは、否定のしようがない。しかし、彼が長丁場のプロのリングに耐えられるだけの肉体と精神を持っていたかどうかは永遠にわからない。

マーク・ブリーランドは80年代最高のエリートアマだった。その戦績は110勝73KO1敗。唯一の敗北も3−2のスプリットデジション。1984年のロス五輪で金メダルを獲得してプロ入りした。

しかし、プロでは世界タイトルのピースは拾い上げたが、それ以上の存在にはなれなかった。

ハワード・デービスも125勝5敗、モントリオール五輪金メダルで全階級通じての最高選手賞(バル・バーカー杯)まで獲得した恐るべきアマ実績を引っさげてプロの世界に飛び込んだ。

CBSテレビはデービスに150万ドルの契約金を用意した。

モントリオールではシュガー・レイ・レナードにスピンクス兄弟も金メダルを獲ったが、彼らを凌ぐ評価を得ていた。しかし、プロでは3度の世界挑戦をいずれも実らせることが出来なかった。

Fighters restart when they turn pro. アマチュアからプロになるとき、ゼロから始める意識を持つことだ。

シュガー・レイ・ロビンソンは85勝69KO無敗のアマ戦績でプロ入りしたが、デビュー戦の相手は4勝17敗のジョー・エチェバリア。プロに順応するのに必要なプロセスだった。

アマチュアのトップは多くのプロよりも技術的には優れている。しかし、多くのアマチュアはプロのようにパンチを強打しないし、パンチへの耐久力もない。

モハメド・アリがプロ入りしてから順応していく様子は見事なものだった。

アマチュアで培った高等技術はプロで戦う上で邪魔にはならないが、それだけは大きな成功は約束されない。

キューバのエリートアマは相当に若い年齢で五輪の金メダルを掴む。ステベンソンとギレルモ・リゴンドーは20歳、ホエル・カサマヨルは21歳。

その時点で即プロ入りしていたら、もっと効果的にプロ仕様の戦い方を習得できたかどうか?それは誰にもわからない。

ワシル・ロマチェンコの唯一の黒星はプロでの成果を急ぎすぎた結果だった。彼はPFPキングの座に上り詰めたが、アマチュア時代の絶対的な存在感は、プロのリングでは失せてしまっている。


アマチュアとプロ。どちらも構造的に大きな欠陥を抱えているが、アマチュアには世界一を決める五輪があり、世界選手権がある。

プロでアルファベット団体の王者になるのと、五輪や世界選手権で金メダルを獲るのでは難易度が全く違う。

…だとすると、プロとアマはルール上で幾つかの〝齟齬〟がある〝別の〟スポーツと考えることが出来るのではないか?

もし、そうであるなら…一人のボクサーを評価するとき、アマとプロ、二つの方向から合算採点するのが適切ではないのか? 

例えば、ブリーランドは「プロでは大成しなかった」と烙印を押されることがある。もし、彼に途轍もないアマチュア実績がなければ「スピードとキレが抜群のウェルター級王者」と評価されていたはずだ。

つまり、ブリーランドのケースでは卓越したアマチュア実績が〝幻滅材料〟として、ボクサーとしての評価にマイナス作用している。 

こんなことがあって、いいのだろうか…?