原始、ボクシングには無差別級しかありませんでした。
そこには、階級などその概念すら存在しませんから「無差別級」という言葉もありませんでした。
そして19世紀になると階級制の概念が生まれ、ミドル級とライト級が創設、無差別級(という名前もなかったのですが)はヘビー級という固有名詞を得ます。
「重いクラス」「真ん中のクラス」「軽いクラス」。
日本では「ライト級」を「中量級」、ときには「重量級」と呼ぶことまでありますが、言語的にはおかしな話です。
そして19世紀になると階級制の概念が生まれ、ミドル級とライト級が創設、無差別級(という名前もなかったのですが)はヘビー級という固有名詞を得ます。
「重いクラス」「真ん中のクラス」「軽いクラス」。
日本では「ライト級」を「中量級」、ときには「重量級」と呼ぶことまでありますが、言語的にはおかしな話です。
米国ではオスカー・デラホーヤとフロイド・メイウェザーを「軽量級に光を当てた」と表現することがありますが、彼らがスタートしたのはジュニアライトからでした。
全17階級で見るとライト級は9番目、ちょうど真ん中ですが、重量級の層が薄い日本でフェザーを中量級、ミドルを重量級に当てはめることがあるように、ライト以下が軽量級というのが欧米の思考です。
バンタム級も産み落とされた階級制という極めてスポーツライクな考え方が、グローブ着用などクイーンズベリールールに発展することはある意味、必然の成り行きでした。
20世紀初頭には出揃ったオリジナル8。最初の8階級。
20世紀初頭には出揃ったオリジナル8。最初の8階級。
記録に残る最初の世界王者が生まれた刻から順番に伝統のクラスの歴史を簡単に振り返ります。、
いずれも100年以上前のおとぎ話です。
オリジナル8の初代チャンピオンが誰なのか?は、いずれの階級でも「諸説あり」。
ここで紹介するのはリング誌をベースにした諸説の一つです。
本来なら、ファンタジーらしくもっと深く潜行して紹介したいところですが、それはまたの機会に。
①ヘビー級(1882年:ジョン・L・サリバン)
1867年にクイーンズベリールールが発表されてから15年、1882年にアイルランド移民の両親を持つサリバンがパディ・ライアンを倒して最後のベアナックル王者となります。
グローブルールでの世界王者誕生にはさらに10年後の1892年、ジェームス・J・コーベットがサリバンを21ラウンド!!!KOするまで待たなければなりませんでした。
②ミドル級(1886年:ノンパラレル=天下無双=ジャック・デンプシー)
初代王者は誰もが知ってるアイルランド生まれのノンパラレル。のちのヘビー級王者がその名前をあやかったほど伝説的に強い王者でした。このクラスが特別であることは、こんな歴史からも垣間見えてきます。
まだベアナックルとグローブのルールが液状化していた19世紀後半、ミドル級の上限も154ポンド→158ポンドと変遷、現在の160ポンドは、1891年にノンパラレルをKOしたボブ・フィッツモンズが最初に戴冠します。
③ウェルター級(1888年:パディー・ダフィー)
ベアナックルとグローブの過渡期に君臨したダフィーもやはりアイルランド系。
1888年にビリー・マクミランと争った試合はクイーンズベリールールにのっとった史上初の世界タイトルマッチでした…そうなんです、ウェルター級の歴史も以外と古いのです。
④ライト級(1896年:ジョージ・キッド・ラビーン)
ベアナックルの時代から息づく伝統のクラスです。1887年のジャック・マカリーフェvsジェム・カーニーの議論を呼ぶ不可解なジャッジ(カーニーが優勢に進めた試合は74ラウンド!!!の引分け判定)。
9年後にラビーンがディック・バージを17ラウンドKOして、グローブをつけた最初のライト級王者になりました。
⑤バンタム級(1889年:チャッピー・モラン)
もともとフェザー級以下の超軽量級はリミット体重の確定が遅れていましたが、バンタム級ほどコロコロ変わったクラスはありません。
今のフライ級の112ポンドから1ポンド刻みで上がり、ようやく118ポンドに落ち着いたのは1915年のことでした。
しかし、最初に世界「バンタム」級タイトルマッチ、モランvsトミー・ケリーが行われたのはフェザー級よりも1年早い1889年。19世紀に産声をあげた伝統の階級です。
⑤フェザー級(1890年:ビリー・マーフィー)
ライト(軽量級)よりも軽いフェザー(鳥の羽)級の世界タイトルマッチは1889年、またまたアイルランドのアイク・ウィアーとフランク・マーフィーによって争われましたが、80ラウンド!!!の激闘の末ドロー。
翌年、ウィアーは圧倒的有利と見られたビリー・マーフィーとの初代王者決定戦で14ラウンドでKOされ、番狂わせに沈みます。
ジョージ・ディクソン、ウィリー・ペップ、サンディ・サドラー、サルバドル・サンチェス、マルコ・アントニオ・バレラ…恐るべきファイターを輩出し続けているのは超軽量級の元祖という伝統なのかもしれません。
⑦ライトヘビー級(1903年:ジャック・ルート)
オリジナル8で7番目に創設されたのがライトヘビー級です。1903年、シカゴの新聞記者ルー・ハウスマンが考案した階級。子飼いのジャック・ルートをキッド・マッコイに10ラウンド判定で勝たせて初代王者に就けました。
「光のヘビー級、影のライトヘビー」。「ライトヘビー級王者はヘビー級王者になれない」…このクラスにつきまとう言葉やジンクスは後ろ向きなものばかりでしたが、バランスのとれた名選手を多いことは、現代でも簡単に想像できるでしょう。
⑧フライ級(1913年:ジド・スミス)
「バンタム級」と一括りにされ、リミットもまちまちだったフェザー級未満の「超軽量級」の最初の世界タイトルマッチは1913年のスミスvsウジェーヌ・クリキ(スミスの20ラウンド判定勝ち)。
現行の112ポンドで王者になったのは、今なお異常に評価の高いジミー〝マイティアトム〟ワイルド。このワイルドから衝撃的なタイトル奪取を演じたパンチョ・ビラによって、アジアのボクシングが夜明けを迎えるのです。
素人的には、オリジナル8で最後の階級はライトヘビーだと思い込みがちですが、フライ級です。
思いっきり、話が横道に逸れました…。
次こそは、バンタム級のオールタイムPFPは誰なのか?に迫ります。
いずれも100年以上前のおとぎ話です。
オリジナル8の初代チャンピオンが誰なのか?は、いずれの階級でも「諸説あり」。
ここで紹介するのはリング誌をベースにした諸説の一つです。
本来なら、ファンタジーらしくもっと深く潜行して紹介したいところですが、それはまたの機会に。
①ヘビー級(1882年:ジョン・L・サリバン)
1867年にクイーンズベリールールが発表されてから15年、1882年にアイルランド移民の両親を持つサリバンがパディ・ライアンを倒して最後のベアナックル王者となります。
グローブルールでの世界王者誕生にはさらに10年後の1892年、ジェームス・J・コーベットがサリバンを21ラウンド!!!KOするまで待たなければなりませんでした。
②ミドル級(1886年:ノンパラレル=天下無双=ジャック・デンプシー)
初代王者は誰もが知ってるアイルランド生まれのノンパラレル。のちのヘビー級王者がその名前をあやかったほど伝説的に強い王者でした。このクラスが特別であることは、こんな歴史からも垣間見えてきます。
まだベアナックルとグローブのルールが液状化していた19世紀後半、ミドル級の上限も154ポンド→158ポンドと変遷、現在の160ポンドは、1891年にノンパラレルをKOしたボブ・フィッツモンズが最初に戴冠します。
③ウェルター級(1888年:パディー・ダフィー)
ベアナックルとグローブの過渡期に君臨したダフィーもやはりアイルランド系。
1888年にビリー・マクミランと争った試合はクイーンズベリールールにのっとった史上初の世界タイトルマッチでした…そうなんです、ウェルター級の歴史も以外と古いのです。
④ライト級(1896年:ジョージ・キッド・ラビーン)
ベアナックルの時代から息づく伝統のクラスです。1887年のジャック・マカリーフェvsジェム・カーニーの議論を呼ぶ不可解なジャッジ(カーニーが優勢に進めた試合は74ラウンド!!!の引分け判定)。
9年後にラビーンがディック・バージを17ラウンドKOして、グローブをつけた最初のライト級王者になりました。
⑤バンタム級(1889年:チャッピー・モラン)

今のフライ級の112ポンドから1ポンド刻みで上がり、ようやく118ポンドに落ち着いたのは1915年のことでした。
しかし、最初に世界「バンタム」級タイトルマッチ、モランvsトミー・ケリーが行われたのはフェザー級よりも1年早い1889年。19世紀に産声をあげた伝統の階級です。
⑤フェザー級(1890年:ビリー・マーフィー)
ライト(軽量級)よりも軽いフェザー(鳥の羽)級の世界タイトルマッチは1889年、またまたアイルランドのアイク・ウィアーとフランク・マーフィーによって争われましたが、80ラウンド!!!の激闘の末ドロー。
翌年、ウィアーは圧倒的有利と見られたビリー・マーフィーとの初代王者決定戦で14ラウンドでKOされ、番狂わせに沈みます。
アイルランドのカール・フランプトンもこのクラスでFighter Of The Year を獲得したグレートです。
ジョージ・ディクソン、ウィリー・ペップ、サンディ・サドラー、サルバドル・サンチェス、マルコ・アントニオ・バレラ…恐るべきファイターを輩出し続けているのは超軽量級の元祖という伝統なのかもしれません。
⑦ライトヘビー級(1903年:ジャック・ルート)
オリジナル8で7番目に創設されたのがライトヘビー級です。1903年、シカゴの新聞記者ルー・ハウスマンが考案した階級。子飼いのジャック・ルートをキッド・マッコイに10ラウンド判定で勝たせて初代王者に就けました。
「光のヘビー級、影のライトヘビー」。「ライトヘビー級王者はヘビー級王者になれない」…このクラスにつきまとう言葉やジンクスは後ろ向きなものばかりでしたが、バランスのとれた名選手を多いことは、現代でも簡単に想像できるでしょう。
⑧フライ級(1913年:ジド・スミス)
「バンタム級」と一括りにされ、リミットもまちまちだったフェザー級未満の「超軽量級」の最初の世界タイトルマッチは1913年のスミスvsウジェーヌ・クリキ(スミスの20ラウンド判定勝ち)。
現行の112ポンドで王者になったのは、今なお異常に評価の高いジミー〝マイティアトム〟ワイルド。このワイルドから衝撃的なタイトル奪取を演じたパンチョ・ビラによって、アジアのボクシングが夜明けを迎えるのです。
素人的には、オリジナル8で最後の階級はライトヘビーだと思い込みがちですが、フライ級です。
思いっきり、話が横道に逸れました…。
次こそは、バンタム級のオールタイムPFPは誰なのか?に迫ります。
その候補者たちを一覧して、彼らのストロングポイントを簡単にチェックしてゆくのです。

コメント
コメント一覧 (2)
あしたのジョーの物語は 現代ではリアリティーを持たなくなってしまいました。矢吹丈が、ささやかな幸福に目もくれず追い求めるに値するリングが、現代のボクサーにもあって欲しいと思います。
フシ穴の眼
が
しました