日本、米国ではすっかりマイナースポーツに凋落してしまったボクシングですが、この両国ですら「ボクシングは稼げる」と信じる人たちが数多く存在します。

「金と華やかな世界」は、プロの世界王者よりもはるかに尊敬される五輪金メダリストでありながら、村田諒太がプロ転向した最大の動機の一つでしょう。「パッキャオやメイウェザーみたいに何百億円とは言わないまでも、一晩で2億、3億稼ぐビッグファイトがしたい」。

パッキャオやメイウェザーを特殊な例外としても、ボクシング全体を見たとき「ボクシングは稼げる」とは、果たして事実なのでしょうか?


【マニー・パッキャオ。スポーツイラストレイテッド誌の表紙を飾った史上初のアジア人ボクサー…というより今後、この総合スポーツ誌のカバーに登場するボクサーが現れるかどうかも不安です。それほどボクシングの凋落傾向は深刻です。】

先日、2016年度版のForbes The World’s Highest-Paid Athletes(フォーブス誌スポーツ長者番付)が発表されました。

1位はクリスティアーナ・ロナウドでSalary/Winnings(試合報酬・契約金など本業での収入)が5800万ドル(1ドル110円換算で約66億円)、Endorsements(スポンサー収入)が3500万ドル(約39億円)で合計9300万ドル(約105億円)を荒稼ぎしました。

我らが錦織圭は、サラリー390万ドル(4億3000万円)、エンドースメント3000万ドル(33億円)、併せて3390万ドル(37億4000万円)で26位に顔を出しているのは誇らしいですね。エンドースメントが本業の10倍近いという、プロゴルファー並みなのは気がかりですが、経済大国日本の恩恵ではなく、プロフェッショナルの証明と受け取りましょう。これからは本業でもビッグタイトルを取って、もっと上に駆け上がって欲しいものです。

ボクシングではカネロ・アルバレス(2700万ドル+150万ドル=2850万ドル:31億円)の43位が最高で、89位にアンソニー・ジョシュア(1850万ドル+350万ドル=2200万ドル:24億2000万円)が入り、ウラジミール・クリチコ(1700万ドル+400万ドル=2100万ドル:23億1000万円)が98位に滑り込みましたが、トップ100に入ったのはこの3人だけです。

このランキングを見ると、ボクシングは決して儲かるスポーツではなく、最も稼げるのはアメリカで野球をすることですね。間違いありません。トップ100に22人を送り込んでいる現役時代の高報酬はもちろん、選手寿命や引退後の生活が保障される選手会・保険関係まで考慮すると、これは、もう明らかです。

しかし、一方で本当に数えるほどのボクサーが大金を手にすることも、また事実です。

前年(2015年度版)のランキングはメイウェザーで2億8500万ドル(310億円)+1500万ドル(16億5000万円)=326億5000万円)の史上最高額でトップ。2位がパッキャオで1億4800万ドル(165億円)+1200万ドル(13億2000万円)=178億2000万円と、フォーブスのランキングをボクサーがワンツーフィニッシュで飾っていました。

全体として見ると、ボクシングは稼げません。年間100万ドル稼ぐボクサーも、全体ではほんの一握り、20人程度でしょう。

しかし、ときとして、莫大なスポンサー収入に支えられるゴルファーや、サッカーや野球、バスケットボール選手らを一気に引き離して、ほとんどリングの上だけで稼いだ金で、彼らを大きく上回るボクサーが出現します。

それは、なぜなのか?

まず、ペイパービューのような囲い込んだファンから高額の視聴料をかき集めるシステムです。モハメド・アリ時代に始まったクローズドサーキットから続く、信者からの〝お布施徴収〟ですね。これは、ボクサーの高収入を支える一方で、一般ファンを遠ざける諸刃の剣です。

そして、いくら凋落したと言ってもボクシングへの関心は熾火のように米国でも日本でも消えずに残っています。マイク・タイソンやパッキャオのような激しく燃え上がる火種さえあれば、マーケットが爆発、拡大する可能性はいつも秘められています。

そして、もう一つは、本来ならスポーツの本質から外れることですが、「頂上決戦」を焦らす(意図的、意図的じゃないに関わらず)というマーケッティングが、この30年で明らかに存在、定着してしていることです。

厳然とした統括団体が管理するほとんど全てのスポーツでは、毎年年間王者が決められます。MLBでワールドシリーズが争われないなんてありえません。テニスの4大大会が準決勝で突如大会が止められるなんてことは、起き得ません。そんなファンを無視した愚行に走れば、そのスポーツは滅亡します。

そんなことを長い間続けてきたにも関わらず、ボクシングは衰退の一途ですが、まだ滅亡していません。本当は、どこかで一度滅亡した方が良かったのかもしれませんが。

しかし、頂上決戦が焦らされれば、焦らされるほど、ファンの欲求は高まり、商業的にはより大きな興行が期待できます。

最初のサンプルは、1987年にまさかの実現となったシュガー・レイ・レナードとマービン・ハグラー。日本から見てると「階級も違うしレナードは引退してたし、焦らすというのは違う」と思うかもしれません。しかし、米国のファンはハグラーが憎たらしいほどの強さを見せるたびに「レナードがいたら」と夢想していました。実際に、レナードがハーンズに勝ってウェルター級王座を統一した時、米国はもちろん日本の専門誌でも「レナードはハグラーに勝てるか」と特集を組んでいます。

そして、その1年後、1988年のマイク・タイソンとマイケル・スピンクス。「ヘビー級統一トーナメント」の決勝で、この二人は対決するはずでしたが、スピンクスが離脱。「タイソンから逃げた」と多くのファンはスピンクスを非難しましたが、スピンクス陣営は明らかにビジネスを考えていました。そして、その意味ではスピンクスは間違いなく勝者でした。

【当時、史上最大のメガファイトは91秒であっけなく終わります。両膝を故障していたスピンクスが、タイソンの爆発的な攻撃から1ラウンドも逃れることは出来ませんでした。しかし、タイソン戦を引き延ばした〝執行猶予期間〟で、人気者ジェリー・クーニーとの大興行で大金を手にし、タイソン戦と自らの商品価値を目一杯あげることに成功しました。】

そして、2015年、もう焦らしまくりの末に実現したメイウェザー対パッキャオ。もし、ファンが望む2009〜2010年にこの試合が実現していたら、その興行規模は半分だったという試算もあります。まぁ、半分でも腰が抜けるほどのメガファイトですが。

この3つのメガファイトを振り返ってみたいと思います。

村田諒太は、この世界の玄関に入りました。亀海喜寛は、この世界に最接近した経験のある伝説との戦いに挑みます。日本人がメガファイトの舞台に立つことも、決して大それた夢と諦めることはない、そんな希望的な状況が出来上がりつつあります。