新聞・雑誌の販売不振が深刻です。
出版科学研究所によると、2025年の紙の出版物(書籍・雑誌)の販売金額は推定9647億円。1975年以来、1兆円を割り込みました。物価の上昇を考慮すると「50年前の水準に戻った」わけではなく、泥沼の市場縮小に悶え苦しみ続けているのです。
ピークの1996年と比べると、市場は4割弱まで縮小。特に雑誌は前年比17.9%減、返品率は5割を上回っています。
雑誌の凋落で象徴的なのは、ボクシング専門誌。21世紀になってからは日本でもマイナースポーツに転落、ボクシング・ビートが廃刊を繰り返しているように、もともとニッチな雑誌でしたが、インターネットの発達の中で速報性の弱い雑誌の存在意義はますます小さくなりました。
ボクシング・マガジンも、極度の販売不振と深刻な返品率に挟まれて2022年に廃刊に追い込まれてしまいました。ボクマガは返品の心配がないムック本を年に1〜2回発行していますが、全く売れずに在庫を抱える書店から非難の声まであがっています。

海外に目を移しても、ボクシング市場の低迷に歯止めがかかっていません。特に米国では、タイトルと階級の増殖、茶番劇が最も大きな興味をひく状況からスポーツとしての地位まで怪しくなっている始末です。
雑誌メディアでもKOマガジンやボクシング・イラストレイテッドに続いて、リング誌までが廃刊。英国でもボクシング・マンスリーが廃刊、世界でも珍しい週刊専門誌だったボクシングニューズも月刊に移行するなど販売不振は底なし沼。
専門誌は試合展開・結果の速報性で致命的な遅れをとってしまう。しかも、ネットでは無料で情報が手に入る。購読者がいなくなるのは仕方がない…。よく耳にする敗者の言い訳です。
「紙媒体は速報性で劣る」「ネットでは情報が無料で手に入る」というのは事実ですが、「購読者がいなくなるのは仕方がない」のは本当でしょうか?
そしてーーー離れているのは購読者の方だけでしょうか?

なぜ〝紙のボクシング〟は売れないのか?
せっかくの月刊なのに、表紙は毎月のように井上尚弥。「井上尚を表紙にすると売れ行きが上がるから」というのは目先の話ではありませんか?新規のファンでその雑誌を手にした人がどれだけいましたか?
「市場を支えているのは井上信者のような特定の選手を応援するマニア層だから、井上尚を全面に出すのは間違っていない」…本当にそうでしょうか?
また、せっかくのムック本なのにニュース性に軸足を置いた編集ではネットに太刀打ちできるわけがありません。既存のボクシングファンだけでなく、興味を抱いている潜在的なファンも明らかに存在します。
このスポーツで非常に特徴的なのが、既存のファンの無知っぷりです。「ボクシングは世界的なメジャースポーツ」「リング誌には権威がある」と思い込んでいる長年のファンの多くは、Fighter Of The Year の存在も知らず、PFPに歴史があるとすら勘違いしています。
海外に疎いだけではありません。ボクシングの採点基準すら知らず「ラウンドマスト(どんな微妙なラウンドも10−9に振らなければならない)」とまで思い込んでいるのです。
もちろん「ボクシングはほとんどの先進国で超マイナー」「リング誌は万年販売不振でサウジに拾われたゴミ雑誌」なんて事実をいきなり説明する必要はありません。
しかし、長年のファンの間ですら横行しているとんでもない浅はかな勘違いや、染み付いたネット的に短絡的なものの見方を是正して、もっと思索に富んだ世界へ案内することは無意味ではないでしょう。
プロボクシングがWBAなどのサンクショニング・ボディ(認定団体)ではなく、各国(米国では各州)のローカルコミッションが統括している仕組みや、そこに至った歴史を辿るのは、多くのボクシングファンにとって非常に興味深いものがあるはずです。
英国で盛り上がるヘビー、カネロ・アルバレスの人気、井上や西岡らのラスベガスはことごとく失敗…日本のボクシングファンには受け入れ難い事象の背景には、このスポーツがあらゆる側面がローカルという形状をしていることを明確に示しています。
亀田騒動を〝犯罪〟としてとらえて裁判を起こした場合、十分に社会的制裁を受けた亀田一家が主犯だったのでしょうか?亀田一家の単独犯と考える人は、おそらく皆無でしょう。では共同正犯としたら、TBSなどのメディアは教唆犯にとどまるでしょうか?すでに、現実の裁判で結審している事例もありますが、ファンが〝訴訟〟を起こした仮想裁判も、日本のファンには興味深いと思います。
10ポイントマスト・システム(ラウンドマストではありません)のレギュレーションや、10−9ジャッジの弊害、議論を呼ぶ判定の数々、さらに当日計量と前日計量、減量方法の変遷などの紹介も、簡単な経緯と結果だけをチャチャっと知りたいネットが満たしてくれる簡易ニーズへの強烈なカウンターになるはずです。
ワシントン・ポストやロスアンゼルス・タイムスがデジタル化に大苦戦する中で、どうしてニューヨークタイムズ(NYT)は大きな成長を続けているのでしょうか?
リング誌の不振はプリント(紙)だけでなくネットでも深刻でしたが、どうしてTHE ATHLETIC(NYTが買収)は読者から圧倒的な信頼を得たのでしょうか?
読売新聞や朝日新聞が没落一方なのに、日本経済新聞の大健闘はどう説明したら良いのでしょうか?
井上尚が表紙の雑誌が毎月並んで「今月はどんな記事が載ってるのだろう」と楽しみに手に取るファンが何人いるでしょうか?
ボクシングなど雑誌の購読者が離れていったのは、時代が悪かったのでしょうか?
「最初」に〝リング誌〟から、時代と購読者が離れていったのでしょうか?つまり、時代と購読者が〝リング誌〟を嫌ったのでしょうか?
順番が間違っています。
取引先を失った担当者がよく口にすることです。「最初」はそこではありません。
〝リング誌〟が時代と購読者を嫌い、そこから離れていったのが「最初」です。
出版科学研究所によると、2025年の紙の出版物(書籍・雑誌)の販売金額は推定9647億円。1975年以来、1兆円を割り込みました。物価の上昇を考慮すると「50年前の水準に戻った」わけではなく、泥沼の市場縮小に悶え苦しみ続けているのです。
ピークの1996年と比べると、市場は4割弱まで縮小。特に雑誌は前年比17.9%減、返品率は5割を上回っています。
雑誌の凋落で象徴的なのは、ボクシング専門誌。21世紀になってからは日本でもマイナースポーツに転落、ボクシング・ビートが廃刊を繰り返しているように、もともとニッチな雑誌でしたが、インターネットの発達の中で速報性の弱い雑誌の存在意義はますます小さくなりました。
ボクシング・マガジンも、極度の販売不振と深刻な返品率に挟まれて2022年に廃刊に追い込まれてしまいました。ボクマガは返品の心配がないムック本を年に1〜2回発行していますが、全く売れずに在庫を抱える書店から非難の声まであがっています。

海外に目を移しても、ボクシング市場の低迷に歯止めがかかっていません。特に米国では、タイトルと階級の増殖、茶番劇が最も大きな興味をひく状況からスポーツとしての地位まで怪しくなっている始末です。
雑誌メディアでもKOマガジンやボクシング・イラストレイテッドに続いて、リング誌までが廃刊。英国でもボクシング・マンスリーが廃刊、世界でも珍しい週刊専門誌だったボクシングニューズも月刊に移行するなど販売不振は底なし沼。
専門誌は試合展開・結果の速報性で致命的な遅れをとってしまう。しかも、ネットでは無料で情報が手に入る。購読者がいなくなるのは仕方がない…。よく耳にする敗者の言い訳です。
「紙媒体は速報性で劣る」「ネットでは情報が無料で手に入る」というのは事実ですが、「購読者がいなくなるのは仕方がない」のは本当でしょうか?
そしてーーー離れているのは購読者の方だけでしょうか?

なぜ〝紙のボクシング〟は売れないのか?
せっかくの月刊なのに、表紙は毎月のように井上尚弥。「井上尚を表紙にすると売れ行きが上がるから」というのは目先の話ではありませんか?新規のファンでその雑誌を手にした人がどれだけいましたか?
「市場を支えているのは井上信者のような特定の選手を応援するマニア層だから、井上尚を全面に出すのは間違っていない」…本当にそうでしょうか?
また、せっかくのムック本なのにニュース性に軸足を置いた編集ではネットに太刀打ちできるわけがありません。既存のボクシングファンだけでなく、興味を抱いている潜在的なファンも明らかに存在します。
このスポーツで非常に特徴的なのが、既存のファンの無知っぷりです。「ボクシングは世界的なメジャースポーツ」「リング誌には権威がある」と思い込んでいる長年のファンの多くは、Fighter Of The Year の存在も知らず、PFPに歴史があるとすら勘違いしています。
海外に疎いだけではありません。ボクシングの採点基準すら知らず「ラウンドマスト(どんな微妙なラウンドも10−9に振らなければならない)」とまで思い込んでいるのです。
「耳障りの悪い本当のことよりも、気持ちの良い嘘を聞きたい」というファンを相手にしていては、長期的な発展はありません。
もちろん「ボクシングはほとんどの先進国で超マイナー」「リング誌は万年販売不振でサウジに拾われたゴミ雑誌」なんて事実をいきなり説明する必要はありません。
しかし、長年のファンの間ですら横行しているとんでもない浅はかな勘違いや、染み付いたネット的に短絡的なものの見方を是正して、もっと思索に富んだ世界へ案内することは無意味ではないでしょう。
プロボクシングがWBAなどのサンクショニング・ボディ(認定団体)ではなく、各国(米国では各州)のローカルコミッションが統括している仕組みや、そこに至った歴史を辿るのは、多くのボクシングファンにとって非常に興味深いものがあるはずです。
英国で盛り上がるヘビー、カネロ・アルバレスの人気、井上や西岡らのラスベガスはことごとく失敗…日本のボクシングファンには受け入れ難い事象の背景には、このスポーツがあらゆる側面がローカルという形状をしていることを明確に示しています。
亀田騒動を〝犯罪〟としてとらえて裁判を起こした場合、十分に社会的制裁を受けた亀田一家が主犯だったのでしょうか?亀田一家の単独犯と考える人は、おそらく皆無でしょう。では共同正犯としたら、TBSなどのメディアは教唆犯にとどまるでしょうか?すでに、現実の裁判で結審している事例もありますが、ファンが〝訴訟〟を起こした仮想裁判も、日本のファンには興味深いと思います。
10ポイントマスト・システム(ラウンドマストではありません)のレギュレーションや、10−9ジャッジの弊害、議論を呼ぶ判定の数々、さらに当日計量と前日計量、減量方法の変遷などの紹介も、簡単な経緯と結果だけをチャチャっと知りたいネットが満たしてくれる簡易ニーズへの強烈なカウンターになるはずです。
ワシントン・ポストやロスアンゼルス・タイムスがデジタル化に大苦戦する中で、どうしてニューヨークタイムズ(NYT)は大きな成長を続けているのでしょうか?
リング誌の不振はプリント(紙)だけでなくネットでも深刻でしたが、どうしてTHE ATHLETIC(NYTが買収)は読者から圧倒的な信頼を得たのでしょうか?
読売新聞や朝日新聞が没落一方なのに、日本経済新聞の大健闘はどう説明したら良いのでしょうか?
井上尚が表紙の雑誌が毎月並んで「今月はどんな記事が載ってるのだろう」と楽しみに手に取るファンが何人いるでしょうか?
ボクシングなど雑誌の購読者が離れていったのは、時代が悪かったのでしょうか?
「最初」に〝リング誌〟から、時代と購読者が離れていったのでしょうか?つまり、時代と購読者が〝リング誌〟を嫌ったのでしょうか?
順番が間違っています。
取引先を失った担当者がよく口にすることです。「最初」はそこではありません。
〝リング誌〟が時代と購読者を嫌い、そこから離れていったのが「最初」です。
コメント