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<title>   　　　フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜 - 恥さらしの人生でした。</title>
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<title>チェ・ゲバラとブラック・ジャックと…。［１］</title>
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<description>大阪の会社では、どういうわけだか東京本社よりも多くの新聞雑誌を定期購読しています。紙媒体大好きな私にとっては嬉しい限りなのです。ところが、大阪に赴任してから市立図書館の新聞・雑誌の品揃えの方がはるかに厚いことに今更ながら思い知らされています。自宅からも会...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-10-14T12:58:54+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[大阪の会社では、どういうわけだか東京本社よりも多くの新聞雑誌を定期購読しています。紙媒体大好きな私にとっては嬉しい限りなのです。<br /><br />ところが、大阪に赴任してから市立図書館の新聞・雑誌の品揃えの方がはるかに厚いことに今更ながら思い知らされています。自宅からも会社からも近くにあり、横浜の自宅の近くにもあります。<br /><br />フランス語やスペイン語、中国語は読めないのは残念ですが、英国The Guardian紙などもたいてい誰も読んでいないので贅沢な時間を楽しめます。<br /><br />とはいえ、人気の新書となるとなかなか競争率が高くて「獄に暮らせば 21年7カ月の獄中日記から」（重信房子）は検索すると100人以上待ち…購入しました。<a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/f/e/fe5cbb6a.jpg" title="IMG_0020" target="_blank"><br /><br /><br /><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/f/e/fe5cbb6a-s.jpg" width="480" height="1412" border="0" alt="IMG_0020" hspace="5" class="pict"><br /><br /></a>「獄に暮らせば 21年7カ月の獄中日記から」はアウトローのコーナーに。<br /><br />「アウトロー」ってそんなジャンルがあるのか？<br /><br /><span  class="iNqyIf" style="font-size: 16px; margin: 0px; border-bottom: 0px rgb(10, 10, 10); font-family: sans-serif;">Outlaw【アウトロー】</span><span  class="iNqyIf" style="font-size: 16px; margin: 0px; border-bottom: 0px rgb(10, 10, 10); font-family: sans-serif;">無法者、法から外れた人。<br /><br />反対語は「良き市民」のグッドシチズン（good citizen）か、「コンプライアンスを遵守する人」のコンプライアント（compliant）か？<br /><br />しかし、そっちのコーナーはない。良き市民はいないが、アウトローはいるってことか、なかなか奥深いのう…。<br /><br />TIME誌なんかは会社で定期購読していますが、意外と人気があって行方不明になってたりして、マガジンラックにないことも。<br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/5/e/5eea044b.png" title="スクリーンショット 2026-10-14 12.35.17" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/5/e/5eea044b-s.png" width="480" height="633" border="0" alt="スクリーンショット 2026-10-14 12.35.17" hspace="5" class="pict"></a><br /><br />タイム誌が大好きな「THE 100 MOST INFLUENTIAL PEOPLE」のスポーツ編。<br /><br />「今世紀最高のアスリート」レブロンがカバーですがロジャー・グッデル（NFLコミッショナー）やリオネル・メッシらを差し置いて大谷翔平もペロンと表紙右下に活字で登場。<br /><br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/a/7/a76c435a.jpg" title="IMG_0024" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/a/7/a76c435a-s.jpg" width="480" height="1637" border="0" alt="IMG_0024" hspace="5" class="pict"></a><br /><br /><div>「地球上で最もスペクタルな野球選手」。<br /><br />明日からLAに戻ってのリーグ優勝決定シリーズ。スタメン落ちも囁かれる絶不調のユニコーンですが、どでかい花火の打ち上げを期待しています。<br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/7/a/7a2de2f2.jpg" title="IMG_0028" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/7/a/7a2de2f2-s.jpg" width="480" height="1143" border="0" alt="IMG_0028" hspace="5" class="pict"></a><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/1/b/1b5483db.jpg" title="IMG_0026" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/1/b/1b5483db-s.jpg" width="480" height="1372" border="0" alt="IMG_0026" hspace="5" class="pict"></a><br /><br />「ボクシングからはゼロの可能性も」と心配してましたが、女子ボクサーでマディソン・スクエアをフルハウスにした7階級制覇のアマンダ・セラノ、ウクライナの祖国防衛隊として銃を握って戦ったヘビー級の完全統一王者オレクサンデル・ウシクの2人が紹介されました。<br /><br /><br /></div></span>]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40872231.html">
<title>中華民国？台湾？…チャイニーズ・タイペイ？…①</title>
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<description>国の呼称は独特です。特に日本においてはイギリス、オランダなど世界的には使われていない独自の呼称が定着しています。さて、名古屋・愛知アジア大会でも9月25日の野球（中国vs台湾）で「Taiwan」とプリントされたタオルでの応援が大会スタッフによって制止される〝事件〟が...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-09-30T10:09:32+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[国の呼称は独特です。<br /><br />特に日本においてはイギリス、オランダなど世界的には使われていない独自の呼称が定着しています。<br /><br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/b/0/b081a328.jpg" title="FullSizeRender" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/b/0/b081a328-s.jpg" width="480" height="316" border="0" alt="FullSizeRender" hspace="5" class="pict"></a><br /><br /><br />さて、名古屋・愛知アジア大会でも9月25日の野球（中国vs台湾）で「Taiwan」とプリントされたタオルでの応援が大会スタッフによって制止される〝事件〟が起きてしまいました。<br /><br />これは、2024年のパリ五輪でも見られた光景で、国際大会では珍しい〝事件〟ではありません。<br /><br />ほぼ全てのスポーツの国際大会において「中華民国」「台湾」としての参加は認められていません。「Taiwan タオル」は政治的主張にあたります。<br /><br />〝コト〟の発端は66年前に「台湾は中国の一部」という立場の中華人民共和国（中国）が、「台湾」「中華民国」と一つの国の如く参加するのを強硬に非難、IOCを離脱した1958年に遡ります。<br /><br />同じ年に、名古屋で開催されたIOC理事会で「チャイニーズ・タイペイ（中華台北）」への改称を求め〝台湾〟もこれを受け入れました。<br /><br />有名な「名古屋決議」です。<br /><br /><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/1/d/1d200559.jpg" width="425" height="284" border="0" alt="Flag_of_the_Republic_of_China.svgのコピー" hspace="5" class="pict"><br /><b><span  style="color: rgb(255, 0, 0);"><br />⬆︎中華民国（独立国）の国旗はダメだけど、⬇︎これ（中国の一地域）ならOK</span></b><br /><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/d/0/d0ec40fc.png" width="300" height="200" border="0" alt="1024px-Flag_of_Chinese_Taipei_for_Olympic_games.svg_-300x200" hspace="5" class="pict"><br /><br /><br />66年前に決着していることですが、まだその火種は完全に消えていません。<br /><br />現在の台湾でも「明確な独立」か「（独立でもない、中国に吸収されるでもない）現状維持」か「中国へ完全帰属」か3つの主張が入り乱れていますが、私の狭い付き合いでの〝台湾〟の友だち・知人のスタンスは「現状維持」が圧倒的多数です。<br /><br />本音、机上の空論的理想では「独立」ですが、彼らの思考回路は「共産主義に取り込まれることは絶対にNO」だけど「中国と〝コト〟を荒らげるのは得策ではない」。<br /><br />「外交関係」という表層的な存在感では、日本や米国が1972年以降、中国を唯一の中国として認め、中華民国を切り捨てまいました。いまでもアフリカや南米で台湾を認めず中国を認める動きが広まっており、彼らは孤立しています。<br /><br />しかし、深層的には半導体など世界的に必要とされる産業を育成、国家として認めていない日本や米国の大企業を買収するなど、地球規模で影響力を強めています。<br /><br />シャープを買収した鴻海科技集団や台湾積体電路製造股份有限公司（TSMC）は、日本の社会人なら誰でも知っているでしょう。<br /><br />彼らと付き合っていると、その思考の異常なまでの柔軟性に驚かされます。<br /><br />日本人によくある「台湾は親日的」という認識もまたきわめて表層的で、誤解と言っても差し支えありません。もし、彼らが1972年に切り捨てられなければ、韓国や中国と同じように日本政府・企業に「賠償金」を請求、反日教育を実施していたであろうことは疑いようもありません。<br /><br />1972年以前に設置された史跡の案内プレートには大日本帝国を侵略者として糾弾、それ以降は日本寄りにシフト、多くのプレートでその部分が黒塗りされています。<br /><br />いまでは、そのプレートや博物館等の案内の多くは差し替えが進んでいます。10年後、彼らに黒塗りの話をしたら「え？何を勘違いしてるの？大昔から変わってないよ」と笑うでしょう。まあ、さすがに、一緒に見ていた私と二人きりになれば、そんなことは言わないでしょうが。<br /><br />長いこと生きてると色んな人と触れ合います。色んな人と仕事します。嘘みたいに清廉な人もいれば、人としての付き合いから逸脱した仕事をする奴もいます。<br /><br />そこにあるのは、私の狭い交友や仕事の中でも「韓国人だから」「中国人だから」「米国人だから」みたいな括り方は全くできません。<br /><br />嫌な奴は、日本人と同じか、はるかに少ない割合で外国人にも存在しますが、逆もそうです。<br /><br />卑近な例では、多くの日本企業で東南アジアに赴任すると必ずメイドさんを雇わなければなりません。そして、バンコクとジャカルタでそれぞれ1年という短い私の経験でも、あらかじめ注告されていた通りにキッチンからカレーのルウが必ず無くなります、これ必ずです。「あいつらは泥棒」と怒り、疑いを深める人もいますが、これは簡単に解決できます。<br /><br />常温長期保存できるカレールウや即席麺などは、専用のテーブルの上で保管・管理して「持って帰ったノート」を置いておくのです。そして、どのカレールウがどんなふうに美味しかったか？それとも期待外れだったか？なんかもそこに書いてもらいます。<br /><br />実際に食べた家族や知人らも呼んでもらって、その感想を詳しく聞いたりするのは、これはとんでもないマーケティングリサーチです。その動画やサマリーをメーカーに見せてあげると…ロングセラーや新商品だけでなく、ときにはありえないはずのテスト品まで送ってくれるようになりました。<br /><br />「バンコクやジャカルタのアシスタントやメイドは最悪」という括り方は「日本の駐在員は最悪」への裏返しでもあります。<br /><br />「最悪」と呼ばれたメイドや助手でも、10人が10人彼らなりの言い分を持っています。そして、その中には「最初に悪かったのはこっち」というのも少なくありません。<br /><br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40845624.html">
<title>...All the Marbles　あれを見たのはどこだったか？</title>
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<description>◾️カリフォルニア・ドールズ（原題「...All the Marbles」）◾️1981年公開　米国MGM　上映時間113分監督：ロバート・アルドリッチ出演：ピーター・フォーク　ミミ萩原　ジャンボ堀ロードショウは米国で1981年、日本では1982年。この作品は、高校時代に通い詰めていた場末...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-09-23T10:00:17+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<div  style="text-align: center;"><b><span  style="font-size: 125%;">◾️<a  title="" target="_blank" href="https://www.allmovie.com/movie/all-the-marbles-am41448">カリフォルニア・ドールズ<br />（原題「...All the Marbles」）</a>◾️</span></b></div><b><div  style="text-align: center;"><br /></div><div  style="text-align: center;"><b>1981年公開　米国MGM　上映時間113分</b></div><div  style="text-align: center;"><br /></div><div  style="text-align: center;"><b>監督：ロバート・アルドリッチ</b></div><div  style="text-align: center;"><b>出演：ピーター・フォーク　ミミ萩原　ジャンボ堀</b></div></b><br /><div  style="text-align: center;"><iframe  height="315" width="560" src="https://www.youtube.com/embed/pLwjP0SRceY?feature=oembed" allowfullscreen="" frameborder="0" style="vertical-align:top;" allowfullscreen></iframe></div><br /><div  style="text-align: left;">ロードショウは米国で1981年、日本では1982年。</div><div  style="text-align: left;"><br /></div><div  style="text-align: left;">この作品は、高校時代に通い詰めていた場末の映画館「神戸座」で見た記憶がはっきりとあるのですが…。しかし、もしそこで見たのなら1982年でしかありえないのに、神戸座が新作映画を公開することはなかったはずです。</div><div  style="text-align: left;"><br /></div><div  style="text-align: left;">見たのは間違いないので、勘違いがあるとしたら神戸座とは全く別の封切館で見たのかもしれません。あるいは、神戸座では極めて異例なことに「カリフォルニア・ドールズ」をロードショウで上映していたのかもしれません。<br /><br />NHKプレミアムシネマで録画していたので、45年ぶりくらいに見ました。<br /><br />ああ、こんな作品だったと懐かしく楽しめましたが、初見の人にはどう映るのか、あまりお薦めではありません。<br /><br /><div  style="text-align: center;"><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/0/d/0d3e49ed.jpg" title="E5A0B4E58685" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/0/d/0d3e49ed-s.jpg" width="480" height="320" border="0" alt="E5A0B4E58685" hspace="5" class="pict"></a></div></div><div  style="text-align: left;"><br /></div><div  style="text-align: left;"><br /></div><div  style="text-align: left;">日系のプロモーター、クライド・ヤマシト（インターネットもAIもない時代の映画、この人の名刺が面白い）がマネージャーのハリー・シアーズ（ピーター・フォーク）を「カリフォルニア・ドールズは華がある。日本に来ないか？」と誘う〝伏線〟が張られているように、日本のマットを舞台にした続編が予定されていましたが…。</div><div  style="text-align: left;"><br /></div><div  style="text-align: left;">アルドリッチ監督は1983年に65歳で死去。続編は作られず、この作品が遺作となってしまいました。<br /><br /></div><div  style="text-align: left;">「...All the Marbles２」、見たかったな。<br /><br /></div><div  style="text-align: left;"><br /></div>]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40845663.html">
<title>いつの間にか、いわし雲。</title>
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<description>高校を卒業してからというもの、周囲とのつながりがどんどん強くなる一方の生き方をしてきました。学校をサボって本を読んだり、映画を見たり。極端に友だちが少ない高校時代でした。大学に入ってからは、社会不適合なんていっても通用しないほどに周囲からの刺激を受けて「...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-09-22T21:04:19+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[高校を卒業してからというもの、周囲とのつながりがどんどん強くなる一方の生き方をしてきました。<br /><br />学校をサボって本を読んだり、映画を見たり。極端に友だちが少ない高校時代でした。<br /><br />大学に入ってからは、社会不適合なんていっても通用しないほどに周囲からの刺激を受けて「はしゃいで生きる青春は俺にはないと思ってた」（石川さゆり「転がる石」）生活が一変してしまいます。<br /><br />それは、社会人になってさらに加速。インターネットの発達によって、日本時間の真夜中に開催される海外の会議にも参加できるようにまでなりましたが、そんなことがあるたびに「俺は一体、何をしてるんだ？」という馬鹿馬鹿しさに身悶えしてきました。<br /><br />それは、高校時代の授業中、教室の窓から気持ち良く晴れた空を見て「俺は一体、何をしてるんだ？」と感じたのとはまた違う「もうこんな年になったのに、相変わらず俺は」という、自分への幻滅も含まれていました。<br /><br /><br />大きな水害が相次いだ、今年の大型連休。<br /><br />スマホの電源を落として、緊急連絡先は宿泊施設だけにして家族と親しい友だちだけに伝えました。<br /><br />よくよく考えると、海外へ一人旅というのは意外にも初めての経験。<br /><br />帰国の折にはスマホを開いて大量の留守電やらメールやらを処理することになり、やっぱり「俺は一体、何をしてるんだ？」となるのですが、まーいい息抜きにはなりました。<br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40800912.html">
<title>丹波篠山に左上弦の月。⑥ 俺の最初の愛車、ロードマン！</title>
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<description>高校時代、普段の行動範囲は半径10キロくらいで車や電車の乗らないことを考えるとなかなか広かった。もちろん、その多くは歩いたり走ったりしていたわけじゃない。自転車に乗っていた。自転車に特別なこだわりはなかったが、愛車と呼んで差し支えなかった。こんなんだったか...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-09-07T23:28:15+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[高校時代、普段の行動範囲は半径10キロくらいで車や電車の乗らないことを考えるとなかなか広かった。<br /><br />もちろん、その多くは歩いたり走ったりしていたわけじゃない。自転車に乗っていた。<br /><br />自転車に特別なこだわりはなかったが、愛車と呼んで差し支えなかった。<br /><br /><img  class="pict" hspace="5" alt="Bridgestone_Roadman_colmo_blue" border="0" height="194" width="259" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/8/f/8fe3a1fd.jpg"><br /><b><span  style="color: rgb(0, 0, 255);">こんなんだったかなあ？もうほとんど記憶にない…</span></b><br /><br /><br />ブリヂストンのロードマン・スカラである。<br /><br />場末の小さな映画館には、ほとんどこの愛車で乗り付けた。<br /><br />後輪の泥除けにベターッと貼り付けられていた高校のシールを見られるのが嫌で、映画館から少し離れたスーパーマーケットの駐輪場に停めていた。<br /><br />映画館で顔馴染みだった三井さん（当時は名前も知らなかった）と社会人になってから偶然再開、年に一度とかのペースで会うようになって、ある日に「三島くんって◉◉高校やったやん。映画館まで10キロはあるやろ、遠いとこから来てるなあって感心しててん」と言われ、びっくりしました。<br /><br />彼女がタクシーからスーパーの駐輪場に私が入るのを見られてしまっていたのです。「運転手さん、ここで降ろして」と刑事みたいにタクシーを降りて、私の自転車を確認したと言うのです。<br /><br />三井さんは私の高校を知っていたと言うことです…そんなん、こっちは知らなんだ。<br /><br />三井さんは「高校生か大学生にしか見えなかったけど、友だち連れてきたことないし。怪しさ満点で興味津々やってん」と言うのですが「怪しさ満点」って、どの口でゆうとんねんと、私は私で彼女のことをヤクザの情夫や覚醒剤の売人、とにかく関わってはいけない人だと確信していました。<br /><br />ちなみに、この人はCIAかモサドな情報収集能力で、高3の私が出場した駅伝大会に応援に来てたのです。<br /><br />我が校はずっと入賞もできなかった大会で、1年と2年のときは最長1区を走った私はチームメイトがどんどん抜かれるのをなんとも言えない複雑な気持ちで見ていました。主将はよく知らないくせに、中長距離ブロックにいつもブチ切れていました。<br /><br />3年の時はチームメイトから距離が短い最終区を走って欲しいとお願いされ優勝できた、思い出深い大会でした。<br /><br />ゴール付近は関係者が集まってそれなりに賑わっていましたが、OLファッションですらっとした美人でヤクザの情婦か覚醒剤の売人な三井さんは場違いに目立っていて「誰だ？誰だ？誰の知り合いだ？」となって、なぜか私の知り合いだと決めつけられ（いや、まあそうなのだが、この時は名前も知らない）、私が高校に来ないのは「塚口の格安ソープのブローカーをしてるから」という根も歯もない噂に変な説得力を持たれてしまったのでした。<br /><br />高校生で駅伝大会のアンカー走って、なんでソープのブローカーやねん？それになんで格安がつくねん？とも思いましたが、そんな無責任な噂を知ったのは30年以上後のつい最近のことでした…。<br /><br />それにしても、三井さんのモサディックなまでの情報収集能力が、なんの手がかりもないはずのおっちゃんの居場所を突き止めるのです。<br /><br /><br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40795169.html">
<title>類は友を呼ぶ…そして、ハインリッヒの法則と、صوت هند رجب 。</title>
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<description>同級生と比べて自分がかなり幼稚だと最初に感じたのは中学校の頃だったでしょうか。ハタチの頃には、きっと俺は一生幼稚だと確信しました。そんな私の周りには示し合わせたわけもないのに、同じようなヤカラが寄ってきます。いや、私もまた彼らに寄っていっているのかもしれ...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-09-06T04:17:09+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[同級生と比べて自分がかなり幼稚だと最初に感じたのは中学校の頃だったでしょうか。<br /><br />ハタチの頃には、きっと俺は一生幼稚だと確信しました。<br /><br />そんな私の周りには示し合わせたわけもないのに、同じようなヤカラが寄ってきます。いや、私もまた彼らに寄っていっているのかもしれません。<br /><br />中学校の頃、仁徳天皇陵に人頭ほどもあるダイアモンドがゴロゴロ転がっているという都市伝説を確かめようと、幼稚な数人で体育倉庫の奥深くにあったゴムボートを引っ張り出して夜中に壕を渡りました。<br /><br />ダイアモンドなどあるわけないと思っていたかどうかは、自分でも定かじやありません。よしんば、そんなものがあったとして、ゴムボートに乗せたら沈没です。<br /><br />高校時代には外国学校の〝品の良いお友達〟と大乱闘を繰り広げ、病院送りにされました。あー、はるか昔の話なのに思い出したら腹立ってきた。<br /><br /><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_3244" border="0" height="338" width="434" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/0/d/0df6a33b.jpg"><br /><br />高校時代、場末の小さな映画館前の国道で元ミス近代の綺麗なお姉さんと、道端に置かれていた誘導灯でチャンバラしたこともありました。<br /><br />さらに、私みたいなヤツを「ずっと好きだった」と伝えてくれたキトクな女の子に誘われるままに廃線になったばかり崖っぷちを歩いて、怖い思いをしました。<br /><br />社会人になって、北アフリカに赴任したときはアシスタントのホモセクシャルの男性から「松茸山が山脈となって連なってる」と聞いて採りに行くと、山賊みたいなのに襲われて人生最大の生命の危機に迫りました。<br /><br />そして、いまでも旧友の超幼稚バカ医者から「南極に人類がまだ知らないレアメタルが眠ってる」と大冒険に誘われています。<br /><br /><br /><br />他にもそんなヤツらが俺の人生に蠢き続けています。<br /><br />彼らとの付き合いの中では、1<span  style="font-size: 16px;">件の重大事故の背後に29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットがあるとするハインリッヒの法則が確実に横たわっています。<br /></span><br />そんな「<span  style="font-size: 16px;">29件の軽微な事故や300件のヒヤリハット」のお話。<br /></span><br />私に愛を告白したというイカれた女、晴田さやかさんがこの春に「映画の試写会に行かないか？」と誘ってくれたのです。<br /><br />崖からパラパラ小石が落ちてくる崖っぷち廃線を踏破するとか、反政府ゲリラが跋扈しているエリアに松茸を採りに行くとかじゃありません。<br /><br />大阪駅近くのちゃんとしたホールで開催される映画の試写会です。巨大な落石の轟音に鼓膜が破れそうになったり、ゲリラにカラシニコフを突きつけられることもあり得ません。<br /><br />しかし、しかし、晴田は晴田。たかが晴田、されど晴田、こいつは持っているのです。持ってはいけない何かを、加齢でたれ気味の乳房の中あたりに持っているのです（こんなことを言うからセクハラだパワハラだと会社でも叩かれるのです、可哀想な俺）。<br /><br />それにしても。なんで「ヒンド・ラジャブの声( صوت هند رجب )」やねん。お前、どこでその試写会券もらってん？！<br /><br />「マンダロリアン」とか「ちいかわ」とかにせいよ…。<br /><br />誘った晴田が途中から周囲に迷惑にならないように声を殺して泣いていました。まあ、晴田だけでなく他にも鼻をすする声が聞こえる、そういう映画なのですが」。<br /><br /><iframe  height="315" width="560" src="https://www.youtube.com/embed/SO7cOZRqqHw?feature=oembed" allowfullscreen="" frameborder="0" style="vertical-align:top;" allowfullscreen></iframe><br /><br />大阪勤務になってから、映画サークルみたいなのを結成されてたびたび映画館に繰り出すことになってしまいましたが、私の映画原体験は常に一人です。<br /><br />高校時代に通っていた場末の小さな映画館の狭いロビーではーーー<br /><br />チャンバラした例のお姉さんに手招きされて、高校生の私はドキドキしながら近づくと、吸ってた煙草の煙をふわ〜っと顔にかけられました。<br /><br />「この女性は絶対恐ろしい人だから関わってはいけない」と思っていながらも「煙草の臭いは嫌いだけど、この綺麗な女の人が吐いた息は全部吸い込みたい！！！」と心の底では変態的に絶叫していました。<br /><br />「この煙を缶詰につめて持って帰りたい」というくらいに、とにかく飛び抜けて人生最大、超絶爆発的なエロティックな感動に震えていたくせに…あのときは、わざと咳払いして、あのエロ煙を手で払ってしまったのでした。<br /><br />お姉さんが「可愛いなぁ」とクスクス笑ってくれても、迷惑そうなポーズをとった気がします。心の底では「可愛いのはそっちじゃー！！！」と、変態男子高校生は叫んでいたはずです。<br /><br />変態、もちろんこの「変態」はパッキャオや大谷とは全く違う、モテない気色悪い男子高校生の屈折した性欲です。帰宅した私は、カッターシャツの匂いを嗅ぎまくりましたが、タバコの匂いが全くしなかったのでがっかりしました。<br /><br />「こんな姿を同級生に見られたらますます気持ち悪いやつだと思われるだろうなあ。それ以前に、あのお姉さんにも気持ち悪いと思われるだろうなあ」と思うとやるせなかったです。<br /><br />そんな自己嫌悪の真夜中に「大学への数学」の応募問題とかと格闘、夜明けあたりに「これは美しい解答や！俺は天才ではないか！」と自分の中だけで変態から天才になるのでした。<br /><br />それにしても、あのお姉さんの名前も知らないことがもどかしくて仕方がありませんでした。それなのに名前を聞く勇気がないまま、高校を卒業してしまうのです。<br /><br /><a  target="_blank" title="スクリーンショット 2026-08-14 10.55.18" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/2/b/2ba1a89d.png"><img  class="pict" hspace="5" alt="スクリーンショット 2026-08-14 10.55.18" border="0" height="694" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/2/b/2ba1a89d-s.png"></a><br /><br /><br />そして、あのミニシアター、あれをそう呼ぶとしたら今の若い映画ファンは度肝を抜かれるでしょう。<br /><br />座席の2割はスプリングが壊れてる、壊れてない座席にも変な液体だか体液だかで汚れてることがある、ちゃんと掃除してないから変なゴミが残ってる（飲み残し・食べ残しならまだしも…注射器やら粉薬やら）。まあ、映画館の外はもっとひどかったですが。<br /><br />あの映画館の常連どもは、みんな頭の中に「座席ハザードマップ」を持っていました。<br /><br /><a  target="_blank" title="E5A0B4E58685" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/0/d/0d3e49ed.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="E5A0B4E58685" border="0" height="320" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/0/d/0d3e49ed-s.jpg"></a><br />　<b><span  style="color: rgb(153, 0, 102);">⇧これは日本が誇るミニシアター「岩波ホール」の在りし日の勇姿。</span></b><br /><br /><br />あのときは大嫌いだった夏でもスーツを着ていた〝見るからに〟なオッサン。<br /><br />私がスプリングが壊れてる座席に座ってしまって「うー！」とか「おー！」とか小さな悲鳴をあげると、そいつは「おこちゃまやのう」と、ものすごく低い声で笑うのです。<br /><br />当時は私もとんがってた10代、綺麗なお姉さんに「可愛いなぁ」と笑われたら心の中ではゾクゾクするほど嬉しくても、だいぶ年上でも男に笑われたら「おっさん、ちょっと外出よか？」くらい言いそうなのですが、高校生の喧嘩とは明らかに違う、1億ヘクトパスカルの空気圧があの人にはありました。<br /><br />そのオッサンは敵意剥き出しの朝鮮高校の〝お友達〟とは違って、私が軽くメンチ切っても軽くベロ出して笑いかけたり、私が嫌ってるのを知っててもいつも優しい視線を送ってくれたり、ときにはビールの小瓶を渡してくれたり、次第に「この人は何者なのだろう？」と興味津々でした。<br /><br />全部、後から思えばですが、あのとき「おっさん、ちょっと外でよか？」と言ったらどうなってたのか…。「大学への数学」どころではない、とんでもない勉強になった気もします。<br /><br />実は、何十年ぶりに再開したのですが「おっさん、ボコボコにしたろと思ってた」と半分冗談で言うと、90近くなってもまだ変な空気圧を残してるおっさんは「あなたはおれには絶対喧嘩を売らない、それははっきりわかってた」と、ふふふと笑うのです。<br /><br />おっさんへの腹立ちはかなり早い段階でなくなり、映画館に行ってお姉さんとおっさんがいなかったら寂しいな、と思うようにまでなっていました。<br /><br /><br />今日はいろいろあって、もう4時やないか！！！！！！！<br /><br />もはや、何の話かわからなくなってきましたが、10代の私にとって欠かせない、当時は素性も名前すらも知らない二人でも隣の席で映画を見たことは一度もありませんでした。<br /><br />映画って、ニュートラルで席について見るものであって、隣に映画よりも気になるやつがいたらダメなのです。<br /><br />元ミス近大とか元大物幹部とかが隣に座ってたら、元でも物語が入ってこない。<br /><br /><br /><br />もちろん、映画よりもはるかに気になる幼い娘なんかを隣にして見るのは、1番の幸せ映画です。<br /><br /><a  target="_blank" title="IMG_4558 2" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/9/0/9026004a.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4558 2" border="0" height="188" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/9/0/9026004a-s.jpg"></a><br /><b><span  style="color: rgb(153, 0, 102);">2回目なのに、ヱビスとホットドッグ食いながら観てたと言ったら晴田は怒るかもしれないが、これはまさしく「イラン戦争」「ウクライナ戦争」から日本の「クマ問題」に至るまで〝弱肉強食〟のお話です。<br /></span></b><br /><br /><br />「ヒンド・ラジャブの声」。<br /><br />晴田のせいでちゃんと見れなかったので昨日、ロードショーを観に行きました。<br /><br />「映画」と呼べるかどうかは別にして、多くの人にぜひ観てもらいたいと感じる作品でした。<br /><br />89分間、その舞台はヨルダン川西岸地区というとんでもないエリアにある、人道支援組織「パレスチナ赤新月社」の緊急通報センターだけ。<br /><br />映画タイトルにもなっているヒンド・ラジャブは6歳の少女。スタッフの「小学生か？」という問いかけに「ちょうちょ（組）」と答える。「幼稚園か…」。緊急通報センターに「この少女を見殺しにしてはいけない」という感情がほとばしります。<br /><br />そして「ヒンド・ラジャブの声」は全て、実際の音声。<br /><br />〝事後〟に世界中に拡散され、大きなうねりとなったとはいえ、想像力が欠如した私はそれをニュースの活字としてしかとらえていませんでした。<br /><br />主人公のヒンド・ラジャブは音声以外では、一度も登場しません。イスラエルの無慈悲な攻撃シーンもありません。6歳の幼女の助けを求める声、その背後から聞こえる銃声。<br /><br />幼女の「せんしゃがくる」の声。<br /><br />映画なのに、全ては終わった事件なのに、観るものを「同じ人間として何としても助けなければならない」という強烈な衝動に自然と駆り立てる、ヒンド・ラジャブの震える声。<br /><br /><br /><br />弱肉強食、正論ではなく力だけが優先する秩序。<br /><br />ヒンド・ラジャブのいたいけな声は〝弱〟に何が出来るか？という虚しい問いに、もしかしたら力強い答えを示してくれたメッセージかもしれません。<br /><br /><br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40737530.html">
<title>丹波篠山に左上弦の月。⑤「君は講習しか受けてないのか？」</title>
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<description>前回「大学への数学」誌の話をしてしまって、高校3年生の頃をいろいろ思い出しました。「丹波篠山に左上弦の月。」シリーズは、高校時代に入り浸った廃屋寸前の神戸座という小さな映画館、当時は現実から逃げまくってた自己嫌悪の場所、今思い出すととんでもなく貴重で勉強し...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-08-20T01:06:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[前回「大学への数学」誌の話をしてしまって、高校3年生の頃をいろいろ思い出しました。<br /><br /><br />「丹波篠山に左上弦の月。」シリーズは、高校時代に入り浸った廃屋寸前の神戸座という小さな映画館、当時は現実から逃げまくってた自己嫌悪の場所、今思い出すととんでもなく貴重で勉強していた時間でした。<br /><br />米国での〝粗相〟からFBIに拘束されたこともある波瀾万丈の人生を経て、50代でそれまでの生き方と綺麗に決別した映画マニアの任侠さん。<br /><br />絵に描いたような上流家庭で三流大学出身でもコネで一流総合商社に就職、そこでまさかの大出世を果たした、やはり映画マニアの絶世の美女。<br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/7/9/7956ca64.jpg" title="IMG_4685" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/7/9/7956ca64-s.jpg" width="480" height="360" border="0" alt="IMG_4685" hspace="5" class="pict"></a><br />　<b><span  style="color: rgb(255, 102, 51);">⬆︎これは横浜の有名なミニシアター。おしゃれです。</span><br /></b><br /><br />「ミニシアター」なんて呼んでしまうと、今の人は「おしゃれな場所」だと勘違いしてしまうでしょう。<br /><br />「覚醒剤、やるのも売るのも買うのも、全部犯罪！」みたいな看板があちこちに立っていて、ゴミ集積所に注射器が散らばっていたり、ビジネスホテル前にパトカーや救急車が停まっているなんてこともビックリすることじゃない、上京して人に話しても「今の日本にそんなとこはない」と笑われるような周囲の空気にしっかり馴染んで存在していたのが神戸座でした。<br /><br /><br />そんな神戸座に、私が通っていたのは高校3年間。私が受験しようと思い立ったのは高2の夏頃。寂れた小さな映画館も含めて、この行き詰まった世界から脱出する口実に大学受験は絶好の通行手形になると考えました。<br /><br />だから…あの場所にとどまるという選択肢は、最初からなかったのです。それでも、何かの間違いで滑り止めにもならない、予備校の報奨金目当てに受けた関西の私立大学に行かざるを得ない展開になっていたら、神戸座にも足を運んでいたはずです。<br /><br />そんなアナザー・ワールドなら、神戸座の常連さんたちにも自分から声をかけて仲良くなるなんて交友もあったかもしれません。<br /><br />しかし、現実はあの場所から離れてしまいました。<br /><br />そして、大学時代に車で友だちと帰省したときに、神戸座があった場所に家電量販店の建物が建設されているのを目にして、あれが無くなったことに気づきました。自然と涙がこぼれてしまいました。<br /><br />あのときは、好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いな場所だったはずなのに。<br /><br />高校の良くしてくれた先生から「図書室が大幅に縮小されて、お前が読んでた洋雑誌も処分される。欲しかったら取っとくぞ」と言われましたが、断ってしまいました。どうして断ったのか、今でもわかりません。<br /><br />私の本性は、冷たい恩知らずなのです。<br /><br /><a  target="_blank" title="IMG_6974" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/d/e/dea34b30.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_6974" border="0" height="218" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/d/e/dea34b30-s.jpg"><br /><br /></a>前置きが長くなりました。<br /><br />神戸座や図書室、居場所のなかった私の逃避の場所。そして、受験を決めてからいただいたトロフィーやメダルの類、そんなものを全部捨てて東京に行きました。<br /><br />あのときは要らなかったし、なんなら忘れてしまいたいもの、思い出だったのかもしれません。<br /><br /><br />今思えば…私を形成した養分は神戸座や図書室でした。<br /><br />そして、普通の高校生とつながる予備校の夏期講習や模試は、神戸座で見た映画や図書室で読んだ本のように感動することはありませんでしたが、無意味な時間ではなかったのかもしれません。<br /><br />普通の高校生が読むかどうかは別にして「大学への数学」誌のヨハン・クライフが言ったのか？というような「正解でも美しくなければ評価しない」という哲学は、まさにスポーツでした。そして、自分よりも美しい答えが賞賛されているのを見ることは、スポーツの試合で負けたのと同じ感覚で悔しかったのを思い出します。<br /><br />そして、無意味な時間を過ごしていた講習で、いまも名前を記憶している講師は一人もいません。もちろん、当時は覚えていたと思います。<br /><br />模試だか講習の成績優秀者で表彰で、ある有名な英語講師からメダルだか賞状をもらったとき「現役生か？講習しか受けてないのか？」「面白い英文和訳だけど、これを入試でやるのは控えた方がいい」と助言され、そのあとの短い懇親の席でも世間話や「僕は学生運動の闘士だった」という話まで聞かされました。<br /><br />その講師の教え方は、私が培ったタイム誌からリング誌までの英文活字丸呑みの英語力とは相容れない、唯物主義者らしい構文で英語を解釈する受験英語でした。<br /><br />自分とは対極のスタイルに、青い私は「アホがおるな。お前には俺みたいな和訳はできまい。英語力も俺の方が上や」と思っても仕方がないところでしたが、私は嫌いではありませんでした。そこにはブレない信念が見えたからです。<br /><br />先日、高校時代の友人たちとお酒を飲んだときに、その講師の話題が出て「最近、亡くなった」ということを知りました。<br /><br />表三郎さんという人で、その酒席で名前を思い出しました。<br /><br />表さんが、甲南大学という全国的には全く無名の三流大学に２浪の末に入学したということも知って驚きました。「やっぱりアホやん」ということではなく「そこからよくあれだけの受験英語の体形を作り上げたな」という尊敬でした。<br /><br />あの表彰式の後でも、おそらく私に興味を持ってくれた表さんがいろいろ話しかけてくるのを真剣に聞くことなく受け流していたのは失礼だったし、後悔もしています。<br /><br />やはり、あのときは「アホがおるな。お前には俺みたいな和訳はできまい。英語力も俺の方が上や」と思っていたのかもしれません。<br /><br /><br /><br />私の本性は、冷たい恩知らずなのです。<br /><br /><br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40694288.html">
<title>丹波篠山に左上弦の月。④ 「大学への数学」誌のバインダーはどこにいったのだろうか？</title>
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<description>自分に正直に生きている人が、今も昔も眩しいです。まあ、そんな幸せな人はめったにいないし、自分がそうではなかったと思ってるからですが。高校時代は私よりも野球が下手だったくせに、大好きな野球にしがみつき、関西2部の大学から実業団に進んで都市対抗にも出場、現役引...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-08-14T12:24:00+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<a href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/f/a/fa653c6f.png" title="スクリーンショット 2026-08-14 10.43.39" target="_blank"><img src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/f/a/fa653c6f-s.png" width="480" height="156" border="0" alt="スクリーンショット 2026-08-14 10.43.39" hspace="5" class="pict"></a><br><br>自分に正直に生きている人が、今も昔も眩しいです。まあ、そんな幸せな人はめったにいないし、自分がそうではなかったと思ってるからですが。<br><br><br><br>高校時代は私よりも野球が下手だったくせに、大好きな野球にしがみつき、関西2部の大学から実業団に進んで都市対抗にも出場、現役引退しても高校で野球部の顧問をしている先輩。<br><br>大学時代に国家公務員や高待遇の民間企業への就職に全く興味を見せずに、大学に残って大好きな研究を続けている友だち。<br><br>あるいは知り合いではありませんが、芸能界という最も自分に嘘をつかなければならない世界で、正直なまま活躍しているさかなクン。彼が自宅に帰って「こんなのやってられるかッ！」とハコフグ帽子を叩きつけることなんて一度も無い気がします。<br><br><a href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/2/b/2ba1a89d.png" title="スクリーンショット 2026-08-14 10.55.18" target="_blank"><img src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/2/b/2ba1a89d-s.png" width="480" height="694" border="0" alt="スクリーンショット 2026-08-14 10.55.18" hspace="5" class="pict"></a><br><br>高２のときに、学校始まって以来といわれたほど勉強ができる一つ上の先輩から「受けてみ」と言われた模試で、先輩よりも順位は下でしたが、大阪地区の上位に入りました。<br><br>「2年で数Ⅲが満点ってどうなっとんねん？受験の型に慣れたら、私なんか問題ちゃうやん」と褒められたのが、受験することになったきっかけでした。<br><br>共通一次の社会２科目で「世界史」「日本史」を選んだのも先生方に「イレギュラーや」と驚かれましたが「倫理社会」や「地理」などと違って、十分に予備知識があるのがこの２科目だったので、私にとっては当然すぎるレギュラーでした。<br><br>タイム誌などの洋雑誌も含めた膨大な読書量で国語や英語、世界史と日本史ですでに大学受験のレベルはゲームオーバー、数学も応募問題が面白かった雑誌で鍛えられ、受験ごときレベルとは違う水準にありました。<br><br>この雑誌の応募問題が「数学は暗記」なんて言いかねないバカ受験とは対極にある、ヨハン・クライフみたいな「どれだけ美しい解答を導き出すか」に絶対的価値を置いていて、非常に面白いのです。正解であっても美しくなければ評価されない〝クライフの世界〟がそこにありました。<br><br>受験ファーストの講習や模試などで成績優秀だと報奨金や立派なメダルがもらえましたが、この雑誌の入賞者に送られるのは、お金はなくて質素なオリジナルバインダーだけ。それでも、自分よりも美しい解答を目にしたときは落差の大きいカーブで見逃し三振に打ち取られたような「こいつ、やるな」という清々しいライバル心を楽しめました。<br><br>英文和訳のセンスや、数学の美しい解答は受験ではプラスには働きませんから、無駄と言えば無駄なんですが、そこだけは楽しんで取り組めました。<br><br>受験では無駄…ということは無駄ではないということですね。<br><br>あとは理科の２科目だけ。こんなのは、もうどうにでもなりました。<br><br>２次試験は、私の完全Aサイド。<br><br>当時の受験英語ではヒアリングなどの実践的な問題は稀れでしたが、もしあったなら映画や洋楽で鍛えられていた私には圧倒的なアドバンテージがあったと思います。<br><br>まあ、結局、受験勉強には「くだらないことに時間を浪費してるなあ」という残念な感覚が拭えませんでした。<br><br>私に模試を薦めた先輩が「余計なことしたかもなあ」みたいなことを言ったり、映画友達の三井さんからも「つまらん男になったなあ」と言われたのは「〝あの頃の生き方〟とは違っちゃったね」という意味が込められていた気がします。<br><br>そういえば…模試や講習の成績優秀者でもらったメダルやトロフィーの類は今でもあちこちから出てくるのですが、数学雑誌から送られたバインダーや、深夜ラジオ・ヤングタウンでハガキがウケると送られるステッカー…母親に捨てられたらしく、一つも見当たりません。<br><br>メダル類は重量感があって捨てにくいこともあるのでしょうが、私的にはバインダーやステッカーの方が比較にならないくらいに誇らしかったです。<br><br><br><br>3月まで住んでいた横浜で野球と一部の子に勉強を教えていましたが「何になりたいとかがなくても、自分らしい生き方を優先して進路を決める、そういうこと大切だよ」ということを伝えていましたが、どこまで響いていたのかわかりません。<br><br><br><br>なんだか自慢話みたいになりましたが、受験しなかったら？というのは今でもときどき思うことです。まあ、受験しなかったらいまの家族はいなかったし、多くの友だちも別の友だちに入れ替わってたはずで、これはこれで良かったんだと思っています。<br><br><br><br>]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40631394.html">
<title>岡本公三がレバノンで死亡。〜髪も髭も剃らなかった自称・革命家　【１】</title>
https://fushiananome.superknova.org/archives/40631394.html</link>
<description>パレスチナ解放人民戦線（PFLP）は元日本赤軍の岡本公三容疑者（78歳）がレバノンの首都ベイルート南郊で死亡したと発表しました。これを受けて、朝日新聞は「岡本公三容疑者がレバノンで死亡　ロッド空港乱射事件の実行犯」、読売新聞は「日本赤軍の岡本公三容疑者がベイル...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-07-24T10:09:00+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<h1 style="padding: 0px; margin-bottom: 8px; font-size: 1.46rem; box-sizing: border-box; line-height: 1.4; color: rgb(30, 30, 23); caret-color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;"></h1><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;"><span><span>パレスチナ解放人民戦線（PFLP）は</span></span></span><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;"><span style="caret-color: rgb(30, 30, 23);">元日本赤軍の岡本公三容疑者（78歳）が</span></span><span style="color: rgb(51, 51, 51); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, &quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;, メイリオ, Meiryo, Osaka, &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;, &quot;MS PGothic&quot;, sans-serif;"><span style="caret-color: rgb(51, 51, 51); white-space-collapse: preserve;">レバノンの首都ベイルート南郊で死亡したと発表しました。</span></span><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;"><span><span><br><br></span>これを受けて、朝日新聞は「岡本公三容疑者がレバノンで死亡　ロッド空港乱射事件の実行犯」、読売新聞は「日本赤軍の岡本公三容疑者がベイルートで死亡、７８歳…イスラエルの空港で無差別テロ」と、それぞれデジタル版で〝速報〟。<br><br>朝日と読売で岡本公三に対する微妙な温度差が感じられますが、ニュースソースの<a href="https://pflp.ps/post/24935/الجبهة-الشعبية-تنعى-الرفيق-المناضل-والأممي-الثوري-الكبير-كوزو-أوك" target="_blank" title=""><b><span style="font-size: 125%;">PFLP</span></b></a>のニュアンスは鮮明です。<br><br>「ロッド空港の聖戦の英雄たちの不朽の物語　偉大な革命同志であり国際主義の闘士である岡本公三（アフメド・アル＝ヤバニ）の死を悼む」とヘッドライン。<br><br>「栄光と誇りに満ちた生涯　最果ての極東からパレスチナへ」として「1947年12月7日、熊本県の中流家庭で7人兄弟の末っ子として生まれた」岡本を植物学に精通し、英語、アラビア語、ヘブライ語、中国語、ロシア語を驚くべき短期間で習得「並外れた知性の持ち主」と最大級の賞賛。<br><br>岡本がレバノンがアラブ世界で英雄視されているのは1972年5月30日、イスラエル・ロッド空港で銃を乱射、約100人を死傷させた凶悪なテロの実行犯だったからです。<br><br>岡本は事件直後にイスラエルに拘束され、終身刑を科せられますが、1985年に捕虜交換で釈放された後はレバノンを拠点に伝説の英雄として生活。<br><br>しかし、1997年に今度はレバノンで他のメンバー4人とともに旅券偽造容疑で逮捕され、有罪判決を受けます。2000年に刑期を終え、4人は日本に強制送還、岡本はレバノンへの政治亡命が認められていました。<br><br>〝英雄〟追悼の最後の文章は「PFLPは、岡本公三同志の遺志と国際主義闘争の歴史に誓いを立て、エルサレムを首都とするパレスチナ全土、すなわちその川から海までをも解放するまで、正義の剣と旗を掲げ、盟約に忠実であり続けることをあらためて宣言する。 彼の死を、帝国主義とグローバル・シオニズムに立ち向かう国際革命の結束をより強靭にする転換点としようではないか。 偉大な闘士の魂に、そしてすべての自由の闘士に栄光あれ。囚われの身にある者たちに自由を。我々は疑いなく勝利する。」と結ばれています。<br><br>極東の何につけ曖昧な島国はアラブの英雄と、ユダヤの恩人（杉原千畝）という真逆のベクトルで動いた人物を生み出した、世界的に非常に理解し難い国、民族でもあります。<br><br>苦境に追い込まれた弱者に対して、岡本は一般の生活者が利用する銃の乱射で狂気の義憤を示し、杉原は命のパスポートを発行することで正義を貫きました。<br><br>若い大学生を中心に構成されたことから、日本赤軍など過激派と比較されることもあるオウム真理教は、ほとんど共感を呼ぶことなく、小さな隠れ部屋に札束まみれで恐怖に怯えながら隠れていた教祖が逮捕、極刑に処せられました。<br><br>一方で、いまなお多くの支援者を集める重信房子は先月出版された「</span></span><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;">獄に暮らせば 　</span><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;">21年7カ月の獄中日記から」が多くのメディアで〝好意的〟な書評を集めています。</span><br><br><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;">「<span style="caret-color: rgb(30, 30, 23);">いちご白書をもう一度」を聞くまでもなく、岡本らを産み落とした学生運動の振れ幅は非常に大きく激しいものでした。</span></span><br><br><span style="color: rgb(30, 30, 23); font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, &quot;Segoe UI&quot;, Roboto, &quot;Hiragino Kaku Gothic ProN&quot;, &quot;Noto Sans JP&quot;, Meiryo, sans-serif;">オウム真理教の拠点に機動隊が突入したとき、私は「たぶん大丈夫だろう」と思いながらも、一抹の不安に駆られていました。<br><br>もし、教祖が正々堂々と姿を現し、十字架でも背負いながら「信者には一切手を出すな！」と自ら投降したら…もちろん、あの卑劣で無様な男がそんな大芝居を打てるわけがありませんでしたが。<br><br><br><br>私が大学に進学した頃は、もう学生運動はとうの昔に過ぎ去った過去で、全く実態のない残滓のようなサークルがその存在も知られないまま、ひっそりと活動、世の中はバブル景気に踊っていました。<br><br><br><br><br><br></span>]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40568690.html">
<title>大阪府大阪市北区社宅騒動記…②</title>
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<description>進学のため上京してから40年以上の歳月が流れ、大阪に「帰る場所」という感覚は全くなくなっていました。しかし、やはり、高校時代からつながりのある人々が生活しているエリア。まだ3ヶ月ちょっとしか経っていないのに、なんだか面倒なことが多くて…。社宅を取り巻く環境は...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-07-04T23:08:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[進学のため上京してから40年以上の歳月が流れ、大阪に「帰る場所」という感覚は全くなくなっていました。<br /><br />しかし、やはり、高校時代からつながりのある人々が生活しているエリア。まだ3ヶ月ちょっとしか経っていないのに、なんだか面倒なことが多くて…。<br /><br />社宅を取り巻く環境はともかく、会社は居心地が良いのが救いです。<br /><br />東京本社では受付ロビーなどに用意している雑誌や新聞の数が悲劇的にリストラされているのですが、さすが大阪です。東京でもTIME誌などは残っていますが、大阪ではいまだに米国のNYタイムスや英国のガーディアン、フランスのル・モンドまでしっかり定期購読しているのです。<br /><br />いやあ〝治外法権〟万歳です。<br /><br /><a  target="_blank" title="IMG_4311" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/8/9/89a8d55b.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4311" border="0" height="450" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/8/9/89a8d55b-s.jpg"></a><br /><br /><br />「1日遅れの紙媒体よりも、ネットで見りゃいいじゃん」なんていうのは東京の理屈です。<br /><br />ネットではそれぞれの新聞の手触りも、サイズや形態が全くわからんのである！！！あと、紙の匂いも違うな。<br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40552487.html">
<title>大阪府大阪市北区社宅騒動記…①</title>
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<description>社宅に住んだのは初めてではありません。これまでは、会社の寮や一帯が会社の団地、借り上げマンションでしたが、いずれも会社の同僚もいる住まいでした。まあ、そのときどきも会社の方々はもちろん、友人知人が来てくれて楽しく過ごしていました。しかし…50過ぎて家族から...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-07-03T23:55:08+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[社宅に住んだのは初めてではありません。<br /><br />これまでは、会社の寮や一帯が会社の団地、借り上げマンションでしたが、いずれも会社の同僚もいる住まいでした。<br /><br />まあ、そのときどきも会社の方々はもちろん、友人知人が来てくれて楽しく過ごしていました。<br /><br />しかし…50過ぎて家族から離れて単身赴任の社宅住まい、しかもそのエリアが「かっぱ横丁（古本屋街）」至近という私にとって絶好の場所であるばかりでなく、そこが高校時代の友だちにとっても絶好の場所であることに気づくのに必要な時間はほとんどありませんでした…。<br /><br />しかも…このタイミングでサッカーW杯。誰にも内緒にしていたはずの私の秘密基地はあっけなく陥落。<br /><br />風呂やら洗濯機を勝手に使われた我が家（社宅ですが）から、暴徒らが去って台風一過、サムライブルーの敗退を少しだけ喜んでいる自分はなんなのか？<br /><br />この年になって、大学生なノリで集まってくれる友だちが、高校時代にも実はいたこと（例えばサッカー部のやつらなんてほとんど話したこともなく接点がないと思ってたのに）に、向こうは私をケアしてくれてたことを改めて知るのは悪い話ではないのですが…ものすごく失礼な話、私は顔も名前も一致しない同級生を知ってるふりするのに疲れました…。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />真面目な話、引っ越そうと考えています。。。。。。。<br /><br /><br /><br /><br /><br />]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40533982.html">
<title>時代〜まわる、まわるよ、時代は回る。昭和で閉じ込めなければいけない思い出だってあるのだ。⑥</title>
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<description>大阪には…大阪以外の世界では信じられないモノが常識として存在する。先日、ツーサム（2人でラウンド）でゴルフに行ったのだが、そこでの昼食…。「焼きそば定食」や「お好み焼き定食」である。阪神エリアしか知らなかった18歳までの私でも、この炭水化物まみれの定食に「お...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-06-24T23:50:41+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[大阪には…大阪以外の世界では信じられないモノが常識として存在する。<br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/e/6/e616a525.jpg" title="IMG_4274" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/e/6/e616a525-s.jpg" width="480" height="172" border="0" alt="IMG_4274" hspace="5" class="pict"></a><br /><br /><br />先日、ツーサム（2人でラウンド）でゴルフに行ったのだが、そこでの昼食…。<br /><br /><br />「焼きそば定食」や「お好み焼き定食」である。<br /><br />阪神エリアしか知らなかった18歳までの私でも、この炭水化物まみれの定食に「おそらく外の世界にはこんな食べ物はない」と、すでに確信していました。<br /><br /><a  href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/9/f/9f6920de.jpg" title="IMG_4160" target="_blank"><img  src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/9/f/9f6920de-s.jpg" width="480" height="360" border="0" alt="IMG_4160" hspace="5" class="pict"></a><br /><b><span  style="color: rgb(0, 51, 204);"><br />⬆︎これは、独立した単位で食う物である。</span></b><br /><br /><br />以前、全国区で流行った「そばめし」は、1万歩くらい譲ってまだ理解の余地があるが、焼きそばとお好み焼きを独立したおかずとして白飯を食らうという感覚は、いまだに受け付けることができない。<br /><br /><br />ツーサムの相手は「騙されたと思って、一回食べてみ」と薦めるのだが、そもそもこの「騙されたと思って、一回食べてみ」という言葉がおかしい。<br /><br />「騙されたと思って、一回食べてみ」とは、食べたことがないものを食わず嫌いで拒否している可能性がある相手に薦める言葉である。<br /><br />ところが、このケースではお好み焼きも焼きそばも白飯も、独立した単位では何度も食ったことがあるのである。<br /><br />そんな私に「騙されたと思って、一回食べてみ」という推奨の仕方は根本的に間違っているのだ。<br /><br />「単体で食べるのと、ご飯のおかずとして食べるのでは全く違う美味しさの世界が初体験できる」というのならまだ理解ができるが、奴が言ってるのはそうではないのだ。<br /><br />こんなもんを食っても、完全に想像の範囲内の炭水化物地獄の世界が繰り広げられるだとわかりきっている。<br /><br />大阪…とにかく恐ろしい魔界である。<br /><br /><br /><br /><br /><br />]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40508697.html">
<title>時代〜まわる、まわるよ、時代は回る。昭和で閉じ込めなければいけない思い出だってあるのだ。⑤</title>
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<description>4月から、大阪に転勤。会社までドア・トゥ・ドアで30分足らずの交通至便な社宅住まいです。そして、このあたりは生まれ育った地域です。4月、子どもよりも若い後輩たちから連絡を受けて、通っていた阪神地区の高校に久しぶりに訪れました。卒業したのは約40年前、校舎やグラ...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-06-21T23:39:58+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[4月から、大阪に転勤。会社までドア・トゥ・ドアで30分足らずの交通至便な社宅住まいです。<br /><br />そして、このあたりは生まれ育った地域です。<br /><br />4月、子どもよりも若い後輩たちから連絡を受けて、通っていた阪神地区の高校に久しぶりに訪れました。卒業したのは約40年前、校舎やグランドは当時の外観のままでしたが、中は綺麗にリフォームされて、教室なども廊下と仕切る壁を取っ払って、今風に開放的になっていました。<br /><br />そして、グラウンド脇にあった野球部と陸上競技部、サッカー部、ラグビー部などの屋外競技の部室群が建て替えられるということで「先輩たちの残したものがあるから、廃棄して良いかどうかを確認して欲しい」というのが主な用事でした。<br /><br />先輩たちといっても、野球と陸上を兼部していた私と、陸上と柔道の1つ上の先輩の2人だけなんですが、その先輩の残したものはだいたい想像がついたのですが、自分のものは全く心当たりがなく…。<br /><br /><div>先輩の残したものは、予想通り。高校の最寄駅や校門に掲げられた10以上もある横断幕です。「祝　石川優子さん　柔道 高校総体県大会 優勝」「祝　石川優子さん 　陸上競技 高校総体近畿大会 優勝」…。<br /><br />私（が関わっていた）駅伝の横断幕も一枚だけありました。「祝　阪神高校 対校戦　優勝　陸上競技部 駅伝チーム」。しかし、後輩たちは「これ、去年の秋も使って来年も再来年も使いたいんです」とのことで、処分の対象ではないそうで、確かに年度と大会の数字がバツされて昨年のものに手書きで更新されていました。<br /><br />「新しいヤツ、作ってもらえよ」と言うと、「先輩たちを乗り越えたのがよくわかるから、新しいのは作らないで、このスタイルにしました」と、ちょっと嬉しいことを言ってくれるのでした。<br /><br />可愛い後輩たちである。<br /><br /></div>石川先輩は自分の横断幕を見て「まだ、こんなん現存しとったんなー。このなん、2度と使われることがないから全部廃棄してぇ」。<br /><br />…ちょっと待てよ？あの横断幕は廃棄対象でないとすると、俺の残しものはないやないか？と思ってると、「先輩のこれ、です」と、①ミルキーの缶と、②模擬試験やら夏期講習で成績優秀者となったときのメダルやトロフィー類。<br /><a  target="_blank" title="IMG_4127" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/a/7/a70c680d.jpg"><br /></a><a  target="_blank" title="IMG_4186" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/4/6/461fa25c.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4186" border="0" height="486" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/4/6/461fa25c-s.jpg"></a><br /><br /><b><span  style="color: rgb(153, 0, 0);">在籍高校や名前が思いっきり刻印してるので、ぼかしてスマヌ。</span></b><br /><br /><br />①の缶の中身は、スパイクのピンやピン回し。俺の名前がないのにどうして俺のものだとわかったのは、先輩➡︎先輩の先輩➡︎先輩の先輩の先輩…とたどって「ミルキーの缶はあの人だけ」という仮説が徐々に強化されていったそうです。<br /><br />全く覚えていませんが、自分のような気がします…。しかし、名前が書かれた栄光の横断幕ならまだしも、こんなもんとっとと捨てろよ、と複雑な気分になっていると、石川のボケがまたどうでもいいことをほざくわけです。<br /><br />②は、たぶん同輩や後輩から「見せて」と言われて渡したものの一部です。<br /><br />石川先輩は「なんで？こんなどーでもエエもん、相談せんと捨てたらエエのに？あ？当てつけ？可哀想に後輩からまでバカにされて」と笑い転げるのです。それを聞いて、後輩たちは恐縮しまくりながらも「お2人とお会いしたくて、三島先輩（俺）を呼んだら、石川先輩も来てくれるんじゃないかと思って」と、もっと言い方あるやろ？ということを吐き出して、俺は嫌な気分に…。<br /><br />じゃあ、俺、いらんかったんやん？石川だけ呼んどけ！！！<br /><br /><a  target="_blank" title="IMG_4127" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/a/7/a70c680d.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4127" border="0" height="316" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/a/7/a70c680d-s.jpg"><br /></a><br /><iframe  height="315" width="560" src="https://www.youtube.com/embed/iWvEkjGBbuY?feature=oembed" allowfullscreen="" frameborder="0" style="vertical-align:top;" allowfullscreen></iframe><br /><br /><br />ーーー前置きが長くなりました。<br /><br />「高校」という限定された空間・舞台の中で石川先輩や後輩たちと交流するのは私にとって問題ないのですが、そうではない場合、いろいろ居心地が悪いというか、気まずいと言うか、なんというか、そういうことってないでしょうか？<br /><br />例えば、私は…<br /><br />【家庭】弟と妹は全国レベルの進学校に進学した「学年で2番になった記憶がない」という秀才、私は運動（野球）しか出来ない勉強落ちこぼれ。…それでも「家庭」という空間・舞台の中で両親や弟妹との中で、出来が悪いとはいえ、ポジションがある。なぜか超優秀な弟妹は「兄ちゃんは別格」と、全く根拠のない尊敬を小さい頃から示し続けてくれている。<br /><br />【高校】勉強だけでなく、ついに野球でも落ちこぼれて不登校。ほんの一部の先生や友だちを除くと、周囲からは「変な奴」「気色悪い奴」「早く学校からいなくなれ」と言われてたツマハジキ者。…卒業してしまうとツマハジキにされた人とは付き合うこともないから〝ほんの一部の人〟との間にポジションがある。<br /><br />【大学時代】大阪を離れたこともあって「落ちこぼれ」「ツマハジキ者」から完全にリセット。「はしゃいて生きる青春は俺にはないと思ってた」（転がる石：石川さゆり）のにどういうわけだか、女子にもモテる今までにないおかしな状況になった。…「家庭」とも「高校」とも全く違うポジションが出来てしまう。<br /><br />【社会人時代】「家庭」「高校」「大学」を足して３で割ったようなキャラクター（人格）で見てもらえるようになるが、自分の本質が「家庭」と「高校」にあって、実はそこが一番居心地がいいことに気づく。<br /><br /><br />ーーー泥酔しながら書いてるので、うまく伝わらないかもしれませんが、私は極端かもしれませんが、誰にでもいろんなキャラクターを使い分けていると思います。<br /><br />上記では、時系列で区切っていますが、例えば「大学時代」でも「クラスや部活の私」と「家庭教師先の私」では全く違う人格だった気がします。<br /><br />いろんな人格があるのは誰にでも自然だと思うのですが、不自然なことが起きてしまうことがあります。<br /><br />つまり「家庭」と「高校」「大学」「社会人」の人格での友だちが同席してしまうケースです。<br /><br />そんなときは、「俺はどの人格を演じたらいいんだ？！」と、ちょっとしたパニックに陥ってしまいます。<br /><br />これが、結婚式のようなオフィシャルに均質化された人格が許される時間限定の場面なら良いのですが、そうではないケースもままあります。<br /><br />4月からの大阪勤務で、そんな不自然なパニックなケースが何度かありました。<br /><br />今日も、チュニジア戦を観戦したのは個室的な空間のスポーツバーで「家庭」（弟）、「高校」（野球部と陸上部の先輩）、「大学」（他の学校の運動部の友だち＝陸上部の先輩と知り合い）、「社会人」（他の大学の運動部の友だちと同級生＝陸上部の先輩の知り合い）という絡みあって、こんがらがって、全員知っていてもどこがどうなってるのかわからない乱交状態でした。<br /><br />誰であっても1対1で飲むなら、その相手仕様の人格で良いのでなんの問題もありませんが、ここまで乱交、混雑してしまうと、例えば東京で知り合い、東京でしか会っていない社会人の友だち相手でも、いつもは話さない完全バージョンの阪神弁で話したりするのです。<br /><br />言葉の乱交・混雑は誰にでもあるかもしれませんが、人格はどうでしょうか？<br /><br />「この飲み会、もうアカンて、俺、頭おかしくなるわ」と嘆くと、陸上部の先輩は「コウモリみたいに裏表のある言動繰り返してるから、こうなるんとちゃうの？この二重人格の分裂症男め！」と、汚れたお手拭きをわたにし向かって「シュートーっ！！！」と投げつけ、「それハンド！」と小さく抗議する私を一番よく知る弟が「兄ちゃんは好きなようにしててええよ。別格やから」と、優しく笑うのでした。<br /><br /><br />すでに、この手の集まりが何度かあって、そのたびに気疲れしています。<br /><br />思い直すと、ここまでの乱交は経験がありませんでした。<br /><br /><br /><br />こういうことって、大なり小なり、他の人にもあると思うのですが、どうなんでしょうか…？<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />]]>
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<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40491971.html">
<title>ターツヨシ！ターツヨシ！！ターツヨシ！！！〜その夜、真っ赤な月が大阪城を照らしていた。＝１＝</title>
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<description>さて、大阪に仮宿を移して3ヶ月。高校時代まで、東京では「そんなとこは日本にない！」と信じてもらえなかった阪神エリアで、私はまあ喧嘩が弱いくせに暴れてました、今思えば。4月から転勤で、いま住んでるのは大阪駅にも新大阪駅にも近い交通至便の一軒家（といっても社宅...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-06-12T01:00:28+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[さて、大阪に仮宿を移して3ヶ月。<br /><br />高校時代まで、東京では「そんなとこは日本にない！」と信じてもらえなかった阪神エリアで、私はまあ喧嘩が弱いくせに暴れてました、今思えば。<br /><br />4月から転勤で、いま住んでるのは大阪駅にも新大阪駅にも近い交通至便の一軒家（といっても社宅）、阪神エリアも遠くないとこです。東京での生活の方がずっと長くて、関西は「地元」というよりも「出張先」でしたが、しばらく根を下ろすとなると、それはそれなりに高校時代の友人やらから呼び出されたりなんやらで、楽しいやら、なんやら「あー、こういう面倒くさいとこやった」とちょっと辟易したり…。<br /><br /><a  target="_blank" title="IMG_4117" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/1/9/197d9603.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4117" border="0" height="360" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/1/9/197d9603-s.jpg"></a><br /><a  target="_blank" title="IMG_4118" href="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/d/b/db96a7f7.jpg"><img  class="pict" hspace="5" alt="IMG_4118" border="0" height="360" width="480" src="https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/d/b/db96a7f7-s.jpg"></a><br /><br />ーーー近所の町中華、酢豚定食が700円で「マジか？」というほど絶品なのですが、ここのおばちゃんが4月に高校時代の友人たちと酒飲んでた店にもいて、私を見つけるとあろうことか私たちのテーブルに座って話し始めるのです…東京や横浜では絶対にありえない、余計なおせっかいというか、遠慮がないというか、プライバシーやコンプライアンスの欠落というか、とにかくデリカシーとかエチケットとか、そーゆー繊細な意識が全くない輩が多すぎるのです。<br /><br /><br />まあ、でも「大阪は嫌い？」と聞かれたら、やっぱり食べ物は絶対的に大阪が大好きです。<br /><br />ボクシング観戦については、ほとんどが後楽園ホールの私ですが「一番、感動したのは？」と聞かれたら…1997年11月22日、大阪の冬ならではの寒風が突き刺さる夜、あの日の大阪城ホール、それしかありません。<br /><br />マニー・パッキャオがリーロ・レジャバを、オッズが出ない大番狂せで破った、2001年6月23日のMGMグランド・ガーデンアリーナではありません。1997年11月22日の大阪城ホールです。<br /><br />周囲の空気、今風に言うなら同調圧力みたいなものには全く反応しない私ですが、後にも先にも、あの夜だけは会場に巻き起こった声を追いかけていました。夢中で、叫んでいました。<br /><br /><br />ターツヨシ！ターツヨシ！！ターツヨシ！！！<br /><br /><br /><br /><br /><br />]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="https://fushiananome.superknova.org/archives/40453098.html">
<title>昭和には〝昭和〟なんて言葉はなかった。⑦</title>
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<description>山口良治が亡くなりました。私の印象では「泣き虫先生」というより、山口良治は「愛と鉄拳の使う手練れ」でした。私が彼を知ったときは、すでに運動部の生きる伝説で「スクール⭐︎ウォーズ」は見ていないんです。中学時代は野球に熱中し、高校に入ってからは野球と陸上競技...</description>
<dc:creator>tanuki_street</dc:creator>
<dc:date>2026-05-31T16:49:05+09:00</dc:date>
<dc:subject>恥さらしの人生でした。</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[山口良治が亡くなりました。<br /><br />私の印象では「泣き虫先生」というより、山口良治は「愛と鉄拳の使う手練れ」でした。<br /><br />私が彼を知ったときは、すでに運動部の生きる伝説で「スクール⭐︎ウォーズ」は見ていないんです。中学時代は野球に熱中し、高校に入ってからは野球と陸上競技部と掛け持ち、名画座にこもって映画にも取り憑かれていた私はそれなりに忙しく、毎週夜の決まった時間に連続ドラマを観るという余裕はありませんでした。<br /><br />その影響でしょうか、テレビドラマは今でも全く興味が湧きません。<br /><br />そんな中高時代を過ごした1980年代、野球を別格にするとラグビーは人気スポーツで、サッカーよりも注目されていました。<br /><br />Jリーグも野茂英雄のMLBもラグビーW杯も、まだ何も起きていない時代です。<br /><br />当時、山口良治の教え子の1人、平尾誠二はスポーツファンなら誰でも知っているビッグネーム、もしかしたら今なお「最も有名なラグビー選手」かもしれません。<br /><br />ラグビーは箱根駅伝を遥かに凌ぐ、最も人気のある大学スポーツでした。<br /><br />しかし、高校時代にラグビー部からも熱心に勧誘を受けても「ラグビーなんて実業団止まりで、夢がない。最もレベルの高い実業団よりも関東対抗戦グループが人気があるなんて狂ってる」と興味がありませんでした。<br /><br />それでも、平尾が野球からラグビーに鞍替えした理由を「野球は部員が多くて球拾いとか下積みばかり。ラグビー部を見たら、12～13人程度、先生もとてもいい先生で楽しそうに練習をしていたから」という意見には、心の中で激しく同意していました。<br /><br />陸上競技と兼部していた私の目に、この二つの部活の決定的に大きな違いは「楽しそうに練習」「正選手でなくても練習（オープン）試合などに出場できる」ということでした。<br /><br /><div>陸上部と野球部の練習時間が重なるとき、私は野球部と同じグラウンドでの練習は避けて、ロードや不整地を走るファルトレクへと校外に出ました。私の場合ほとんどありませんでしたが、女子部員と談笑したり、スポーツドリンクを飲むのも当たり前という、野球部とは全く別の惑星の光景の中にいる私を見せたくない、それはたいへん申し訳ないと湧き上がる巨大な後ろめたさがあったからです。<br /><br />それでも、そんなラグビーでも泣き虫先生の愛と拳は唸っていました。<br /><br />私の時代、中高では野球部の練習の厳しさは他の部活とは一段違うレベルでした。<br /><br />しかし、顧問の先生や上級生による体罰や、先輩後輩の理不尽な上下関係もありませんでした。中学時代に野球部の顧問、高校時代に陸上部の先輩から、殴られたことはありましたが、いずれも納得できるものでそれを「罰」ではなく、「君にはこうあって欲しい」という評価、願い、私も共有した目標からかけ離れたプレーをしたことへの指導や希望の延長にあったと実感できました。<br /><br />中学時代の先生はチームの緩みを最も効果的に指導するのに、私が格好の存在だったことが何も言われなくても理解できました。<br /><br />卒業式のとき、3年生一人一人にしっかり励ましの声をかけた先生が私にだけ短く「ありがとうな」と言ってくれたとき、同輩たちに「こいつだけ、それだけ？！」と大笑いしてましたが、どういう意味なのかは、笑ったチームメイトもわかっていました。<br /><br />中長距離ブロックが弱くて戦う姿勢を見せないことに不満を持っていた高校の先輩は「野球部の君が戦う姿勢を見せて」と勧誘されて陸上部に入り、彼女からは「1秒でも速く1つでも上の順位を目指すんが、面白いとこやん？1500mでも最初から攻めるの、当たり前やん？順位で次のステージに進む大きな大会なら別やけど」みたいな話をされて、それを受け入れてたのに、大きな試合とは言えない対校戦、私の実力が頭一つ抜けてるレースで、彼女が最も忌み嫌う走りをしてしまったから「何で？どうして？」更衣室に連れ込まれて殴られたのでした。<br /><br /><br /><br />ーーー殴られた方が納得してたら許されるのか？他の部員が殴られてるのを見たら？その子の親や兄妹が見たら？<br /><br />野球部では、それが円陣を組んで気勢をあげるのと同じチームを鼓舞する一つの儀式であること、陸上部なら、先輩自ら勧誘して引き入れた私の背信への悲しみだったことがほとんどのチームメイトに理解されていました。<br /><br />私の家族も「死なない程度によろしく」と笑ったでしょう。<br /><br />先生も先輩も、私を殴るとき、きっと睨んだ目は潤んでいました。泣き虫先生もそうだったと思います。<br /><br />もちろん、今の時代、それで済む話ではないのかもしれません。<br /><br />私も、強豪校で理不尽な罰としての暴力や、憂さ晴らしのための暴力などは犯罪行為で、根絶すべきだと思います。<br /><br />そんな強豪校から有名な選手に羽ばたいたスターたちが、寮や合宿所で受けた理不尽な暴力を面白おかしく話すのをよく聞きます。バラエティ番組としては許容範囲なのでしょうが、暴力が大きな問題に膨れ上がっている現代で、そこに真摯に向き合うなら、自分が受けた暴力に対する恐怖や悲しみと、おそらく彼らも手を染めたであろう暴力行為を懺悔して伝えることが、非常に重要な社会的メッセージになるはずです。<br /><br />そんな不条理が罷り通る強豪校（強豪校だけではないかもしれませんが）の寮生活を振り返って、1人残らず全ての元選手たちは「あの頃にだけは戻りたくない」と嫌悪します。<br /><br />寮も合宿所もなく、強豪校でもありませんでしたが、私が「あの頃に戻りたいか？」と聞かれたら、その気持ちは強烈にあります。私にとってのあの頃、嫌悪する時間、思い出は一つもありませんでした。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />話は飛躍するのかもそれませんが、AIなどなければ阿部慎之助の長女投げ飛ばしは、長女の言う「父親との初めての取っ組み合い」で時間が笑話にしてくれたと思います。<br /><br />そうだとしても、どんな経緯があってもやはり暴力はとにかく絶対的にダメだから、AIがなくて表沙汰にならずに家族で解決して笑話になっても、そんな事実があったのなら児童相談所なり警察が介入すべきだと思いますか？<br /><br />時間が経った未来に、長女が「父親に投げ飛ばされた」と笑い話をしても、「それは全く笑えない話。今からでも父親は罪を認めて謝罪して、しかるべきペナルティを課せられるべき」と、あなたは考えますか？<br /><br />かくいう私は、後輩や子どもに手を挙げたことは一度もありません。おそらく、その最大の理由は…山口良治や、野球の顧問の先生、陸上部の先輩のような愛情が欠落していたからです。<br /><br /><br /><br />勉強を教えてた子に一度だけ、確信的に酷い言葉を浴びせたことがありましたが、それはここで書くには、まだまだ自分の中で消化しきれてない気がしますが。</div><div><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /></div><br />]]>
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